怪ノ壱「榊美雨〜視える少女〜5」
――血が、真っ赤な血が、一滴、また一滴と滴り落ちる。それが俺自身のものだと気が付くのは、もう少し後で良い。
その前にあの、俺の姿を借りて殺戮を繰り返す見た目通りの殺人鬼を、俺の手で葬る。
「何だ? 貴様は、一体どうやって此処に入ってきた? この学校には、俺の張った結界があるはずだ。
外から部外者が入れる訳がない」
彼奴は嗤いの表情のまま言う。まだ、此奴は気付いていない。此奴の姿と、俺の姿は同じだったということを。
彼奴の問いに俺は答える。
「俺か? 俺は、お前の抑止力さ。
やっと見つけた、碧鬼」
その言葉を理解したのか、彼奴の嗤いから、余裕が少し消えた。何時見てもむかつく表情だ。常にあの表情。
「ハハ、もう見つかったか、早いじゃないか。本物の鬼丸京介君。」
それでも此奴は、こんなにも余裕だ。己を殺しにきた敵でさえ、此奴にとっては楽しみの一つなのだ。そんな奴に、俺は、俺の過去は……
怒りが、憎悪が、俺の中の黒い感情が身体の奥の奥、底の底から湧き上がってくる。
俺は碧鬼に向かって殴りかかる。人間レベルでいえば、最高の瞬発力で。碧鬼は余裕の表情でそれを避けようとする、しかし俺の拳は思い切り彼奴の顔面に直撃する。そのまま碧鬼の身体はバランスが崩れ、後ろによろける。
碧鬼は笑顔だ。苛立つくらい。だがそれでも、少しは驚いちゃくれたみたいだ。
「ヒャハハ、まさか人間から一撃もらうとは思わなかったぞ。そうでなくては面白くない。脆弱な人間を相手にしているのだからな」
嬉しそうにまるで童みたいに彼奴は言う。人間様の一発なんて、こんなもんか。たった一撃殴っただけなのに、もう拳から血が出ている。
脆弱、正しくその通りだ。
だったら、仕様がないよな。
俺は、彼奴に対する総ての怨みを、怒りを、憤りを炎に変える。雷のように激しく、血液よりも紅い、紅の炎。その炎が、俺を包み込む。
「ほぉ、何だその姿は? それじゃあまるで、俺達と同じじゃないか」
奴のその言葉通り、俺の姿は彼奴と同じ、鬼の姿に変わっている。だけどその姿は彼奴とは全く違う。
――紅鬼。
それが今の俺の姿。碧鬼に代わって俺が受け入れた。俺が最も嫌う、鬼の容姿。俺は静かに口を開く。
「悪いな。さっきまでの俺じゃ、お前を殺せないからよ。文句はないだろ。屈強な鬼を相手にするんだからな」
碧鬼の顔は、これ以上ないほどに嗤っていた。俺はあの殺人鬼を睨み付け、対峙する。
刹那、俺の拳と碧鬼の爪が、お互いにぶつかり合う。そのまま俺は身体の向きを変え、蹴りの体勢になる。碧鬼もまた、身体をくねらせて俺に向かって蹴りを見舞おうとする。
空中で互いの脚が交差し、俺達は距離を置く。
嫌になる。全く同じ動きだった。
「中々じゃないか、えぇ? ついさっきまでの貴様とは比べ物にならんくらいの怪力、そう怪力だ。まさに異形の力、怪の力だ。そして動きの敏捷性、打たれ強さ、貴様とその鬼の相性はとても良好らしいな、小僧」
そう言いながら碧鬼は、俺に向かってその鋭い爪を俺の首筋に突きつけてきた。想像以上に速い。これは避けれない。いや、避ける必要は、ない。
碧鬼の爪は、そのまま俺の頸を切り裂く。
「ギィヤアア!!!」
…………鮮血が宙を舞う。
叫び声を上げたのは、俺じゃなく、碧鬼の方だった。