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鬼取屋  作者: 石馬
第参幕「酒呑童子」
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怪ノ拾「コウキ〜死の淵の中で獲た物〜2」

――じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう……


 其処は、牢獄だった。一切の光を遮断した、地下の牢獄。幽閉されている青年、鬼丸京介の頭上では、幼女の声が延々と、終り無き数え唄として響き続けていた。

彼の身体には、闇の中でも映える程に真っ白な人骨の枷が絡み付き、自由を奪っている。

 ――其処から抜け出す術など、今の自分にあるはずがない。そんな望みのない考えが、今の彼の頭の中を支配していた。


 ――じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう……


 常に聞こえる呪いの言葉が、京介の思考力を更に奪っていく。


 ――じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう……


 ……何時まで自分はこんな所にいるのだろう。何時まで自分は、こんな目に遭い続けるのだろう。

 募るばかりの恐怖心は、一向になくならない。代わりになくなったのは、抵抗する気力と助けを呼ぶ体力だけ。


 何処を見ているのかも分からない虚ろな瞳で、呆然としているだけの京介。

そんな、もはや傀儡と化した彼の耳に、その音は入ってきた。不快極まりないその音は、彼の心に溶け込むように、彼の心を蝕むように入り込む。先程まで聞いていた、終り無き数え唄などではない。もっと甲高く、もっと耳障りな、今はもう聞くことのなくなったはずの、あの奇声。

 あの日、青年の友を、恩師を皆殺しにした悪魔の、碧鬼の嗤い声、そのものだった。


「ヒャハハハ、久し振りだなぁ小僧。

やっと俺の居る場所まで堕ちてきたか、待ち侘びたぞ。

 ようこそ、俺様の棲む世界へ。歓迎するぞ、親愛なる部外者よ」


 枷に繋がれた京介の姿を見て、歓喜を体現したようにで嗤い、狂気を具現したように叫ぶ碧鬼、それとは対称的に、京介はじっと動かぬまま焦点の合わない瞳で何処かを見ている。まるで碧鬼の声が聞こえていないかのように、無反応を貫いていた。


「なんだなんだなんだぁ、無視をするなよ小僧ぉ。俺様との再開をもっと喜んでくれ、もっと愉しんでくれ。せっかくの再開なんだぜ。

 それとも、そんな事が出来ないくらいに地獄の苦痛は、想像以上だったのか?」


 碧鬼は舞台役者のように両腕を広げ、白骨に閉じ込められている青年の元に近付いて行く。

 一歩また一歩と、青年と鬼との距離は狭まっていく。それでも青年は、碧鬼になんの反応も示さない。


「ヒャハハハ、まだ無反応を通すところを見ると図星なようだなぁ。

 だが安心しろよ小僧、この俺様がその苦しみから救ってやる。この俺様が、お前の代わりにその苦しみを一身に受けてやろうじゃないか、えぇ?」


 光のない闇の牢獄。にも関わらず、碧鬼の見せる牙は月光を浴びたように鈍く光っている。

 耳まで裂けたその不気味な口を限界まで開き、京介の頭蓋を呑み込もうと、一歩ずつ確実に前進してくる。

 白骨の檻に縛られた青年は動ける訳もなく、ただただ碧鬼の接近を許すだけ。いや、今の彼は恐らく、身体の自由が奪われていなかったとしても碧鬼を近付けているだろう。それ程までに、現在の彼は無抵抗だった。

 とうとう京介の頭部に、碧鬼の牙が向けられる。それでも彼は、依然として動く兆しを見せようとしない。


「辛かったろぉ小僧、だがその苦痛も、もう終わりだ。

 ……俺様の腹の中で、安らかに眠れ。

あとは俺様が、貴様の代わりに貴様を全うしてやる」


 碧鬼の牙は、上下から京介の頭蓋を貫き粉々に噛み潰す、そのはずだった。然しそうはならなかった。

――突如として広がる深紅の業火が、まるで城壁のように京介の周りを取り囲み、碧鬼の鋭牙を退けていたのだ。


「この小僧に近付くなと、昔言わなかったか碧鬼?」


 炎の壁から現れたのは、生気を失った青年ではなく、この地獄という世界で未だその姿を見せることのなかった、深紅の鬼。


「おぉっと、こんな場面でやっとお出ましかぁ。

随分とまあ、久しいじゃないか紅鬼ぃ」


 再開を悦ぶように、碧鬼の口角は醜く釣り上がる。そんな碧鬼の態度とは対照的に、紅鬼はなんの感動もなく冷たく言い放つ。


「ああ、出来れば儂は出逢いたくなかったわ」


 碧い悪魔と紅の鬼人、両者は睨み合う。

 現在青年を器としているはずの鬼と、過去青年を器としていた鬼。再会を果たしてしまった二匹の鬼はこの先の未来、青年をどちらの器とするのかを決める為に、争いを起こすことは、目に見えていた。


両者は研ぎ澄まされた妖刀のように鋭い眼光をぶつけ合いながら、会話を続ける。


「もう十分愉しんだろう紅鬼ぃ? 退けよ、これからは俺様が小僧を守ってやるさ」


「フンつい今までこの小僧を喰らおうとしていた奴がよく言うわ、それにまだまだ儂は遊び足りん。もし我慢出来ないのなら、他を当たれ」


互いのその言葉を最後に、二匹の鬼は、深紅と紺碧の影となり、暗闇の地獄でぶつかり合った。









(はずみ)(くるり)が自らの事務所、先読屋に到着したのは、つい先程のことだった。

 その場にいたのは二人、膝をつき俯いたままの少女と、その膝の上で眠ったままの青年。どちらとも何かに疲れ果てたかのように、動こうとしない。

 機転は未来を視ることは出来るが、過去を視ることは出来ない。然しそんな彼女でも、今この状況がどうして出来てしまったのか、概ね想像が付いていた。


「ごめんねミサちゃん、遅くなってしまったようだ」


 転はうつむいたままの少女、榊美雨の元へ近づくと、いつもの明るい口調とは正反対の重苦しい声で美雨へ謝罪の言葉を述べる。

 その言に対し美雨は聞いていないのか、京介の顔見つめたまま反応しない。俯いたままの少女は、髪の毛一本揺らすこともなくその口も動かさない。

 少女の無反応に構わず、転は話し続ける。


「ミサちゃん、こうなってしまったのはこのボクにも責任がある。ボクはこんな光景が視えていたんだから。それは解っているつもりだ。

 でもねミサちゃん、京くんはまだ、死んでしまって――」


「間に合いませんでした」


 唐突に、少女は口を開く。転が初めて話し掛けた言葉がつい今その耳に届いたかのように、語り始める。

 泣き叫んでガラガラになった声を震わせて、聞き溢しそうな程小さな声で一生懸命に、話し始める。


「間に合いませんでした。あんな偉そうなことを転さんに言って、あんなにカッコつけて飛び出したクセに、結局私が来た時には、もう、終わっていました。京介さんは、冷たくなってました」


 淡々と、掠れてはいるが感情のない声で話す美雨に、転は何も言わない。

 彼女の話を聞きながら、無言を持って話の続きを促す。


「京介さん、言ってました。私を守るために、転さんに私を預けるんだ。って。

 ……それって、私を守りながら、これから先戦えないってことですよね?

 今までみたいに守りきれないから、京介さんは私を転さんの所に預けようとしたんですよね。

 私バカだから、そんなこと全然気が付かなくって、今になってやっと気がついて、それまで、京介さんの気も知らずに勝手なことばっかり言ってた」


 震える声を噛み締め、次の言葉を必死に紡ごうとする美雨だが、涙で枯れ果てた声は、これ以上言葉を発せられない。

闇のごとく真っ暗で、氷のように冷たい感情が、少女の身体に圧し掛かる。その感情が絶望だと気が付くまでに、それ程多くの時間はいらなかった。

 悲しみに落ちていく少女の身体は、生きることを諦めたかのように冷えていく。その背中もガタガタと震え始め、焦点の合わない瞳は鬼丸京介の魂を探すかのようにぶれ続けている。

肩を抱き、噛み合わない奥歯を鳴らしながら震える少女、そんな彼女の身体は、ほんの少しだけ、気を抜けば気が付かないような温もりに包まれる。それ同時に感じる圧迫感で、彼女はやっと、誰かに自分が抱かれているのだと気が付く。

少女は振り返り、自分を抱いてくれている誰かと向かい合う。そこにいたのは、優しげな表情で自分を慰めてくれる、深紅の髪をした女性。先ほどまで少女を逃がすために奔走していた、未来を視ることできる予言者、機転だった。

 転は宛ら子を包む母親のような、温かく優しい抱擁で少女をその胸の中に沈める。そこはまるで太陽のように暖かで、そんな彼女の優しさに耐えきれなくなった少女は、出しきって枯れたはずの涙をその双眸から流してしまう。何かを言おう口を動かすが、転にそれを制されてしまう。

転はその行動と同じ温かく優しい口調で、美雨を宥めるように語りだす。


「ヒドイじゃないかミサちゃん。ボクが話し終わっていないのに。

勝手に自分を責めないでおくれよ。これは、この事は、ボクにだって責任があるんだから。だから、もっと他人の所為にしておくれよ」


 美雨の頭を撫でながらまるで幼子をあやすように、転は美雨に言う。

 それでも何かを言おうとする美雨だが、嗚咽と枯れ果てた喉の所為で次に出すべき言葉を紡げない。ぱくぱくと口を動かしながら、声にならない泣き声を上げている。

そんな美雨に構わず、転は暖かな口調を保ちながら話し続ける。


「大丈夫だよミサちゃん。君の大切だった人は、鬼丸京介は、ボクが必ず蘇らせるから。彼の死ぬ未来なんて、ボクが必ず変えてやるから」


 転は強く、然し優しく少女の身体を抱きしめる。声を枯らした少女は、転の胸の中でただ、震えている。


「大丈夫、ミサちゃん。未来なんてものは、何かのはずみくるりと変わる。その程度のものなんだから」


確信に満ちた声で、転はそう言う。その姿を見ることはなかったが、その声を聞いた少女は、その声の頼もしさに、また、一粒の雫を溢した。







「——何だぁ、此の湿っぽい茶番は?」


  美雨のすぐ背後、転の真っ正面には、まるで夕焼けに映えるように鮮やかな朱色の髪をした大男が独り、ただ佇んでいた。その毛色と同じ着物を身に羽織り、またそれと同色の瞳を持ったその男は、ただ悠然とその場で不遜な態度で笑っていた。

 その威圧感を、転は知っていた。それは何度も体験できるものではない、大妖怪と対峙した時にのみ感じる恐怖心。目の前の大男は、間違いなくそれを持っている。

 一体この男は何者なのか、転はすぐに答えを出せないでいる。

この場合の答えは、一つなはずなのに。


「何だ何だぁ手前テメエ等、何奴も俺の事が判らねえみたいな面してんじゃねえか? ったく、白けるなぁオイ!」


朱色の男はつまらなそうにそう言ってから、「まあ良い」と呟き、そして自身の名を高らかに叫ぶ。その声は何もないはずのこの空間で谺し、転と美雨、両者の耳に深く刻まれる。


「俺の名は酒呑童子。手前等が潰そうとしてる『鬼の軍勢』の親玉だ。

……んで女共、手前等一体、どっちが俺の相手をしてくれんだ?」


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