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鬼取屋  作者: 石馬
第参幕「酒呑童子」
53/63

怪ノ捌「白雪冬子〜妖怪揉事解決機関銀幽商会会長〜1」

…………皆様、長らくお待たせしましたm(_ _)m


鬼取屋、新章突入で御座います! 一応大まかなあらすじは組めましたが、細かいところはまだ決めていません(-_-;)

ですからこれからどんなことになっちゃうのか、作者である僕にも分かりません(おい


さて前置きはこの辺にしておきまして、酒呑童子篇、御開帳です!

 時刻は夕方、場所は、何処かの小学校の校庭。

 そんな何処にでもありそうな風景の中に、一人の女の子が蹲っていた。怪我をしてしまっているのか、すすり泣く声がこちらの方まで聞こえてくる。

 女の子の身体には、傷らしいものは見当たらない。所々砂に塗れている部分こそあるが、まったくの無傷である。それでもその女の子は、泣いていた。


「いたいよ、いたいよぅ……」


 周りには誰もいない。其処には、その女の子独りしかいない。

 誰も泣いているその子に手を指し伸ばさない。どんなにその痛みを、その悲しみを訴えようとも、誰一人としてその場にはいないのだから。そんな事実が、無性に悲しくてその女の子は泣いている、そう思えるような風景だった。









 闇に包まれた、何処かの一室。畳と卓袱台しかないような殺風景なそんな部屋で、愛染飛鳥は今まで夢の中にいた意識を無理矢理に引き揚げた。

 過去に自分が異常だと気が付いた、あの日の記憶。それ以前の記憶、それ以降の記憶、次々に思い出される、生前の記憶。


 ――舞といったか? あの少女と出会って早数日、今まで頭の奥の奥に無理矢理押し込んでいた記憶が、まるで噴水のように湧き出てくる。

 ――――『鬼丸京介』。その名を思い出した瞬間にだ。楽しかったもの、悲しかったもの、そして忘れていたかったもの、愛染飛鳥としての記憶全てが、今の『彼』の中に溢れていた。


「畜生、何だってんだ。

 飛鳥、契約が違えじゃ無ぇか!」


 まるで癇癪を起こした子どものように、自らの身体に爪を立てる飛鳥。己の皮膚を抉り掻きむしり剥ぎ取って、深紅の小川を床に作っている。

 畳で出来ているであろうその床には染みが着き、まるでヒビのような紋様を描いている。

 それはまるで飛鳥の顔に出来ている傷と、全く同じものを畳に着けているようにも見える。


 然し、飛鳥の顔に刻まれたはずの方の傷は既に、その殆んどが塞がれていた。掻きむしったその場で、飛鳥の傷は癒えていくのだ。その姿は本当に異様で、本物の妖怪のようだと見る者が見ればきっとそう思うだろうし、間違いなくそう言っていただろう。


 やっと落ち着きを取り戻したのか、飛鳥はその自傷行為を止めた。傷は負わなくとも体力は消耗するのだろう、息を荒げ、両の肩を上下に動かし、額はうっすらと汗ばんでいる。

 飛鳥はその怒りの形相を隠そうともせず、その場で咆哮した。


「糞がぁあ!! 何なんだ此の記憶は!? 何で俺の頭から離れ無ぇ!?」


 今度は自身ではなく、彼女の周りを破壊する飛鳥。自身の感情のままに壁を粉砕し、床を抉り、天井に穴を開けるその姿には、当時あれだけ気弱だった少女(おんなのこ)の面影など欠片も残ってはいない。

 あの時の弱い自分など思い出したくないと言わんばかりに、飛鳥は彼女の周囲にあるもの全てを完膚無きまでに破壊する。


「こんな惨めな記憶、今の俺には必要無い。なのに何故忘れられない?

 飛鳥、貴様はこんな記憶さえも手放せないのか? だから貴様は弱いのだ」


 『彼』は落ち着きを取り戻し、冷静になった口調でそう呟く。そして自身の開けた、天井の穴をジッと見上げる。

 穴の向こうには光などあるわけもなく、果てしない闇だけがただ、当たり前のように続いていた。


 ――――そうだ、其れで良い。此の場所こそ今の俺に相応しい。今の俺は地獄の鬼、光など要らない。必要なのは永久に続く闇と、恐怖と苦悶に塗りたくられた、真っ赤な流血だけだ。他には何にも要らない。

 ――――今の俺は、愛染飛鳥では無いのだから。


「鈍角! 駿角!」


 叫ぶ飛鳥の声と共にいつの間にだろう、巨大な影が二つ、浮かび上がる。

 その巨大さは、先日の見越し入道などまるで比にならなく、そして不気味な輪郭を形作っている。

 不気味な二つの影は、その不気味さによく似合う笑みを浮かべて飛鳥の目の前に現れた。


「鈍角、駿角、貴様等を使って京介の野郎を試す。

 現世で好きなだけ暴れて来やがれ、邪魔する奴等は残さず殺して構わ無え、貴様等の好きな様にしろ」


 飛鳥が吐き捨てるようにそう言うと、不気味な二つの影は大気を震わす程の大声で笑いはじめる。まるで獣の咆哮のような二つの狂喜は、闇の中で響き続け、やがてその姿は闇の中へ溶けるように消えていった。


「さあ京介、止めてみろ。貴様が大事にしている物を一つでも守りたかったら、全力で、全霊でこの俺を止めてみやがれ」


 何もいなくなった部屋の中、挑むのではなく本当にそうあってほしいと、そう懇願するように、飛鳥は独り、その場で呟いた。

 何故だろう、彼女の鋭く研ぎ澄まされた瞳からは、鬼となった時に捨てたはずの涙が、今も流れている。








 武者の惣面を連想させるように口元を隠した相貌、煌々と鈍く光る紅の鎧を思わせる紅い肌、煤のように黒くボサボサの髪の毛、体躯は人のように細い、然しその眼光は、妖刀の如く鋭利に研ぎ澄まされ、幾千の死地を越えた猛者を窺わせている。

 ――鬼丸京介は、ただ一人その部屋の中にいた。

 紅鬼の全身からは、彼の肌と同じ深紅に染まった焔が、メラメラと大気を揺らし溢れ出ている。


「…………ウォオオオオ」


 静かに叫ぶ彼、その一声と共に溢れ出る焔は一つの巨大な業火となり、まるで彼の手足のように暴れ、走り出す。壁を床を天井を、焼き、焦がし、辺りにある物体らしい物体を一つ残らず灰へと変える。業火は更に勢いを増し、遂には部屋に充満する凶器と化すまでに成長していく。その姿は宛ら、真紅の大蛇といったところか。


「ハァアアア!!」


 最後の咆哮と共に、大蛇は空に咲き誇る花火のように弾け、また散っていくように霧消する。

 其処はまるで、大蛇が全てを丸呑みにしたかのように何も無かった。

 あるのは大蛇の胃袋の中で消化された跡を思わせる白い灰塵と、彼の髪を連想させる輝きを失った黒色の煤だけだ。


「……飛鳥」


 此処では見えないはずの空を見上げて、京介は一言だけそう呟いた。

 その悲哀に満ちた声は、友との再開を喜ぶものではない。寧ろ拒絶しているようにさえ見える。


「待っていてくれよ飛鳥、絶対に俺が、お前を助けるから、だから、あとちょっとだけ、待っていてくれ」


 彼の瞳には熱のない、絶望と恐怖と憎悪によって灯された、真っ黒な焔が宿っていた。


「もうすっかり本調子に戻っているな、京介

 だがまだまだだ。その程度じゃ甘いよ。そんな焔、あの愛染飛鳥とかいう少女には決して届かない」


 不意に後ろから掛けられた声に驚き、京介は振り返る。其処にはいつの間に現れたのだろう、銀雪のような髪と、宵闇のような瞳を持った青年、神龍寺吹雪の姿があった。

 吹雪は一度飛鳥と交戦していたからだろうか、調子を取り戻したはずの京介をまるで挑発するようにそう言った。

 鬼の姿だった京介は橙色の炎を全身に纏い、徐々にその輪郭(カタチ)を変えていく。まるで鮮血のように紅かった鎧のような肌は、元の色白な人間らしさを取り戻し、ボサボサで光沢のなかった黒髪は短く切り揃えられ、多少癖はあるがその艶を取り戻す、顔面に張り付けられた鬼の惣面は外され、その裏にある精悍な顔立ちを露にさせる。

 元の人間である姿に戻った京介は、突然その場に割って入ってきた吹雪を睨み付け、そして売られた喧嘩を買うように声を低くして言い返す。


「何の用だ吹雪? 生憎今の俺はどうしようもなく機嫌が悪い。もし冗談半分でからかってるつもりなら、テメエだろうと容赦しねえぞ」


 人の姿に戻っても、唯一変わることのない京介のその鋭い双眸が、吹雪の身体を貫かんばかりに差し向けられる。然し吹雪はその威圧的な京介の態度にまるで動じる風もなく、諸手を挙げる仕草で彼に答える。


「誰も冗談でなんて言っていない。これは紛れもない事実だ。

 不満があるならもう一度言ってやろうか? そんな迷いだらけの焔じゃ、あの愛染飛鳥には届かない、俺はそう言ったんだ」


 吹雪は絶えず笑顔を保ったままだが、その眼は真剣そのものだ。

 吹雪は決して京介を挑発している訳ではない、今行っても犬死にするだけだ、行くのならもっと強くなってからだと、彼はそう言いたいのだ。そんな吹雪の気持ちを京介だって分かっているはずだ。だけど、それでも、京介は焦らずにはいられない。京介にとって、愛染飛鳥という人物はそれだけ大事な、大切な存在だったのだから。


 無言で俯く京介。確かに吹雪の言う通り、彼は迷っていた。

 ――自分には本当に飛鳥を救うだけの力はあるのだろうか? 第一飛鳥を救う資格を、自分は持っているのだろうか?

 はじめて敵として立ちはだかる旧友を前に、京介の心は既にボロボロになっていた。


 吹雪はそれを察していたのだろう、それ以上は京介を追い込むことなく彼に近寄り、自身の手を彼の肩に置く。その顔からは、あの涼しげだった笑顔はなくなり、真剣な眼差しだけが残る。


「京介、辛いだろうがちゃんと前を見ろ。

 俺達の戦いは迷ったら敗けだ。怖れたら敗けだ。揺らいだら、敗けなんだ。そんな状態であの少女に勝てる程お前は強いのか? 俺はそうは思わない。

 俺達はもう、何も見えないで戦える程若くはないんだから」


 吹雪は真っ直ぐに京介を見つめていた。京介の方は俯いたまま、黙って動かない。吹雪は京介の答えを待つこともなく、その場から去ろうとする。


「……待てよ、吹雪」


 去りかけた吹雪を、京介は不意に呼び止める。吹雪は振り返るが、其処には変わらず俯いたままの京介の姿があるだけだ。


「お前は、ただそんなことを話す為だけにこんな所に来たのか?」


 京介は顔を上げ、一心に吹雪の方向を見据える。その表情は、何処か不敵に笑っているようにも見える。


「此処は鬼取屋の訓練場だぜ? そんな所まで来て、人の事イラつかせて、はいさよならはねえだろ」


 京介はお返しだと言わんばかりに吹雪を挑発する。吹雪の方も、やっと本当の意味で調子を取り戻した京介に安心したのか、さっきまで張り詰めさせていた固い表情を崩し、もう一度涼風のような笑顔をその顔に作る。


「何だ京介、“遊び”に誘うならもっと素直に言ったらどうだ。

 そんな誘い方じゃ、俺以外の奴には先ず相手にされないぞ?」


 口では如何にも呆れた声で答える吹雪だが、右手は既に霊剣『村雨』の柄を握っている。


「相変わらずに口の減らねえ奴だな、お前は」


 京介の身体は既に紅鬼の姿へと変貌を遂げ、対峙する吹雪も龍神の姿で彼と向き合っていた。


「いつも通りだ。どっちかが敗けを認めるまで終わらねえ」


「無粋だな、今更そんな確認は要らないだろう」


 紅鬼の鬼鉄(おにがね)と龍神の村雨が、甲高い音を立てて響き合う。

 互いの色彩を、鬼の紅と龍の蒼を混ぜ合わし新たな色を創るように、二人は其処で、まるで童心に返ったように戯れていた。

 今まで其処にあった深く重い闇は、既に無くなっていた。








 京介が吹雪と対話するその少し前、榊美雨は目の前の状況に困惑していた。鬼丸京介が重苦しい表情で事務所を出て行き、その後を追うように今度は神龍寺吹雪がいなくなり、情報収集に出掛けると言ったまま鬼丸舞は帰ってこない。必然的に残るのは暇人である榊美雨本人と、鬼取屋戦闘員の一角である少年、天童切丸だけである。

 そしてその切丸は、現在唯一の取り柄といっても過言ではない戦闘をすることが出来ない状態にいた。

 別にまだ輪入道に削られた魂が戻らないという訳ではない。寧ろ既に全快している。

 ……では一体、何が起こったというのだろうか?


「……ったく! 切丸、なんだいこの様は?

 格好悪いったらありゃしない」


 美雨の存じあげない女性が、何故か切丸をボコボコにしていたのだ。

 女性は真冬の積雪のように白い肌の上にOL風の黒いスーツを身に纏い、赤いハイヒールを履ている。何処かの会社員だろうか? と疑問を持ちたくなるような姿だ。


「こんなんだから輪入道程度の妖怪にも遅れをとるんだ、悔しかったらもっと精進するんだね」


 切丸を一蹴した女性は不敵に微笑み、そして美雨に目を遣る。

 いきなりの状況に思考がついてこない美雨は、未だに何も言えない状態だ。そんな美雨に、女性はつかつかと歩み寄り、顔を近付けてくる。


「アンタが榊美雨ちゃんかい? なかなか可愛い顔したお嬢ちゃんじゃないか」


 美雨を舐め回すように見ながら品定めする女性、美雨は呆然としながらも、遂にその口を動かす。


「あ、ありがとーございます……。

 えと、あなたは…………一体?」


 美雨の問いに、女性はとても不思議そうな顔をしていた。まるで自分を知らない人間がいるなんておかしいと言いたげな表情だ。

 女性は今一度不敵な笑みを浮かべると、歌い出すような高い声で美雨に語る。


「あたしの名を知らないのかい? 仕様がない娘だね、よく覚えておきな。

 あたしは白雪冬子(しらゆきとうこ)。『鬼取屋』と同業の『銀幽商会』の責任者さ」


 冬子が高らかにその名を口にした時、部屋の中の気温が極端に低くなったと、そう美雨は感じた。


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