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鬼取屋  作者: 石馬
第壱幕「出逢い」
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怪ノ壱「榊美雨〜視える少女〜6」

 ――其処には、二体の鬼が対峙していた。


 一体の鬼の容姿は、深紅の鎧で包まれたような肌、黒ずんで艶のないボサボサの髪の毛、顔は武士が着ける惣面のようなもので覆われ、頭からは長く伸びた角が二本覗いている。

 対するもう一体は、その全身に粘膜のようなヌメヌメとしたものを塗りたくり、緑とも青ともつかない肌の色、頭には髪の毛一本も生えていない代わりに、小さな角を二振り、携えている。

 ――紅鬼(あかおに)碧鬼(あおおに)。その似ても似つかない、似て非なる二体。異形としか形容できない姿をしたその二体には、決定的に違うものがたった一つだけあった。

 肌の色や質、髪の毛の有無、そんな身体的特徴等という小さなことではなく、もっと奥、本質の部分で、異形で異能な彼等の相違点、それは、人であるかどうか、である。

 紅鬼、彼には人間としての姿がある。そして、人として生きようともしているし、様々な人々と関わり、自分が世間に、世界に生かされてきたことを自覚している。

 碧鬼、彼にも人間としての姿がある。しかし彼にとってはこの姿は飽くまで仮の姿、ある種の擬態である。如何に効率良く、気付かれず、誰もが油断する姿。人間の姿は正にうってつけだったのだ。そしてそれは見事に的中し、無数の命を今まで味わい続けたのだ。

 片方は人間として、もう片方は妖怪として、互いが互いの前に立ちはだかり、今まで、二体は相対していた。


 話を遡る。

 ――其処には、二体の鬼が対峙していた。つい、さっきまでは、然し現在は違う。

 碧鬼は苦痛の笑顔を浮かべ、その場に平伏(ひれふ)し、紅鬼はただ燦然と立ち尽くしていた。平伏した碧鬼の右手は、どす黒く変色した、夥しい量の血液がドクドクと流れ、学校の廊下に小さな泉を作っている。

 その傷は紅鬼がつけたものではない。碧鬼が紅鬼へ攻撃し、その時にそれの手は崩壊した。碧鬼のその姿を紅鬼、鬼丸京介は、ただ軽蔑の眼差しを向けるだけだった。

 碧鬼は笑顔を浮かべながらも、苦悶に喘ぎながら立ち上がり、口を開く。まるで己の苦しみを訴えるように……


「ウォオアアハハハハ!! アァアアヒャヒャハハハ!! 素晴らしい、なんて力だぁ!!

 その硬皮、『鬼鉄(おにがね)』か? 貴様、益々喰い甲斐が出てきたぞ!ハハハハハ!!」


 恐怖さえ感じる碧鬼の奇声を、紅鬼は黙って聞いている。

 碧鬼は続けて紅鬼に呼び掛ける。


「なあ、紅鬼ぃ! こんな愉しい事は無いと思わないか? 生にしがみつく甘い甘い美味な命と、この俺を全霊をもって殺そうとする生気溢れる命、その二つ同時に平らげることが出来るのだからな!!!

 まったくこんな素晴らしい事はない。こんな手など、気にならない程になあ!」


 そう言った後で碧鬼は、最早使い物にならなくなった己の掌をムシャムシャと音を立てて喰い始めた。碧鬼の何もない右手からは、さっきよりも勢いを増した血液が、今度は滝のように流れ始める。碧鬼は血液が足りていないのか、笑顔を絶やすことはないが肩で息をし始めている。

 然しそれもすぐに止んだ。右手からは血が止まり、新たな手が生えている。これで、『振り出し』。

 ふと、今までただ冷たく見つめるだけだった紅鬼の姿が、碧鬼の前から消えた。


「いちいち、話が長いんだよ」


 紅鬼の声が聞こえたのは、碧鬼のすぐ後ろ。碧鬼は振り返ったが既に遅かった。紅鬼の拳は真っ直ぐに碧鬼の顔面を貫く。

 直撃した碧鬼は飛べない飛行機のように吹き飛ばされた。紅鬼の拳からは、一滴の血も垂れていない。

 遠くに吹き飛んだ碧鬼に向かって、紅鬼は言う。


「来いよ碧鬼。未だこんなもんじゃ終わらないだろ?

 いや、こんなもんじゃ終われないよ、こっちの方がな」


 その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、碧鬼は突進してくる。突進する碧鬼は口を目一杯に開けて、紅鬼に咬み付こうとする。

 紅鬼は自分の右腕を碧鬼に差し出す。その鉄壁の硬皮で、碧鬼の牙を防御する。碧鬼の牙は、その頭蓋諸とも粉砕される。………筈だった。




――鈍い音が、夜の学校に谺する。


「ぐぅっ!!」


 紅鬼の右腕を、噛み付いて離さない碧鬼、己の右腕の代償とばかりに、彼の右腕をバリバリと喰い砕く。


「グオオォ!!」


 咆哮と同時に、紅鬼は左の拳を碧鬼にぶつける。碧鬼は教室のドアに勢いよく身体を預け、紅鬼の右腕からは其の硬皮と同じ色をした血液がボタボタと流れ落ちている。

 全身を打ち付けた筈の碧鬼は、すぐに立ち上がり、ニカっと邪気塗れの笑顔を紅鬼に見せる。

 その口からは、紅鬼のものか、碧鬼のものか判別できない深紅の血がベットリと張り付いていた。


「残念だったなぁ、紅鬼ぃ! 鬼鉄は何もお前だけの防具じゃないんだよ。

この俺様の牙だって、鬼鉄製の武具なんだぜ。

それに、まだ終われないだと? フハハハ、あまり俺を愉しませるなよ。それはお互い了承済みなんだから」


 そう言って其の碧い悪魔は、京介に向かって殴りかかる。その攻撃には、怨みも憎しみも、怒気すらもない。あるのはただの歓喜、その歓喜を、狂ったように振り乱す。

 鬼鉄の硬皮によってその諸手はボロボロに傷付きながらも、着実に京介の生命力を奪って行く。

奇声にも似た歓声を上げて、京介の顔面、腹、足、腕と至る所に傷を作る。

 ガクっと、遂に京介は膝を着く。彼の腹部からは、黒く変色した血が流れている。

 気付いてしまった、己の痛み、碧鬼と最初に対峙した時に受けた傷が、今更になって京介を支配する。まだ、待っていて欲しかった。

 この痛みを、思い出したくはなかった。

 



 ……激痛で動けなくなった京介の目の前に、一つの首が転がっていた。

 少女の首、其の表情は、どこか哀しく、誰かを心配しているようだった。不意に、廊下の隅に座り込んでいる少女が彼の眼に映る。

 自分が死ねば、あの少女も、目の前に転がるこの首のようになる。


 それだけは避けなくちゃいけない。

 それだけは、誰も救われない。

 そんなのは、駄目だ!


「ウォオオオオ!!」


 京介、紅鬼の血塗れの右腕が、渾身の一手となって碧鬼の顎を下から上へ打ち上げる。短い唸り声を上げて碧鬼の身体は宙を浮く。

 怯んだ碧鬼に、紅鬼は間髪入れずに一撃、また一撃と全霊を込めて攻撃する。


「この、殺人鬼がぁああああ!!」


 最後の一撃で、碧鬼の身体は地面にめり込み、碧鬼は動かなくなる。

 ……勝った。紅鬼が、鬼丸京介がそう思った瞬間に、膝の力が一気に抜ける。このまま倒れそうな所ギリギリで踏み止まって、少女の下へ歩いていく。


「おい、大丈夫か?」


 彼がそう声を掛けると、彼女から返事が返ってきた。









「――何で、助けたの?」

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