表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
40/63

怪ノ伍「矢木文一〜歪な異性の愛し方〜7」

 事務所の黒電話の仰々しい音が不意に俺の耳を劈く。

 全くあのお祭り娘が消えてやっと一息吐けると思ったのに……


 何となく何処の何奴が掛けてきたか解っていたので、俺は然して焦る事もなく、というか殆んど機嫌悪く受話器を取る。


「何だ!? 要件は手紙に書いただろう。他に何が訊きたい? 切丸」


 電話の向こうできっと、出鼻を挫かれた表情をしているに違いない切丸は、まるで泣き付くような声を上げて叫んでいた。


『無責任にも程度ってもんがあるやろ!

 何であんな爆弾僕が面倒見んとアカンねん?』


「黙れ! 所長の言う事は絶対だ。もし俺の言う事を聴けないというならクビだ。というより死ね、俺の下で働けないようならいっそ殺してやる」


『ウワっ、止めて京さん。京さんが云うたら冗談に聴こえへんわ』


「俺はさっきの会話で一つも冗談を言った覚えはないけど…………」


『…………スンマセン、もう逆らわんので命だけは勘弁してください』


「はん、解りゃ良いんだよ解りゃ」


 と、其処までの他愛ない空気から一変して、切丸は真面目に話し出す。


『で、何が目的なん? 何でまた美雨ちゃんを僕んトコに寄越したんや?

 京さんらしくもない』


 ま、当然の疑問だろうな。俺もかなり悩んだ末だったし……

 だから俺は隠さずに在りのままを話した。


「実はな、理由らしい理由はないんだ」


『はあ!? どういうことやねん? この仕事がどんだけヤバいか、分からん訳やないやろう?

 何考えてるんや? ホンマにらしくないで!』


「馬鹿野郎、真剣(マジ)で危なかったらこんな事しねえよ。これでも信頼してんだぜ、お前の事。

 だけどお前は最近サボり過ぎだ。

 だから護るもんを一つ増やした。それだけだ」


『それだけて……じゃあ、もし美雨ちゃんが危なくなったら助けに来てくれるんか?』


「ああ、其奴は無理だ」


『はああ!? 何でやねん!!?』


「落ち着けって。お前が妖怪逃がさねえように結界張ったら、物理的に俺じゃ入れないんだよ。

 身体ん中に鬼を飼ってるからな。

 で、舞は今用事で遠くに行ってて、美雨はそっちにいるから俺は行っても現場には立ち合えない」


 ――――それに此方は此方でやる事が在るしな。

 最後にそう付け加えて言う俺に対して、切丸は電話越しでも解るくらいデカイ溜息を吐いて俺に言う。


『ああ、何か詐欺に会うたみたいや』


「まいどありぃ〜」


『まあ、良えわ。んで、情報は集まったん?』


「ま、お前が納得する程度はな。




 良いか、あんまり油断ばっかすると足下掬われるぞ、用心しとけ。






 矢木文一、やっぱり此奴は今年の春に女と付き合ってた。

 三ヶ月くらいで別れたらしいけどな。

 それから一月後、女は自殺している。

 あと矢木が持ってた携帯電話な、彼女と一緒に買ったもんらしい」


『だから携帯を媒体にストーカー紛いなことしてたんか。

 でも想いを告げるんなら、やっぱ電話の方が良えんちゃうか?

 何でまたメールで届けるねん?』


「………………」


『……京さん?』


「矢木と付き合ってた女、声が出せなかったらしい。だから、矢木もメールでしか会話しなかったんだと。だから、彼奴の部屋を調べりゃラブレターの一つも見付かるんじゃねえの」


『成る程、だからメールな訳か。

 で京さん、その娘はどんな妖怪になってしもたん?なんやさっき、かなり強いみたいな云い方しとったけど……』


「あのなぁお前、少しは自分の頭で考えろよ。

 メールってのは、謂わば手紙だ。その手紙を仕舞って持ち運び出来る携帯電話、これが昔なら何に当て嵌まるよ?」


『ああ、そういうことか。文車(ふぐるま)やね』


「解ってんじゃねえか。そう、今回の妖怪の正体は………………」








「――――文車妖妃(ふぐるまようひ)、それが今の自分の名前やろ?」


 鴉のような黒翼、それに合わせたかのような黒い忍装束、闇の中で不気味に光る漆黒の長髪、そして、碧い鬼を連想させる邪悪な笑みを浮かべて、切丸は目の前の矮躯にそう言い放った。

 


 文車、平安時代頃の貴族が手紙、主に恋文を収容する為の箱を改良し、持ち運び出来るように車輪を付けた物のことをいう。

 文車妖妃、付喪神と呼ばれる妖怪の一種である。

 恋文を送ったが実ることのなかった、そんな女性達の怨みの成れの果て。それがこの妖怪だ。


 妖妃は切丸の問いに答えることなく、白く細く、そして長い彼女の腕を振るう。

 変わらず迅いその一撃は鞭の如く、黒翼の少年を襲おうとする。

 然しその鞭撃は空を切ることになった。

 切丸は既に、その場所にはいなかったのだから。


「何処を見とるねん? 僕は此処やで」


 何時の間にか妖妃の背後を取っていた切丸。

 そのあまりの疾さに、妖妃は焦り、黒髪の電線から高圧電流を発生させ切丸を牽制する。


 バチバチと激しい音と光を発する妖妃の黒髪。

 然しそんなモノに二度も苦戦する程、目の前の鳥人は易しくはなかった。


「遅いわ、阿呆!」


 今度は妖妃の側面に現れた切丸は妖妃が気付く前に一撃、横薙ぎに蹴り付ける。

 当たり前のように吹き飛ばされる妖妃。だが打ち所が甘かったのか、直ぐに立ち上がり、表情のない顔に精一杯の形相を浮かべている。

 その姿を見た切丸は、酷く冷たい口調で、矮躯に言った。


「彼処であのまま寝とったら、楽に成仏出来たのになぁ。可哀想に、もう、お終いやな」


 切丸がそう言い終わった瞬間、妖妃の身体に異変が起こった。

 あの不自然なまでに長く目立っていた細腕がなくなったのだ。


「先ずは、腕を奪った」


 静かに言った切丸。妖妃の方も動揺を隠しきれていないのか、まるで考えなしに切丸へ突っ込む。

 バサッと黒い翼が大きく開き、同時に妖妃の前から切丸消えた。


 ――――否、妖妃の視界を、闇が覆った。


「次は、光を奪ったで」


 次々と自己から何かが奪われていく妖妃、既に彼女の思考の中には、戦うという選択はなくなっている。

 だからこそ、今が畳み掛ける好機。

 切丸は正面から、妖妃に対して渾身の力で掌を突き刺す。

 腕の無い矮躯はくの字に折れて壁に叩き付けられ、耐え難い苦痛をその身に染み込ませる。


「なんや、もう戦う気は無いみたいやな。でも、残念やけどもうダメやで、俺に『これ』を使わせてしもうた以上、どっちかが死なんとよう終いには出来へん」


 腕も光も、戦う気力さえも奪われた妖妃、妖怪とはいえそんな状況に陥った彼女に、正当な判断など出来るはずもなかった。

 妖妃はただ我武者羅に、恐怖の一心で黒髪の電線を前方に絡ませる。

 感触はある。このまま電流を流せば…………


 そう考えていた妖妃の希望は、次の瞬間には無残にも打ち砕かれることになった。


「今、自分の能力(ちから)を奪った――――」










 言葉の通り、その髪の毛から電流が流れることはなかった。

 ハラリと落ちる妖妃の黒髪と呼応するように、禍々しい霊気に覆われた切丸の黒髪が重力を無視して逆立ち始める。

 どす黒い妖気のような霊気を纏い、切丸は妖妃に言う。


黒雛オレ能力ちからは気力を奪い、武力を奪い、武器を奪い、希望の光さえも奪い去り…………」


 非情な程冷たい口調で言う切丸は最後に、まるで記憶の隙間から引き出すように付け足した。


「――――そして最後に、命を奪う」


 声のない妖妃は悲鳴をあげることはなかった。然し代わりにと言わんばかりの深紅の鮮血が、切丸が妖妃から奪った何もない空間に広がった。
































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ