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鬼取屋  作者: 石馬
第壱幕「出逢い」
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怪ノ壱「榊美雨〜視える少女〜7」


 ――何で、助けたの?

 少女のその言葉が、一人の鬼の頭の中で山彦のように繰り返される。


「何で?」


 少女はまた、鬼に向かって問う。

 紅い肌をした鬼、鬼丸京介は少しずつ、人間に近い輪郭を取り戻す。

 少女、榊美雨は虚ろな瞳で京介を眺めている。何もかもを諦めてしまったようなその表情を、京介はただ覗く事しか出来ない。

 何を話せば良いか分からない京介と、何も話す事のない美雨、其処には当然のように沈黙が訪れた。

 其の沈黙を破ったのは、少女の方だった。


「何で今更になって私を殺すのを止めたんですか? さっきまであんなに楽しそうに、皆の事殺してたくせに。

 私達の事なんか餌にしか思ってなかったくせに、何で今更私だけ助けるんですか?」


 青年は黙ったままだ。この子に、どう説明してあげたら良いのか、分からない。少し考えれば当然だった。今まで普通の生活を送っていたであろうこの子が、こんな地獄みたいな惨劇を体験したのだ、目の前で、誰かが殺される瞬間を見てしまったのだ、平静を保っている方が不思議なのだ。

 何で、こんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。


 ――この子はもう、生きる事を諦めている。


 それで良い訳がない。頭では分かっていても、何を言って良いのか分からない。


「なら、自分で死んでみるか?」


 彼から出た言葉は、彼の想いとは真逆の言葉だった。


「……良いですよ」


 微笑みながら、少女はそう言う。予想通りの言葉、分かっていた筈の、言葉。


「そうか。じゃあ、俺が手伝ってやるよ」


 彼は、笑いながらそう言う。

 止めろ、それ以上、この子を追い込むな。


「はい、お願いします。ひと思いに、私を皆の下へ連れていって下さい」


 哀しい笑みを浮かべている少女の首に、京介は手を掛ける。その手に、ゆっくりと力が加わる。

 少女の表情は少しずつ苦しみに変わり、これ以上力を込めれば、確実に少女の願いが叶う。


止めろ、止めろ、止めろ!!!


 少女が一滴の涙を落とす。

 思い出す、幼い頃の記憶。逃げていたあの時の記憶が、今になって自分の前に立ち塞がる。あの頃の過ちは、もう、しない。したくは、ない。

 寸前で、京介は少女の首から手を離す。

 何を、していたんだ俺は?


「何で、こんなに簡単に命を諦められるんだよ……?」


 彼が真っ先に口にしたのは、自分のした事への嫌悪感よりも、命を諦める少女への憤りだった。おかしいことは分かっている。然し動揺している彼には、彼女を追い込む事しか出来ない。

 自分でもこんな事は望んでいる筈がない。それなのに、彼の思いは決壊したダムから流れる水のように止まらない。


「何で、苦しんでも、どんだけ辛くても生きようって思えなかったんだよ?」


 その言葉を聞いた少女は、声を荒げて言い返す。


「何で? 何でって何!? 私の友達が、何人死んだと思ってるの? 私の友達が、私にとってどれだけ大切なものだと思ってるの?

 それを簡単に奪っておいて、今度は説教、あんた何考えてんの?」


 涙で頬を濡らし、怒りでしゃがれた少女の声に、京介は黙ってしまう。


「何で私だったの? 皆が何かした? 何もしてないじゃない!

なのに、何で皆が死ななくちゃいけなかったのよ!? 間違ってるのはどっちよ!

ねぇ、私? 違うでしょ!

どうなの? 黙ってないで何か言いなさいよ!」


 少女の剣幕に圧されたわけじゃない。臆したわけでもない。それでも京介は、何も言い返せなかった。この子の言っている事が、正しかったから。命を諦めたことを怒った自分が、あまりにも間違っていたから。


「何で、何でもっと早く、皆を助けに来てくれなかったのよ……」


 最後に、涙で顔をクシャクシャにしながら言った少女の言葉に、京介は、立っていられなくなる。

 謝った。何度も、何度も何度も何度も、少女に頭を下げた。ごめんと、涙ながらにだらしなく謝った。


 少女は泣いていた。青年もまた、自分の無力さに泣いていた。






 ……碧鬼だけが、一人で嗤っていた。


「ヒャハハハハハハ!!」


 背後から、笑い声と共に降り下ろされた狂気、京介は全くと言って良い程に反応できなかった。


「なんだなんだ、この湿っぽい空気は? もっと愉しくいけないのか?せっかく俺様が作ってあげた機会だというのに」


 人間の姿で不意討ちをくらった京介は、多量の出血の所為で意識が飛びかかっている。

 碧鬼はゆっくりと少女に近付き、その不気味な笑みを見せつける。少女の表情は、またしても絶望に染められる。


「ああ、長かった宴も遂に終幕だ。本当に愉しませてもらったよ。

 有難う榊。有難う、親愛なる部外者よ」


 そう言って碧鬼は少女、榊美雨へ向かって鋭利な爪を振り上げる。 

 少女は碧鬼に問うた。


「何がそんなに愉しいの?」


「さあな、俺にもよく解らない。言うなれば全て。俺は愉しみしか感じられないらしい。怒りも哀しみも、全てを引っ括めて愉しいのさ」


 そう碧鬼は答えた。


 ――壊れてる。美雨はそう呟いた。すると、嬉しそうに碧鬼は言った。


「そうさ!俺は壊れてる。だから直してくれ! 君を壊せば、俺は元に戻れるかもしれないからな!!」


 最後にそう言葉を吐き捨て、碧鬼は美雨に自らの狂喜を降り下ろす。

 刹那に、彼女は思った。これが降り下ろされれば、自分は死ぬ。

つい数分前の願いが叶う。それで良かった。ついさっきまでは……なのに、なのに今は、それが嫌だ。死にたくない。もっと、生きたい!!


 ――誰か、助けて!


「私は、まだ死にたくない!!」


 そう叫んだ。叫べた。それでも碧鬼の爪は自分に向かってくる。ああ、やっぱり自分は死ぬんだ。思わず目を瞑る。





 キーンと、甲高い音が辺りに響く。

 その音をを聞いた美雨は、目を開いた。

 目の前には、自分と碧鬼の間には、炎のように紅い、一人の紅鬼が立っていたから。涙が溢れてきた。やっと、願いが叶った。助けて、もらえた。

 紅鬼は碧鬼に向かって言った。


「碧鬼、お前は壊れてなんかいない、腐ってるんだ。

 だから直す必要もない。この場で、処分されるだけだ。」


 怨みとも憎しみとも違う、純粋な怒りが、彼を動かす。傷だらけの身体に、最後の鞭を打つ。


「ウオォオオオ!!」


 雄叫びと同時に、紅鬼の拳が碧鬼に向かって何度も何度も打ち抜かれる。碧鬼の顔面を、身体を、これでもかといわんばかりに打つ。

 鈍い声を上げながら、後退する碧鬼。大切なものを見つけ、護るために前へ進む紅鬼。二体の闘いに倒々幕が降ろされる。


「これが、最期だ!」


 鎧のような紅鬼の肌、その腕の隙間から、その肌のように紅い紅い焔が舞い上がる。

 荒々しく、雄々しく、どこか哀しいその焔は、碧鬼を容赦なく焼き祓う。


「ギャアアア!!!」


 苦しそうに、然し最期の最期まで笑顔を消すことなく、碧鬼は消えて行く。最期まで、腐っていた碧き鬼を、紅の鬼は見つめていた。

 そして、最期にこう言った。


「精々愉しめ。無間の底は、苦しむ暇もないんだからな」


 焔と共に消え行く碧鬼を背に、人型へと戻る紅鬼。その目の前には、兎のように目を真っ赤に腫らした少女がいた。


 少女は泣いた。何時までも泣いていた。声を枯らして、泣き叫んでいた。青年の胸を借りて、腕に抱かれて、学校中にその声を響かせた。泣き疲れて眠るまで。


 これが榊美雨、16歳の出逢い。

 彼女の人生はこの日に終わり、また新しく始まった。

 それが分かるのは、また別の話。


 朝日が、二人を迎え、包み込んでくれた。



怪ノ壱「榊美雨〜視える少女〜」・了

やっと一話が書き終りました。


とはいっても、最後の方はうだうだ出し、所々意味が解らないような所もあったと思います。


もし楽しみに続きを待っていた読者の方がいたのなら本当に申し訳ないです。


もし、意見や感想等がございましたら、書いていただけると幸いです。


これからも少しずつ、この話を書いていきたいと思うので、どうか宜しくお願い致します。


では、「怪ノ弐」でお会いしましょう。

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