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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
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怪ノ漆「鬼丸舞〜紅鬼の妹〜2」

 心霊相談請負事務所、鬼取屋。その事務所に一本の電話が入った。

 電話に出たのは、端正な顔立ちをした銀髪の青年、神龍寺吹雪。


「…………吹雪さん?」


 電話の向こうから聞こえる声は、彼がよく知っている女性の声だ。


「ああ、舞君か。一体どうしたんだい?」


 いやに暗い雰囲気の声に半ば不安になりつつ、吹雪が舞に問う。


「ごめんなさい。急用が出来てしまったので少し遅れます。

 もしも美雨ちゃんが起きたら、適当にコンビニで買って食べさせてください。好き嫌いはないので、何を買っても大丈夫です」


 淡々と語る舞、あまりにも一方的なその電話に吹雪は勿論困惑する。


「ち、ちょっと待て舞君、一体何があった?」


「大丈夫ですよ。今日中には終わらせて、ちゃんと帰ってきますから。

 それじゃ、家を頼みます。また」


 プツン、と電話の向こうで何かが切れる音がして、二人の会話はそこで終わる。

 吹雪は特に舞に呼び掛けたりせず、受話器をただ呆然と眺めていた。


「一体、何だったんだ?」


 状況がまるで飲み込めない吹雪は、ただ一人立ち尽くしていた。








 場所は移る。其処は先程舞が財布を盗られた公園。

 荷物を両手いっぱいに持っている舞は、俯き立ち尽くしている姿勢のまま何やらぶつくさと呟いている。


「……………………何故に私だけこんな目に遭わなくちゃいけないんですか?

 一体私が何かしましたか?おかしいですよね?ええ、おかしいです。私は何一つ間違ったことなんて言っていませんよね?

 …………だから」


 と、そこで舞は荷物を持っていた手を離す。


 ドサッと音を立てて落ちる荷物を気にも止めず、ジッと前を見据えた。

 視線の先には、まだあの男がいる。そう、まだあの男は舞が財布を盗られたことに気付いていないと思っている。これは、好機以外の何者でもない。


「私を、あまり舐めないでくださいよ!」


 その一声と同時に駆け出す舞。

 彼女もまた、鬼取屋の一員だ。皆其々が、妖怪変化と対峙してもまるで遜色ない異形とも異様とも言える能力を持った集団の。ましてや舞はその所長、鬼丸京介の妹である。


「待ちなさい!」


 叫ぶ舞、その怒声に気付かない人間などいたとしたらそれは相当な鈍感だろう。

 男は振り向き、その途端に走り出す。まだ人通りの少なくない道を、器用にすり抜けている。

 対する舞はというと…………


「待ちなさい! ハアッハアッ……」


 追いつく兆しなどまるでない。まず人通りの多いところまで辿り着くのに疲れていた。

 そう、異形で異様な京介達に守られていた舞は、上に超を八つ付けても足りないくらいに文学少女だった。


 あっという間という言葉はこの状況の為にあるのだろう。そう思うほどにあっさりと、舞は男を見逃してしまった。もう涙目である。


「ハアッ、ハアッ、………………なかなかやるじゃないですか。この私が追いつけないなんて……」


 何をどう勘違いしたのか、舞はそんなことを言っていた。どうやら自分はそこそこ運動が出来ると思っているらしい。

 …………体育の成績はオール1だったが。


 然しまだ諦めた訳ではないらしく、(おもむろ)に携帯電話を取り出す。


「今の時代、私に調べられない情報なんて数える程しかないという事を教えてあげますよ」


 舞がそう言うと、全身から彼女の霊気が溢れ出す。

 溢れた霊気は携帯電話に溶け込むように浸透し、操作をしている訳でもないのに画面がどんどん切り替わっていく。

 画面にはついさっき舞の財布を盗んだ男の顔が映し出されている。


 それだけではない、その男の名前や年齢、家族構成、現在の住所など、様々な個人情報がみるみるうちに露になっていく。

 然し舞は、虚ろな瞳をして指さえも動かしていない。

 まるで魂が抜けたように、無行動だ。


 これが舞の能力である。

 戦闘や運動という項目が極端に不得手な舞が、何故鬼取屋で働くことを許されているのか、当然、それだけの価値があるからだ。

 それがこの能力、携帯電話やパソコンなどの電子機器に入り込み、更にはそれをパイプに衛星にもアクセスして、調べたい情報を早急に自分の手元まで持って来ることが出来る。

 更に舞は、妖怪に襲われ全世界から忘れ去られた人間達の情報まで調べることが出来る。過去の世界にアクセス出来るのだ。その人間が死ぬ以前の世界から、現在では決して入手不可能な情報さえ手にしてしまう。

 鬼丸舞は、鬼取屋屈指の『情報屋』なのだ。


「よく解りました。さて、あの泥棒さんにお灸を据えに参りましょうかね」


 不敵な笑みを浮かべながら歩き出す舞、どうやら情報収集は完了したようだ。

 まるで急ぐでもなく、家路に着こうかというような彼女の背中は、明らかに怒りで震えていたのは、言うまでもない。








「全く、あの娘の旺盛な食欲には参ったよ」


 秋の夜道を、吹雪はそんな一人言と共に歩いていた。

 両手にはとても一人では処分しきれないような数の弁当が、袋一杯に詰められている。

 勿論それは、榊美雨という一人の少女の為だけに買ってきた、『一人分』の食料である。

 更に言えば、吹雪はこれで2往復目である。

 その顔からは気怠るさが表情として滲み出ている。


「これで足りないと言われたら、俺の財布が苦しくなってしまうな」


 半ば自嘲気味にそう言いつつ急ぐでもなく歩く吹雪。

 どうやらそれがせめてもの仕返しらしい。

 そろそろ事務所に辿り着こうかという所で、吹雪の前に変わった風貌の男が現れた。

 笠を被った、旅の僧のような男。


 男は吹雪の方を見るでもなく、また吹雪も、男に然程の興味も抱くことなくすれ違う。

 然し、吹雪は気付かなかった訳ではない。その男からは鉄が錆びた匂い、つまりは血の匂いがしたことに。


「……まるで、鬼だな」


 不意に立ち止まった吹雪、彼は男が離れていくのを感じながらそう呟いた。然し切り替えるように、荷物を持ち直しまた、ゆっくりと歩き出す。


「ま、今の俺にはどうでも良いかな。

 それ以上に厄介なヤツが、家にいるのだから」


 我が家へと向かいながら。








 とある廃墟の前に、鬼丸舞は立っていた。

 舞の調べた情報によれば、この廃墟にあの男がいるらしいのだが、如何せん人の気配がないというのは不気味で仕方ない。

 そんな気持ちも相俟って、始めの一歩を舞は踏み出せないでいた。


「だ、大丈夫ですよ。私の情報によれば、私でも十分に対応出来るはずです。きっと大丈夫ですよ」


 まるで自分に言い聞かせるように、自分で自分を奮起させるように呟く舞。

 ゆっくりとその足を廃墟に進めていく。


 情報屋、鬼丸舞。彼女の今日最大の失態は、間違いなくこの一歩だったことだろうことは、この時誰一人として知る由もない。


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