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鬼取屋  作者: 石馬
第参幕「酒呑童子」
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怪ノ玖「鈍角・駿角〜地獄で嗤う鬼畜の門番〜2」

 家というよりも屋敷と呼んだ方が良いであろう様相の建物、その廊下の中、茨木童子はゆっくりと足を進めていた。

 彼の肩には一人の死体が圧し掛かっている。その死体はつい先程茨木童子と死闘を繰り広げていた、朱色の髪を持つ青年である。常人離れした身体能力と異能者の中でも抜きん出た霊能力の二つを併せ持っていた青年は、奮闘虚しく茨木童子の凶刃の前に敗れていたのだ。

 然しその身体の原型だけは、今もこうして失わずに済んでいる。いや、原型を失うことを、茨木童子が許していないのだ。

 この屋敷の数多ある部屋の中、その中でも最も奥にあるであろう妖しげな部屋の目前で、茨木童子はやっとその足を止める。部屋を閉ざす障子を見つめながら息を吐くと、まるで脆いものを扱うような手でゆっくりとその戸を開ける。

 部屋の中には何もない、誰もいない。然し茨木童子は辺りを見回し、何処にいるのかも分からない己が主君を探していた。

 ふと、完全に閉めきられていたはずの部屋の中で、茨木童子の衣服が揺れる。彼は一切動いていないのにも関わらず、だ。それに呼応するように、茨木童子が背負っている青年の朱色の髪も少しだけ揺れ動く。


「さあ千年振りの肉体だ、気分はどうだ? “外道丸(げどうまる)”」


 今まで黙り込んでいた茨木童子がそう口にすると同時に、彼が背負っていた朱色の髪を持つ青年がその顔を上げる。







「モホホホホホホ!!」

「ヒヒヒヒヒヒヒ!!」


 高らかに嗤う二体の巨大鬼、牛頭鬼の鈍角と馬頭鬼の駿角。

 その下品で耳障りな嗤い声を、鬼丸京介は黙って聞き入っていた。

 その下品で耳障りな嗤い声を奏でる二体の大鬼を、鬼丸京介は黙って、然し鋭く睨み付けていた。

 彼のその背中には一人の少女、榊美雨が脅えるように隠れていた。

 そして彼の隣には、無邪気な中に不敵な態度を取る深紅の瞳を持つ女、(はずみ)(くるり)が椅子に座っていた。


「彼らは一体何者なんだい京くん? もしかして君のお友達か何かかな? 彼らの姿が君の変身後の姿に似ていなくもない」

「阿呆か転、あんな奴等存じてねえよ。大体、俺に俺と似たような醜い容姿のダチがいるわけねえだろ、俺にとって全ての鬼は統べからく敵だ」


 ――違いないね、と素っ気なく答える転、然し二人の視線はその間全く交錯することはなく、ただひたすらに二体の大鬼を見据えていた。

 二人の会話を聞いていたのか、二体の大鬼の内の一体、牛頭鬼の鈍角が愉快そうにその低く不愉快な声をあげる。


「モホホホ、キサマ知ってるぞ、茨木童子様から聞いてるぞ、キサマがオニマルキョウスケだな?

 あんまりにもキサマが動かないからコッチから出迎えてやったぞ」


 まるで地獄の底から響いているような重低音の声を発する鈍角に呼応するかのように、今度は馬頭鬼の駿角が語りだした。


「ヒヒヒヒ、その通りですとも、アナタがあまりにも不甲斐ないのでワタクシ達が直々にアナタの元へやって来てやったのですよ、感謝をしなさい感謝を」


 今度は頭蓋骨が割れてしまうのではないかという程甲高い嗤い声が京介に向けられる。どうやらこの二体の目的は自分らしいことを悟り、京介の表情には苛立ちが見えてきている。


「転、美雨を頼むぞ」


「はぁ、まったく人使いが荒いねぇ京くん。でも恋した相手の頼みを、無下にはできないよね」


 京介は静かな怒りを声に込めて、転にそう言った。転もまた呆れた口調になりながらも京介の言葉に同意する。

 ゆっくりとその顔をあげる転、そして、彼女の紅い瞳が二体の大鬼に向けられたその瞬間、鮮血の如く紅の鎧を纏った一体の鬼がその一角、牛頭鬼の鈍角に向かっていた。

 紅鬼は一切の躊躇なくその右拳を鈍角の巨大な眼球に向かって叩きつける。

 硬いものが砕ける鈍い音が鳴ると、鈍角の巨体はそのまま力の向けられた方向に突き飛ばされる。


「油断しちゃダメだよ京くん、牛頭はすぐに立ち上がる。あと、もう馬頭の方が仕掛けてきてるよ」


 転の助言通り、駿角は既に京介へ突撃していた。その両の手には何時から、何処から取り出したのであろう、その巨体となんら遜色ない片刃の大剣が握られている。京介に向かってまるで叩きつけるかのように大剣を降り下ろす駿角、然しその行動を予期していた京介にとって、単純すぎるその剣線を躱すことなど造作もない。京介は最小限の動きで駿角の一撃を躱すと、ソレの持つ巨剣の峰を綱渡りの要領で駆け上がる。


「遅えんだよ、(のろ)まの駄馬が」


 駆け上がる勢いをそのまま利用した体勢で、深紅の鬼は馬頭鬼を右から左へ一蹴する。前方を向いていたはずの巨大な馬面はあらぬ方向へと捻じ曲がり、駿角はそのまま後ろへ倒れてしまう。

 登場してたったの数分、その短い時の間に、二体の大鬼はいとも容易く迎え討たれてしまった。あまりの手応えの無さに、京介も流石にその表情を曇らせる。


「おい、幾ら何でも怪訝しいだろ? 転、早く美雨を連れて逃げろ、此奴等絶対に何か仕掛けてくる」


「それをボクに言うのは筋違いだよ京くん。まぁ、でも君の言う通りだ。サポートに回れないのは多分に切なくて心苦しいけど、このままじゃ手遅れになってしまうからね、ボクとミサちゃんはココからドロンする事にするよ」


 言うや否や、転は手元から野球ボール大の玉を取り出し、本当にドロンという効果音がよく似合うような煙と共に、美雨と共に姿を消した。まるで忍者のような消え方だが、残念ながらこの状況下で律儀にツッコミを入れられる程京介にも余裕はない。

 それでも二体の大鬼は倒れたままだ。動く気配すらない。

 然し京介は感じていた。今この状況には、京介達鬼取屋が幾つも葬ってきた妖怪達との戦闘でしか感じることの出来ない、独特の緊張感を。

 無論それは、この戦闘が未だに終着していないということを表している。更に言えば、転の最後の言葉は本当に駄目押しだった。未来視出来るあの転が『牛頭はすぐに立ち上がる』、『このままじゃ手遅れになってしまう』と言っていたのだ。そんな言葉が残っていながら、この戦闘がこのまま終わる訳がない。

 鬼の面の裏で表情を強張らせながら、京介は構えを崩さない、それなのに何故なのだろうか? やはり油断があったとでも言うのだろうか?

 ……紅鬼である鬼丸京介のすぐ背後には、いつの間に立ち上がっていたのだろう、牛頭鬼の鈍角が巨大な剛腕を降り下ろすべく高々と天に掲げていた。

 一瞬、気付くのが遅れる京介、然しその一瞬がこの状況では致命的なまでに遅いことなど、誰もが分かっていることだろう、猛牛の剛腕は鼓膜を破る程の爆音となり、自身の体躯の十分の一にも満たない小鬼を飲み込んだ。


「モォオオオ!! ただアカいだけのチビ鬼が、調子に乗るなよ!

 あんなムシが刺したような一発で、オイラが殺られると思ったのか!」


 不意討ちを受けたことが余程不服だったのだろう、鈍角はその鬼面に青筋を浮かべて怒り狂っていた。その姿は闘牛士を前にした暴れ牛そのものだ。

 鈍角の一撃で転の居座っていたビルは倒壊し、地面は深く抉り取られ、その中心には小さな紅い点がポツンと残っているばかりだ。その紅い点とは言うまでもなく、紅鬼こと鬼丸京介のことであり、その身体からは深紅に染まった鬼鉄の鎧とは別の紅い液体が滲み出ていた。

 相当な衝撃を受けたのだろう、半身は抉り取られた地面の中に埋没してしまっている。


 然し血色に染まった紅鬼は、その意識だけはなんとか繋ぎ止めていた。

 そして果敢にもその眼差しだけは、己の十倍はあろう猛牛に向けて放ち続けている。否、その眼孔は果敢というよりも、寧ろ無謀に等しいものだった。今まで自身を守り続けていたはずの堅牢強固の鎧をいとも簡単に打ち砕いた相手を、自身に瀕死の重傷を負わせたはずの相手を睨み続けているのだ。これを無謀と言わずして何と言おう?

 京介は埋まっている己の半身を、大地から強引に引っ張り出し、鈍角を前に立ち上がる。息は上がり、肩は苦しそうに上下しているが、その瞳の中の闘志は未だ消えてはいない。


「ナメんな? それは此方の台詞だ阿呆牛、テメエの拳でなんざ、百発殴られたって俺は死なねえよ」


 言ったその場で、京介の膝から力が抜ける。倒れそうになる自分を必死で支える京介の姿を鈍角は、嘲笑う表情で見下ろしていた。


「モホホホホホホホ! 何だキサマ、チョット撫でてやっただけでもうボロボロじゃねえか?

 ま、キサマみたいなチビ鬼が、オイラを殺せるわけが無いけどな」


 鈍角の下品で不快な重低音が辺りに響く。その嗤い声の所為か、空気は大きく震え地面には亀裂が走っている。

 巨大な口を開き既にもう油断しきっている鈍角、そんな千載一遇の好機を、紅鬼が見逃すはずがない。


「テメエこそ、調子に乗ってんじゃねえ!」


 瀕死の身体に鞭を打ち、渾身の力で跳躍する京介、彼の紅に染まる右の拳が、今度こそ鈍角を討ち果たさんと振るわれる。

 ……空気には絵具で描かれたような深紅の軌道が、弧を象るように帯を引いていた。それは京介の拳のことなどではなく、まさしく京介自身がだ。京介の身体はまるで金属バットで打たれた野球ボールのように、後方へ吹き飛ぶ。

 鈍角は確実に油断していた。あのタイミングで京介が殴り掛かってきたことに気付くことは出来ても反応することは出来なかったはずだ。にも関わらず京介は吹き飛ばされた。何故? そう問うのはあまりにも馬鹿げている。この場合、敵は何も牛頭鬼の鈍角だけではないのだから、寧ろ牛頭鬼がいるのなら、必然的にもう一体の相方の存在を考えない方が異常なのだ。

 つまり、京介の攻撃は馬頭鬼の駿角によって妨げられ、そして駿角の攻撃によって遥か後方に打ち付けられたのだ。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒ!!

 ツレナイですねぇアカオニさん、ワタクシにももっと構ってくださいよ」


 無理矢理に喉から捻り出しているんじゃないかという程甲高い嗤い声をあげる駿角、その声は気を失いかけている京介の耳にも伝わっていた。

 そしてその下卑た嗤い声を聞きながら、京介は絶望していた。今の状況に、己の弱さに、そして何より、駿角の参戦で完全に戦意を削がれている自分自身に、京介は絶望していた。


「……糞が、何諦めてやがる、あんな下っ端相手に、何をこんなにビビってやがんだ俺は」


 まるで独り言のように、いや、実際には本当に独り言なのではあるが、京介はそう悪態を吐く。全身を守る鬼鉄の鎧は所々がボロボロに砕け、視界は霞み足元は覚束ない。

 完全に今の京介が相手に出来る強さではない。その二体の大鬼は、今の京介よりも遥かに強い相手だ。

 ……情けない、本当に、情けなくなる。


 もっと後に取って置きたかったのに、この程度の奴等に、使いたくはなかったのに……。

 京介の脳裏には、そんなことばかりが巡っていた。本来なら、せめて愛染飛鳥との闘いまでは、見せたくはなかった。


「情けねえ、本当に、情けねえ……」


 ぶつぶつと俯きながらそう呟く紅鬼は、ゆっくりと二体の大鬼の元へと歩んで行く。足元に一滴、また一滴と紅い雫を垂れるのと同じように、全身に纏わりつく鎧の破片が一片ずつ剥がれていく。

 精神(ココロ)肉体(カラダ)も限界のはずの紅鬼、然し、明らかにその雰囲気は変わっている。

 何かを決めたような、覚悟したような眼で、鈍角、駿角、両鬼を睨み付けている。

 ――それはまさしく“果敢”にも。


「モホホホ! 見てみろ駿角、アイツいきなり旨そうになったぞ?」

「ヒヒヒヒ! 見なさい鈍角、敵はいきなり美味しそうに成りましたよ?」


 ただならぬものを感じ取ったのか、二体の大鬼も嗤いながら臨戦の構えを取る。


 とぼとぼと歩む紅鬼は、彼らの前でやっとそのふらつく足を止める。

 彼の足元には、自身の血液が溜まり小さな泉を形成している。 そして二体の大鬼に標準を合わせ、吐き捨てるように自身の言葉を紡ぎ出す。


「こんな所で使う気なんか更々無かったのによ、本当に情けねえ、自分の甘さに反吐が出る。

 見せてやるよ、紅鬼の能力を、テメエら纏めて、地獄(ふるさと)に還してやる。

 “地獄の八業火”でな」


 京介がそう呟いた時、彼の足元にあった紅の泉は、一瞬にして蒸発した。


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