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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
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怪ノ陸「神龍寺吹雪〜抜けば玉散る氷の刃〜4」

 妖魔は少女のすぐ傍まで来ていた。それと向かい合うは、禍々しい闇色に染まった翼を有する一人の少年、天童切丸。

 切丸と妖魔は激しい音を立ててぶつかり合い、また何かを破壊していく。凄まじい爆音が、高速道路の真ん中で谺する。


 然しそれらの情報を、少女は得られていない。

 より正確に述べるなら、少女は情報を得られていないのではなく、情報を遮断していた、と行った方が正しい。

 そう言われていたから、彼女は眼を閉じてジッとしていたのだ。

 彼女、榊美雨がいる位置は京介の車の裏、妖魔のいる位置からはその場所は特定出来ない。


 切丸はまるで舞台俳優のように、諸手を大きく広げて妖魔に立ちはだかる。

 その姿は戦慄を覚える程禍々しく、彼の顔の吊り上がった口角がより一層それを強調しているようだ。


「デカイなぁアンタ。眼を合わせると死んでしまうんやってな。

 じゃあ先ず、その邪魔な眼球を奪わせてもらうわ!」


 切丸は妖魔へ向かい暗黒の翼を広げ突進する。

 ピシャッと、液体の跳ねる音が少女の耳に入り込む。

 どちらかが傷付き血を流したのだと、無意識に感じた美雨は震えていた。

 当然だ。彼女は碧鬼の一件以来、鬼取屋と妖怪の闘いをその眼に映していないのだから。

 狂骨の一件では途中から割って入ってきた、もう終わるという時に。文車妖妃の一件では切丸が別空間で戦闘を行った。


 今だって眼にしていない。然し音は、否が応にも聞こえてくる。

 この血生臭い惨状を、怖いと素直に思った。

 今すぐこの場から立ち去りたいと、切に願った。


 美雨は耳を塞いだ。そんなことではこの惨状の音は消えないと悟りつつも、塞がずにはいられなかった。

 少しでも恐怖を和らげる為に、美雨は耳を塞いだ。



 切丸は妖魔の側面を執拗に攻め立てる。

 妖魔と顔を合わせないように、高速で巨大な輪郭の懐に飛び込む。

 一打、また一打と、少ないが確実に妖魔の体力を消耗させる。


「まだまだや、もっとアンタには、遠くへ行ってもらうで」


 否、これは挑発だ。飽くまでも切丸の目的は誘導、つまり自らがこの妖魔を倒すのではなく、今は機を窺っている京介と吹雪が確実に妖魔を仕留めるために、妖魔の眼を自分に向けさせているだけなのだ。

 そうとは知らず、妖魔は少しずつ、美雨の隠れている車から離されていく。


「さぁ、そろそろ良え頃合いやろ、京さん!」


 切丸がそう叫んだ瞬間、妖魔の懐には深紅の鎧を纏った痩身の鬼が立っていた。


「上出来だ、切丸。あとは俺が、このデカブツにとびきりデカイ一撃を見舞わせてやるよ!」


 ――――紅鬼、鬼丸京介の紅蓮の拳が、妖魔の横腹を矢の如く貫く。

 言葉では表現できないような絶叫を上げて、妖魔は己の苦しみを訴える。


「…………先ずは一発。切丸、このまま畳むぞ!!」


「端からそのつもりや!」


 怒声に似た京介の咆哮と、狂喜しているようにしか思えない切丸の歓声が入れ替わり立ち替わりに妖魔を襲う。

 時には深紅の鬼拳が、また時には暗黒の手刀が妖魔の生命力を、その力を持って蝕んでいく。

 遂に堪らなくなって逃げ出す妖魔、其処までは良かった。然し、其処で問題は起こった。妖魔が逃げたその先には、京介達の車が、そう、裏には美雨が隠れている車の方角に妖魔は撤退したのだ。


「アカン! 京さん、急いで止めんと!!」


「そんな事は解ってる。走れ、切丸!」


 常人離れした二人の機動力は、みるみるうちに妖魔との距離を詰めていく。

 このままいけば、妖魔が美雨に気付く前に追い付くことは確実だろう。然し二人は決定的なミスをした。完全に、油断していたのだ。

 なんの策もなく妖魔に突っ込む。本来三人がかりで挑むのが定石のこの妖魔に、たった二人で、だ。無策で挑む、これ程の愚策が他にあるだろうか?

 …………あるはずがない。


「グアァアアア!!!」

「ガァアアアア!!!」


 その声は、二人の断末魔だった。惨状に響き渡る苦しみの雄叫びはと同時に、焦げた臭いと熱い空気が少女の感覚を刺激する。


 熱が、臭いが、音が、更には自身が食い縛って口内に広がった血の味が、視覚以外の五感が全てが少女に警鐘を鳴らす。遂に少女は耐えきれななくなり、その双眸をを開いてしまう。


 …………身体が一気に固まった。

 其処にいたのは、否、其処にあったのは、巨大な車輪だった。

 車輪は火を吹き、炎は京介と切丸を呑み込んでいく。

 車輪の中心には、その大きさに合わせた巨大な顔面が嵌まっている。自らの炎によって、その顔には苦悶の表情がはっきりと見てとれる。

 無数に刻まれた皺が、まるで傷のように痛々しい。


 ――――輪入道(わにゅうどう)、それがこの妖魔の呼び名だった。

 その悍ましい姿に、美雨は震え上がった。碧鬼にも匹敵する恐怖を、この車輪は持っているとすぐに察することが出来た。


 ――――だが遅かった。

 何故なら彼女は、輪入道の眼を覗いてしまったのだから。


 美雨は車の中の会話を思い出す。


 ――――眼を視るだけで、死ぬ。

 気付いた時には、彼女も輪入道の焔の中へと消えていった。

 奇しくも輪入道が現れたのは四時四十四分、死が三つ並んだ時間。

 京介、切丸、美雨、彼等にも死が、三つ並んだ。


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