怪ノ伍「矢木文一〜歪な異性の愛し方〜2」
広大なキャンパス、その中を行き交う、初々しい制服とはまた一味も二味も違う瑞々しい大人な女性逹。
文一の大学に潜入したのはやはり例によって、天童切丸だった。
天童切丸実は19歳。童顔の為高校生と偽っても全然バレないが、やはり本命は此方なのである。つまり、そういうことだ。
「パァーラダイスやぁあ!!!」
眼をハートにし、涙まで流し雄叫びを上げる切丸。その横で見つめていた文一は、どん引きしていた。
「お前、そんなに女に飢えてるのか?」
一応切丸のリアクションに応えてはみたものの、その表情は完全に引き吊っていた。
そんな文一を見て、切丸は怪訝しいと言いたげな表情を示して言い返す。
「文一さん、男たる者、好きな女の子でも居らん限り、目の前に女性を控えられて我慢しろいう無理な命令は受けられへん生き物なんやで。
それともアレか? 文一さんには好きな娘が居って、実は意外に一途やみたいな所でもあるんか?」
そんなバカバカしい内容を、終始クソ真面目に話す切丸に文一は少し戸惑うように切り返す。
「べ、別に今はそんなヤツいねえよ……」
顔を横に背けながら、短く答える文一。そんな仕草を見た切丸は、更に文一を弄り倒す。
「へえ〜、『今は』云うことは昔はいたんか?
何々、文一さんフラれたん、それともフッたん?」
貴様は女子高生か! とツッコミたくなるような内容をニヤニヤしながら訊ねる切丸。そんな彼の態度に、今度は文一が怪訝な表情を見せる。
「そんなのどうだっていいだろ! お前になんの関係がある!」
ムキになっている文一を見て、切丸はそこで茶化すのを止めた。
「すんません。でもこれ、ちゃんと訊いとかんとあかんことなんよ」
――別に云いたくなければ良えけど。切丸は最後にそう付け足しながら、一瞬たじろいだ。
あまりの文一の迫力に気圧されてしまい、額に汗をかきながら。
そんな彼の姿を見て、平静を取り戻したのか、文一は顔を逸らして謝罪した。
「あ、ああ、悪い。少しムキになってた」
短く謝り、先を行く文一。その彼の姿を見て切丸は、この人は一体何を隠しているんだろうかと考えていた。
……皆、何故分からないのか?
妖怪が自身を襲う理由は、無差別ではないのだということを。そこには必ず、心があるということを。それが憎しみか、恨みか……それとも『愛』か。
文一の背中を見つめ切丸は、そんな他愛もないことを、そんなどうでも良いことを考えていた。
……そう、本当にどうでも良い。
そこに理由があろうとなかろうと、理由が是であろうと非であろうと、依頼さえ請ければそれをこなす、依頼人を護る。
それが彼の、『鬼取屋』の仕事なのだから。
――――ピリピリピリピリピリピリピリピリ!!
不意に、何処からか携帯の着信音が鳴り響く。
その音を聴いた文一は自身の携帯をポケットから取り出し、暫く眺めた後にまたポケットの中に容れる。
切丸は最初、例の幽霊メールかと思ったが、冷静な文一の反応を見てそれは違うと認識した。
「なんや? ご友人からの誘いでも来たんか?」
それとなく、文一にメールの内容を訊く切丸。
その行動は決して裏切られることなく、淡々と文一は語りだした。
「ああ、別に誘いってわけでもないよ。
最近オレが病んでるのを心配して何人かがメールくれるんだ。
まったく迷惑な話だよな。コッチはメールに悩まされてるっていうのに、メールで励まされるなんてさ。
お陰で携帯捨てたかったのに、取っておくハメになっちゃってさ」
ああ、良かったと、切丸はその話を聞いて安心した。
彼にもそれだけの友人がいるのだと、それならきっとこの苦痛を乗り越えられるだろうと、そう思っていた。
その為には、自分がどうすべきかも、もう彼には分かりつつある。
あとは、迎撃の準備を整えるだけ、舞からの情報を待って、妖怪の正体を暴いて、迎え撃つだけだ。
そこまで考えていると、丁度二時限目が終わる鐘の音が大学内に響き渡る。
昼休みの合図だ。同時に、切丸の腹の中にいた虫も暴れだす。
「ふ、文一さん。ダメや、僕腹減ってよう動けん。
あと僕文無しやさかい、お金恵んで」
「はあ!? ふざけんな! オレだってそんな持ってねえよ!」
文一はそう言い残して、切丸を置いて先を行ってしまう。
結局、切丸はその後を追いかけることになってしまった。然し文一の表情は、少しだけ明るくなった気がした。
――天童切丸、19歳。他人の心を掴むことに関しては、鬼取屋の中でもピカイチである。