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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
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怪ノ漆「鬼丸舞〜紅鬼の妹〜3」

 鬼丸舞は廃墟にいた。勿論それは、財布を盗んだ犯人が其処にいるからに他ならないのではあるが、その足取りは軽いものではなく、その表情も決して余裕のあるものではなかった。

 寧ろ不安の方が強いのだろう、時折立ち止まっては2歩3歩後退したり、大きく深呼吸をしたりしている。


 無理もない。舞はこういった状況に全く慣れていないのだ。妖怪や魔物とは言わないまでも、人間の男とだってまともに対峙したことがない。

 更に言ってしまえば、舞自身は根っからの文学少女である。本人は否定するだろうが、これといった護身術を習っている訳でもないし先の結果から見てもそれは明らかだ。

 もしあの男が舞に襲い掛かってくるようならば、その結果は目に見えて明らかだろう。

 そのことを彼女も一応は自覚はしているのか、緊張を胸に秘めながらもなけなしの勇気を振り絞り歩み続けている。

 とうとう男のいるであろう部屋の前に辿り着いてしまった頃には、彼女の緊張はピークに達していた。


「此処に、あの犯人が…………」


 呟きながら目の前の鉄扉を見据える舞。やはりその表情は強張っている。

 因みに、何故其処に彼の犯人がいることが分かったのかというと答えは至極簡単なもので、その部屋の中から複数の人間の笑い声が聞こえてきた、というただそれだけの理由だ。


 暫く躊躇っていた舞だったが、此処まで来てしまえば女は度胸と意を決し目の前にある扉を力一杯抉じ開ける。


 予想外に重いその扉を開けるのに、多少苦戦はしたものの扉には鍵が掛かっていなく、呆気ない程簡単に開いた。そして、彼女の瞳にはその先にある風景が投影された。


 其処にいたのは二人の男だった。思いの外少ない相手の人数に一瞬安堵する舞、然しそれは間違いだと、すぐに気付くことになる。


 中にいた男の内、一人は例の男、つまり舞の財布を盗んだ犯人だ。男は廃墟の中には絶対になかったであろう、如何にも自分で持ってきましたと言わんばかりのソファーに腰掛け、もう一人の男と談笑していた。

 もう一人の方は初めて見る男で、座っていても十分伝わってくる程の巨体を有している。その威圧感はまるで人間でないようだ。


 二人の男は、いきなり開かれた扉の方角にいる舞を見て呆然としていた。いや、少なくとも大男の方は舞が誰なのかすらも分かっていないのだ。


「……ダレだ、キサマ?」


 凄味を効かせて言ってきたのは大男の方だ。その背後には、分かりやすいくらいに不細工な妖気がダラダラと垂れ流されている。

 どうやらこの大男、本当に人間ではないらしい。無論舞はそんな情報などは既に掴んでおり、それを知った上でこんな所に乗り込んでいるのだ。対策を用意していない訳がない。然し、全ての事が予定通りに進むのなら、世の中はどれだけ生きやすいだろうか、残念ながら、世の中は生きづらく出来ている。


「いや、あの、えっと……わ、わ、わたしのお財布、返してくだ、さい」


 舞は、完璧にテンパっていた。この今まで体験したことのない状況に、何をすべきなのか分からなくなっていた。

 いや、正確に言えば舞も命が懸かった状況には何度か立ち合ったことがある。然しその時には必ず兄である京介が傍にいてくれた。兄に窮地を何度も救ってもらえた舞は、兄のいないこの状況で何をして良いのか分からなくなっていたのだ。


「ああ? オマエはあの時の女じゃねえか。なんでココがわかったんだ?」


 財布を盗んだ男が不思議そうな顔をして舞に聞いてくるが、勿論現在の舞が丁寧にそんなことを教える訳がない。

 あたふたする舞を見かねてか、今度は大男が立ち上がり舞のすぐ目の前まで歩み寄る。


「なんだ、つまりアレか? 盗られた財布を返してもらおうと単身乗り込んで来た訳か?

 お嬢ちゃん、あんまりオレらをからかわない方が良いぜ?」


 座っていても十分伝わっていた巨体だが、実際立ち上がってみると想像より遥かに大きい。

 まるで立ち上がった時に巨大化したかのようだ。

 その巨体に気圧された舞は既に、言葉を出すことさえ出来ないでいた。


 大男は何も言えない舞を見下ろしながら、彼女に向かって罵声にも似た声をぶつける。


「どうやってこの場所が割れたか知らねえけどよ、女の子ひとりで来ちゃあ危ねえじゃねえか。

 オレも恐れ知らずをバカを何人も見てきたが、お嬢ちゃんみたいにひとりで乗り込むようなバカな女は、流石に初めてだぜ?」


 バカ、という単語に一瞬ムカついた舞だが、それを上回る恐怖の所為で未だに動けない。

 あまりの恐怖に、ただでさえ大きい男が更に巨大に見える。これはもう巨人と表現した方が良いのではないか?


 巨人はなかなか口を開かない舞に多少の苛立ちを覚えたのか、凄味のある声を更に荒げて話続ける。


「お嬢ちゃん、ワルいことは言わねえ、あきらめてとっとと消えな。

 今なら痛い思いをしないで済むぜ」


「で、でも、お財布……」


 精一杯の勇気を振り絞り、蚊の鳴くような声で抵抗する舞だが、それも次に出る男の大声で掻き消される。


「だから! 金はあきらめて家で泣き寝入りでもしてろって言ってんだ! わからねえ嬢ちゃんだな、踏み潰されてえのか!?」


 流石の舞も限界だった。此処まで言われれば何か言ってやりたいが、残念ながらそれ以上にこの男が恐かったのだ。

 諦めて出直そう、頭ではもうそんなことを考えているし、足もその思考に従っている。


 立ち去ろうとする舞の姿を見て男は、吐き捨てるように最後に言う。


「そうやってさっさと帰りゃあ良いんだよ。ったく、これだから女ってヤツはメンドクセエ、弱いクセにキャンキャン吠えるんだからなあ!

 大人しく家で縮こまってりゃ、少しは可愛いげもあるけどよ」


 その言葉に、舞は、足を止めた。


「…………今、何て仰いましたか?」


 振り向いたその顔は、完全に怒っていた。そして思い出す。今日一日の不運を、あの多忙さを、それに追い討ちを掛けるかのような財布窃盗事件を。

 悪いのはどちらか、今一度再確認する。いや、そんなことする必要がない。始めから分かっているのだ、この場で悪いのは、相手の方だと。

 なのに、何だこの言われ様は。更には己の不甲斐なさは?それにあれだけ言われたい放題で挙げ句尻尾を巻いて逃げようとした、そんな自分も腹立たしい。次々と溢れるように、怒りが沸き出してくる。


 何よりこの男は最後に何て言った?

 弱いクセにキャンキャン吠える?家で縮こまってろ?

 ふざけるのも大概にしろ、寝言は寝て言え。

 その全ての女を差別する言葉は、鬼丸舞の逆鱗に悉く触れた。


「女をあまり下に見てるんじゃねえ、ですよ…………」


 一変した雰囲気を見せる舞に、男は怪訝な顔を示す。


「何だ結局帰らねえのか? メンドクセエな。ああ!」


 怒声を上げる男の体躯は、また一段と巨大に見える。これは最早目の錯覚などではない。舞が見上げれば見上げる程に男は物理的に巨大化している。この男は人間ではない、妖怪だ。


 然し、舞の方も既に臨戦体勢に入ってしまっている。引くことは出来ないし、有り得ない。

 巨大化し続ける妖怪を舞は睨み付け、何かが外れたように話し出す。


「私が今日一日、どれだけ大変な思いをしたと思っているんですか?

 私が今日一日、どれだけ苦労したと思っているんですか?

 貴方達の所為でどれだけそれに拍車が掛かったと思っているんですか!?」


 目の前の巨人に臆することなく、その気持ちを怒声に乗せて放つ舞。

 その怒りの所為か、決して大きくないはずの彼女の霊力はその何十倍もある巨人をも脅かしている。

 巨人の方もそんな舞に気圧されまいと、ドスの効いた声で言い返す。


「ああ!? なんなんだ、いきなり? オメエの苦労なんて知るか! 何度も言うが、とっとと…………」


「帰りません!!」


 今日一番の剣幕で言い放つ舞、一切の迷いもないその瞳で、巨人の方を真っ直ぐ見上げている。

 最早我慢も限界を越えたのだろう、巨人の身体は更に更に肥大化し、雄叫びと共に舞に向かって腕を振り上げる。無論、その腕は舞の身体がスッポリ納まってしまう程巨大なものだ。


「アアアア!! 下手に出てりゃあいい気になりやがって、このクソ(アマ)が、ペチャンコにしてやらぁあ!!」


 降り下ろされる巨大なその腕を、舞はただジッと見ているだけ。避ける気など端から持ち合わせていない。何よりその瞳は、くだらないものを見ているようである。

 舞は降り下ろされている腕などまるで構わずに、巨人に向かって吐き捨てた。


「貴方の正体なんて最初から解っているんですよ、『見越し入道(みこしにゅうどう)』。ただデカイだけの貴方なんて相手になりません。

 貴方の巨大さはもう、見越しました」


 吐き捨てられたそのただの言葉に、見越し入道は絶句した。舞が最後に言った単語、それは彼にとって最大の禁句だったのだから。

 自分の巨大さが見越されたということは、自分の妖力(ちから)の全てが否定されたことに等しい。目の前の少女はいともあっさりそれをやってのけた。


「アアアアアアアア! ヤメロォオオオ!!」


 みるみるうちに小さくなっていく見越し入道、その大きさは初めて見た時の半分にも満たない程小さなものだ。


「人の恐怖心を啜って大きくなる妖怪、見越し入道。

 結局、克服されればこんなものですか……

 さあ其処のお兄さん、さっさと私のお財布を返してください」


 其処で舞はやっと、今の今まで空気と化していた男に話し掛けた。

 どうやら男の方も先の見越し入道が切り札だったようで、額からは汗が滲み出ている。


「まあまあ、此処は穏便に終わらせようぜ、な?

 財布は返すから、ほら。」


 近付いて来る舞に身の危険を感じたのか、すぐさま舞の財布を彼女に向かって投げる男。

 然し舞は、足元に転がるその財布に全く目を遣らず、男の方まで歩いて行く。


「おいおい、財布はキチンと返したろう? なんだってんだ? 他にオレはなにすりゃ良いんだ?

 ……わかった、謝る、謝るから。悪かったよ、こ、こんなことはもう二度としねえ。だから……」


 男は何とか弁解しようとするが、舞の歩みは止まらない。それどころか、徐々にその歩幅は大きくなり、その歩調は早くなっている。

 そして遂に、舞は男の目と鼻の先まで近付いた。


「何か、言い残す事はありませんか?」


 そう言った舞だが、男の返事など待つ気はなかった。男は間抜けな口調で「あ?」と言った瞬間左頬に強烈な衝撃が走り、その場で気絶した。


 舞が放ったビンタで、男の左頬には綺麗な紅葉が浮かんでいた。


「今更返したって、許す訳がないじゃないですか。」


 静かに言う舞の表情は正しく鬼のようだった。


 ――紅鬼の妹は、やっぱり鬼だったようだ。


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