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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
39/63

怪ノ伍「矢木文一〜歪な異性の愛し方〜6」

 枝のように、少し力を込めれば簡単に折れてしまうのではないかと思う程細く脆い、更に言えば骨と見紛う程真っ白で、不自然に果てなく長い二本の腕が、其処にはあった。

 二本の腕の真ん中には、それが付属品なのではないかと錯覚する程、その腕以上に細い矮躯が無表情に立っている。

 顔の形は女。不自然極まりない姿のその女は、眼前にいるはずの敵、天童切丸に見る気もせず、その先を見ていた。

 女が見据えるその先には、一人の少女がいた。

 まだあどけなさの残るその表情は、少し怯えているように見える。

 無害以外の何者でもないはずのその少女に、女はまるで汚いものでも見るかのような軽蔑の眼差しを向けている。


 ――――ピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリピリ

 途端、部屋の中の携帯電話が鳴ると、其処に活字が並ぶ。


 ――――――貴方は私が守る。誰にも貴方を壊す資格なんてないんだから。


 耳に聞こえない叫び声を、切丸はその両眼で読んでいた。


「何を勘違いしてんねん、美雨ちゃんは、文一さんとはちぃとも関係ない女の子やで」


 切丸は呟くように、女にそう言う。

 女は聞こえているのか、それとも聞こえていないのか分からない、無表情な顔を今度は切丸へ向けてきた。

 また携帯電話が鳴り出す。其処に記されてた言葉は、今度は切丸へのものだ。


 ――――――貴方は誰? なんでこんな所に居るの?

 ――――――やめて! 出て行って!

 ――――――貴方みたいな男がこの家にいたら、彼に勘違いされちゃう。


 そのメッセージが切丸に読まれることはなかった。

 その前に女が、切丸に向かいその細い両腕を振り上げたのだから。

 ヒュンと風を切る音、見た目からは想像出来ない迅さで、腕は切丸を襲う。


 少し反応が遅れて、爪先が頬を掠める。


「えらい速い攻撃やな。…………でも――――」


 女の背後には、既に黒雛が翼を広げて突進していた。

 漆黒の嘴が女の肩を貫き、離れてはまた近付き女の身体に傷を増やしていく。

 女はカラスのような黒い鳥を払い除けようとするが、その長い腕が逆に仇になって黒雛に触れることさえ出来ていない。


 女の苛立ちを測るように、携帯電話からはピリピリとメールの受信音が絶えず流れている。

 部屋の中、その狭い空間の中では、あの細腕は長過ぎた。それに一見おどろおどろしい姿をしている女だが、明らかに戦いに向いている『形』ではない。

 対して小柄な黒雛は、隙間の大きい女の懐に飛び込むことなど造作もないことなのだろう。黒雛の攻撃は全て女に直撃している。

 余裕の笑みを浮かべて、切丸は静かに一人言を呟く。


「なんや、見当がハズレたな。思うてたよりも楽勝――――」


 ……一瞬だった。何が起こったか理解するのに、何秒の時を費やしただろう。黒雛も消えている。


 ――攻撃された? どうやって? いつ? 女の細腕は動いていない。じゃあこの痛みは一体?

 

 思考が追い付かない。切丸の考えが纏まりきらないうちに、痛みの第二波が押し寄せる。

 文字通り、身体に『電気』が走った。

 よく目を凝らして見れば、まるで蜘蛛の巣のように女の髪の毛が辺りに絡み付いていた。

 切丸は試しに一本の髪の毛に黒雛の羽を当ててみる。すると――――


 ――――バチバチバチバチバチ!


 案の定、羽の黒さは炭の黒さに代わり、ボロボロと床に崩れた。


「なるほどな、これが切り札だった云うわけか。

 えらい良ぇ趣味してるやないの」


 張り巡らされた髪の巣からは電流が流れていた。ふと気が付けば、切丸の周りには触れていてこそいないが、無数の髪の毛が纏わりついている。


 ――――完全に、ハメられた。


 無表情な女の顔から、心なしか愉悦の色が窺える。

 それを体現するかのようにまた、携帯電話の受信音が鳴り響く。そして――――――


 ――――バチバチバチバチバチ!


「グアァアアア!!」


 先程羽を焦がした電流とは比べ物にならない電撃が、切丸の全身を毒針の如く貫く。

 白目を剥いて立ったまま気絶してしまった切丸の身体からは、黒い煙がプスプスと上がっている。


「切丸さん!!」


 堪らず、美雨が切丸の元へ駆け寄ろうとする。

 然し部屋中に張られた電線が、その行為を許してはくれない。


 唯一、妖魔に対抗出来るはずの男を失った人間達は、絶望に満ちた表情をしていた。


 ――――また、携帯が鳴り出す。


 内容を確認出来る者はいない。然し女はそんなことを構うことなく、一歩、また一歩と美雨に、そして文一に近付いていく。


「い、イヤァ!」


 泣き叫ぶ美雨。

 あの時と同じ状況がまた、彼女を襲う。


「や、やめろぉ。やめてくれぇ!」


 狼狽える文一。

 初めて味わう死の状況を、受けいられずにいる。

 

 鳴り止まない受信音の中、女の細腕は二人に向かって差し出された。

 片手には歪んだ愛情を、片手には悍ましい程の害意を込めて…………








 腕は…………、










 ………………差し出された。












「待たんかい! 阿呆!!」


 不意に届いたその言葉と同時に、女の前から二人は消えた。

 二人だけではない。張り巡らした電線も、それどころか部屋中の全ての物が消えていた。


 唯一存在していたのは、先程まで気絶していたと思われていた少年だけ。

 女が振り向けば、やはりその少年が立っていた。


 だが違った。……何が違うって?


 ――姿が違ったのだ。


 男性にしては長く、後ろ手に纏めていた髪の毛は解かれ、服装は昔、忍が来ていた装束のようなものに成っている。

 そして、何より目を引くのは、背中に備わっている一対の翼。

 そのどれもが黒色で、何処か禍々しさすら感じる異形な風貌。

 邪悪に笑う少年は、女に向かい言い放つ。


「ダメやないの、幾ら自分が女の子だからて、女の子を泣かしちゃ。

 好きな人を追い込むんも関心できへんな、あれじゃ只のストーカーや。

 あと、強過ぎやわ自分。

 お陰でこの姿に成ってしもた。あんまり好きやないんやけどな、これ」


 長々と、邪悪な笑みを絶やすことなく話す切丸。

 警戒心を強める女を余所にまた淡々と、口を動かす。


「呪うんやなぁ自分の強さを、そして後悔しとき、この姿を見た自分の運のなさを」


 黒い翼を大きく開き、最後に切丸は女に言う。


「『黒雛弐式(くろびなにしき)迦楼羅(かるら)

 ――奪ったるわ、アンタの総てを」


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