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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
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怪ノ漆「鬼丸舞〜紅鬼の妹〜4」

 それは何の前触れも、前置きも何もなく、突然起こった。


 一瞬の出来事だ。そのたった一瞬で、部屋の中に血の雨が降り注いだ。少なくとも鬼丸舞の瞳には、そういう風に映った。先程まで其処に寝転がっていたはずの見越し入道が、完膚なきまでに切り刻まれていたのだから。


「ふん、最近此の辺りで幅を効かせている妖怪が居るという噂を聴いて来てはみたが、何だ大した事無いじゃないか。

 此の程度なら、我等が軍勢には不要だな」


 急に現れたソレは、一言そう呟くと心底つまらなそうに、その場を立ち去ろうとする。



 ……一体、この場で何が起きたというのだろうか、その話をするには少し、時を遡らなくてはならない。








 舞が二人の男から財布を取り返した、その僅か数秒後、彼女の目の前にはまた新しい登場人物が現れていた。

 身の丈は舞より少し大きい程度、顔を隠してしまう程巨大な笠を被り、黒い男物の着物を纏ったソレは舞のことなど目もくれず、小さくなった見越し入道へと歩を進めていく。


「えっ? あの、どちら様でしょうか?」


 その急すぎる登場に動揺して、あまりにも的外れな問いを投げ掛ける舞、だがそんな彼女の質問さえ、その人物には届いていないようだ。


 その人物は見越し入道の前で立ち止まると、其処で入道を見下ろすような仕草をする。


 そして徐に、見越し入道を蹴り飛ばした。


 驚愕したのは舞だ。いきなり現れたと思ったソレは舞の存在を気に止めないばかりか、妖怪である見越し入道にもこんな扱いだ。


 こんなことをやってのける恐れ知らずはただの馬鹿か、それとも本当に強く恐ろしい何かかの二つに一つだ。


 そしてこの状況で、ただの馬鹿が現れる確率などたかが知れている。


 つまり目の前のソレは後者だと、舞は無意識の内に理解した。殆んど直感の本能的な恐怖が、そう教えていた。


 そしてその直感は、見事に的中することとなる。


「グガァアア! キサマ、ナニしやがる! 死にてえのかぁあ!」


 あれだけ酷い扱いを受けた見越し入道は、その堪えきれない怒りをその身に宿し、今一度その身を巨大化させる。

 そしてその憤りをソレへとぶつけるべく、勢いに任せ特攻する。


 ――そして、現在の風景が浮かび上がったのだ。


 返り血は舞の方まで飛び散り、壁に、床に、そして天井に深紅の絵画を描き出していた。

 ソレが何をしたのか、舞には視認することが出来なかった。然しソレが何をしたのか理解することは、なんとか出来た。

 ソレの諸手にそれぞれ握られていた、無骨な二本の刃がはっきり教えてくれてたのだから。 

 ソレが目の前の巨大な肉塊を刻み出したのだと……

 ソレは血に染まった身体を気にする訳でもなく、出口に向かって真っ直ぐ歩いていく。舞などまるで最初からいなかったかのように振る舞うその姿にさえ、怒りを感じない。

 拭いきれない恐怖感だけが、彼女の全身を支配している。

 ともあれ、あんな危険なモノに絡まれなかっただけでも助かったと思うべきなのだろう。舞は自分にそう言い聞かせて、アレがいなくなってから帰ろうと思っていた。


 ――――結局、その願いさえ叶わなかったのだが…………

 ソレは何を思ったのか、舞の方を振り向いたのだ。


「貴様、何だ其の鬼のような妖気は?」


 舞の数歩先に存在していたはずのソレは、やはり一瞬でその距離を縮め、いつの間にか彼女の目前まで迫っていた。

 先程から、全てが急展開過ぎる。状況の変化に対応しきれない。


 ソレは、ソレが出した問いに答えない舞に、もう一度その疑問を口にする。


「貴様の身体からは、貴様のモノではない別の妖気が染み着いている。

 其はまるで俺等と同じ、地獄の鬼に近い妖気だ。

 今一度問う。何故貴様の身体からは鬼の妖気が流れている?」


 舞は答えない。答えられない。ソレの持つ異常な威圧感が、舞に圧倒的なまでの恐怖感を植え付けているのだから、そしてそれが、舞に喋るなと強制しているのだから。


 ソレは話せぬ舞に苛立つ訳でもなく、ただ訥々と語り出す。


「話せないのか? まあ良い、其の様子なら、差し詰め身内に鬼とよく似た妖気の持った者が居るという事だろう。

 ふふ、面白い。こんな所で威張り散らすだけの雑魚等より、よっぽど極上な収穫だ。

 娘、貴様の其の身内を俺に紹介しろ。その鬼の如き妖気は我等が軍勢に相応しい物だ」


 舞は既にソレの話す言葉を理解することを放棄していた。早くこの場から解放されたいと、こんな思いをするのなら財布など早々に諦めておくのだと後悔していた。

 舞の虚ろな瞳を、ソレは見逃さなかった。ソレは何かをさっしたかのように、舞の首筋にその手に握る無骨な刃を当てると、呟くように話しかける。


「話すつもりはないのか? 其なら其で構わん。

 貴様を質に、其奴を誘き寄せるだけだからな、

 俺と供に来て貰おうか」


 刃で脅されている舞がこの誘いを断れば、その先に待っているのは血みどろの惨劇以外に何もないことなど分かりきっている。

 然し、ソレのその言葉を聞いた舞の返答は、ソレの言葉の拒絶だった。


「ぜ、絶対に、嫌! です」


 最後の最後、今日一番の勇気を、舞はこの場で使いきった。

 ソレはただ一言「残念だ」と呟き、舞に向かって漆黒の凶刃を振り上げる。

 先の見越し入道のように一瞬で斬るのではなく、まるで力を溜めているかのようなゆったりとした動作。


「なら死ね」


 冷たく呟いたソレは、冷酷な瞳で無骨な刃を振り下ろした。まるで最初からそうすることを決めていたかのような、一切の迷いのないその一振りによって、赤々とした鮮血が宙を舞う。


 ……然しその鮮血はどちらのものでもない、新たな乱入者のものだった。


「相変わらず、俺はタイミングを心得ている」


 神龍寺吹雪は舞を抱えるようにして、敵であるソレに背を向けていた。

 彼の背には痛々しいまでにくっきりと、一本の刀傷が走っている。

 彼の着ている真っ白な着流しが、黒ずんだ赤に染まっていく。


「吹雪さん……!」


 いつの間にか抱えられている舞はやっと肩の荷が降りたのか、安堵の表情を見せる。


「大丈夫かい、舞君?」


 吹雪の問いに、首を縦に振る動作で答える舞、然し舞の方にも、ある疑問が浮かび上がっていた。


「吹雪さん、なんで此処に……?」


 キョトンとしている舞の疑問に、吹雪は相変わらず余裕を崩さない口調で答える。


「何、大したことじゃないさ。

 美雨君の夕食を買った帰り、たまたま変わった奴とすれ違ってね。不審に思って後を付けてみたら、ドンピシャだったよ」


 吹雪は振り向き、人で在らざるソレへと対峙する。傷を負いながらもその眼には、恐怖を全く感じさせない強い闘気が込められている。

 腰に下げた日本刀の柄に自身の右手を添えて居合いの構えを作る。

 ソレも二本の太刀を裸のまま、だらりと下げた構えで応戦するかのように吹雪を見据える。笠に隠れたその顔は、何処か喜んでいるようにも見える。


 数瞬の静寂、その後に起こったのは、鉄と鉄が弾け合う不協和音だった。 耳障りな程に鳴り響く甲高い音は、空気の振動となり傍観者である舞の肌をも斬り裂く勢いだ。既に常人が見れる域を超えた剣撃、斬撃の応酬は止まることを知らない。


 吹雪が抜刀すれば、ソレが片方の太刀で受け止め、もう片方の太刀で彼の首を狙う。

 ソレが首を狙えば、吹雪はそれを簡単に躱しながら刀を斬り返しソレの喉元へ突きを見舞う。

 一瞬の気の弛みも許さない達人同士の剣技、然し達人同士だからこそ、その闘いに長期戦という言葉はあり得ない。


「神龍寺流――」


 先に動いたのは吹雪。霊剣、村雨を握る右手を振り上げ、しなる鞭のように振り下ろす。

 剣先に付着する雫はまるで滝のように、激流となり人外の剣士を呑み込む。


「――瀑布(ばくふ)!」


 吹雪が繰り出した激流の一閃を、ソレは太刀を交差する構えで受け止める。

 然し防御に使った二本の太刀は、神速の一閃を受けきることは敵わず、無惨にも圧し折られてしまう。

 それでも勢いの劣れない村雨は、そのままソレの身体を脳天から縦一文字に斬り裂いた。


 ソレは身に着けていた笠が二つに分断され、更に服の上から深々と肉を抉られた。

 然し、それで攻撃の手を弛めるほど、吹雪は優男(あまちゃん)ではない。


「神龍寺流――」


 既に鞘に納めている村雨を、今度は横一線に振り斬る。雫は斬撃の波となり、ソレの身体に刻み掛かる。


「飛沫」


 ソレの身体は上半身と下半身で分断され、多量の血液を噴出しながら動かなくなる。

 笠の外れたその顔を覗くと、なんとソレは少女の顔をしていた。

 年の頃は17、18歳と言った処か、色白で整った顔立ち、黒い髪は短く雑に切られていて、折角の美貌が疎かになってしまっている。

 ……とはいえ、死体にそんな感想を持ったところでなんの意味もないのだが…………


 吹雪はその少女の死体を数秒間だけ覗き、舞の方を振り返りこう言った。


「さぁ、もう終わったことだし、帰ろう、舞君。

 家に帰れば、腹を空かせた小娘と再起不能な野郎が二人、君をまっている」


 振り向いた吹雪の顔は、いつもと何ら変わらない柔らかい笑みを浮かべて舞を見つめていた。


 その包み込むような優しさを受けた舞は、途端にガクンと身体を地に着ける。

 安心してしまったのだ。今まで切れてしまうのではないのかという程に張りつめた緊張の糸がやっと緩まったのだ。

 膝は地にだらしなく付着し、決して大きくない全身は小刻みに震えている。


「すいません、吹雪さん。安心しちゃって腰が抜けてしまいました。申し訳ないのですが、連れて帰って戴けませんか?」


 吹雪は特に何を気にするでもなく、まあ仕方ないといった感じで舞にその背を向ける。

 おんぶをしようとしているのだろうが、舞はその背になかなか乗ろうとせず、何かを言いたそうにしている。


 それも当然のことで、吹雪の背中には一本の剣創が走っていたのだから。それは彼女を庇ってしまったが為の傷、少なくともその傷になった原因を作ってしまった以上、自分がその傷に触れることなど彼女の常識にはあり得なかった。


 然し吹雪の方はそんな些末なことを全く気にしていないようで、舞の方向向き返ってこんなことを口にする。


「どうしたんだい? 立てないんだろう、なら早く乗りなさい。」


 力と気の抜けた、間抜けな声を発する吹雪は、その見た目通り油断していた。だから気が付かなかったのだ。

 舞はもう、吹雪の背中の傷など見てはいなかった。舞が見ていたのは、上半身だけで動く、黒衣の少女の姿だ。


「油断してんじゃねえぞ、此の白髪野郎が!」


 その整った顔立ちからは想像も出来ない暴言を吐き出し、上半身だけの少女は吹雪に、その両腕を差し出した。

 両腕から伸びる鋭利な爪が、まるで鉄線のように長くなり、吹雪の身体を貫こうとする。


 吹雪は瞬時に回避行動に入るが間に合わない。

 光の帯を纏い、龍神となった彼の硬質な肌でさえもその鉤爪は貫いたのだ。


「クッ、確かに油断した。まさか此処まで斬られても生きていられるなんてな」


 皮肉のつもりで毒を吐く吹雪だが、黒衣の少女の眼は不気味に嗤っていた。


「羨ましい身体だろ? 死にたくても死ねないのが悩みでな、今迄此の身体に成ってから一度も死んだ事が無いのが俺の自慢なんだ」


 ゲラゲラと醜い嗤い声を上げながら、少女は切断されたはずの下半身を無理矢理に上半身とくっつける。

 そんなことで本来人の身体が結合することは先ずあり得ない。然し目の前の少女は、そんな物理的な法則などまるで無視していた。

 結合した下半身は何事もなかったかのように動き出し、上半身は吹雪の方を見据えていた。


「成る程、貴様等はどうやら妖怪と戦い慣れた奴等の集団のようだ。

 貴様から感じるのは龍神の霊気、然し其処の娘から感じるのは獄卒の妖気。おい娘、今日の処は見逃してやる。

 だがお前の其の身内に伝えておけ。貴様は其方側の存在じゃない、此方側、『鬼の軍勢』の側の存在だと――


――そう京介に伝えておけ。鬼丸舞、紅鬼の妹よ」


 最後に少女の放ったその言葉に、舞だけでなく吹雪さえも絶句した。

 不気味に嗤うこの少女は何故、鬼丸京介の存在を知っているのだ? 彼はもう既に、忘れ去られた存在のはずなのに。

 彼を覚えているのは、吹雪や舞のような霊能力者、或いは――――

 ――――或いはあの時の惨劇を目の当たりにした被害者の一人しかいない。


「お前は、一体……?」


 吹雪が疑問を口にする前に、黒衣のソレは答える。それはこれから始まる惨劇を愉しむような、鬼の微笑(えみ)を添えて……


「今の俺の身体の名前は愛染飛鳥、そして我等が『鬼の軍勢』を引くは、歴史上最強で最凶で最恐の鬼、酒呑童子(しゅてんどうじ)


 愛染飛鳥は最後にそう言い残し、耳に残る下品な嗤い声を共に、風の中へと消えていった。









 ――――京介の残した罪がまた一つ、彼の目の前に現れた。

 彼の知らぬ処で…………






怪ノ漆「鬼丸舞〜紅鬼の妹〜」・了

完結しました……


もう何を言って良いのやら、とにかく次回からは新章突入です!


何かご意見のある方は感想のほど宜しくお願い致しますm(_ _)m


ではまた(^_^)/

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