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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
33/63

怪ノ肆「仙宮満彦〜憤り狂う紅い鬼〜9」

 何故、放課後の教室にはまだ四年四組の子ども達がいたのだろうか?

 あれだけ惨い事件の後だ、教員側も午前中に授業を切り上げ、もう殆んどの児童は帰っている。

 だからこそ、仙宮は青鬼と交戦出来た。

 然し、最悪は起こった。いないはずの時間に、集まるはずのない子ども達がいたのだ。

 あまりにも残酷な殺され方をしたこの子達は、何故教室に残っていたのか?

 考えられる可能性は一つ、一種の催眠を何者かに掛けられた。そしてその何者かとは、皆を壊した張本人。

 つまり、鬼丸京介は、始めからクラスメイトを今日殺すつもりだったのだ。

 仙宮がそれを悟るのに、時間は掛からなかった。

 そしてその京介も、今は正気ではないことは見て理解できた。


 ならば赦せざるのは、眼前の悪鬼。

 仙宮は単身、その悪鬼へと突進する。

 本来、児童が暴走した場合には複数の教師がそれを抑えつける。然し今回はこの問題を、仙宮は一人で終わらせようとしていた。

 理由は担任たる者の意地。

 そして、最悪への回避。


 もし多数の教員達も動員すれば、被害はもっと広がってしまう。それだけは避けたかったのだ。

 教室には強力結界を張り巡らせ、碧鬼が逃げ出さないように仕向けてある。


 後は、京介から碧鬼を引き剥がすだけ、それだけだったのだから。








 血に塗れた死体の中で、二つの影が奔る。

 一つは紅い影、大炎の如く煌めく深紅の鎧を纏った、紅鬼の姿をしている。

 一つは碧い影、深海に似た薄暗い紺碧の皮を被った、碧鬼の姿をしている。


 影は刹那の時を数回、交差してまた距離を取る。

 互いの身体に新しく開いた傷から、同じ色の鮮血が噴き出す。

 先に口を開いたのは、碧鬼だった。


「ヒャハハハハハハハ!! どうした若僧、動きにキレがないぞ? まさかさっきの小鬼相手に、力を使いすぎたなんて言わないよな?

 あんな下級妖怪に梃擦る程度の力しかないから、此処のガキどもを皆俺に喰われるんだ!ヒャハハハハ!!!」


 高嗤いする碧鬼を、紅鬼は沈黙して見つめる。

 嗤う悪鬼の背丈は、それが殺めた子ども達と決して変わらない。

 碧鬼の身体は、まだ年端もない子どものそれなのだから。

 だからこそ、紅鬼、仙宮満彦は焦っていた。

 子どもの身体が、あの動きに耐えられる訳がない。

 崩壊の瞬間は、もう秒読みを始めていた。


 なんとか、なんとかその前に……

 もう一度、仙宮は碧鬼に突進する。碧鬼はそれを躱そうともせず、両腕を広げて受けて立とうとする。

 互いの思惑通り、二体の鬼は激突し、辺りにまた鮮血が飛び交う。


 その血は碧鬼のモノ。

 その血は、京介のもの。

 碧鬼が傷付く度に、京介の生命力が削られていく。


 そう、先の所作は碧鬼の誘い。己を殺すということは大事な児童を殺すということに繋がると、仙宮を脅したのだ。


「糞野郎が、えげつねえことしやがる」


 碧鬼の心意を読み取った仙宮は、吐き捨てるように言った。

 その憎悪に充ち充ちた表情を見て、碧鬼はやはり狂喜に震える。


「さあどうする? 貴様が俺を傷付ける度にこのガキの命はなくなっていく。

 ということは、貴様は俺をもう攻撃出来ないということだ。

 だが然し俺は、貴様をいくら嬲ろうが、構わない。一体、どちらが有利かなんて一目瞭然だろう?

 ヒャハハハハハハハ!!!!!!!」


 奇声や悲鳴とも取れる音を発する碧鬼を、仙宮は黙って睨み付ける。

 あの、今は醜いだけの身体が、彼奴にとっては格好の人質なのだ。

 それを最大限に利用する碧鬼は、次は俺の番と言わんばかりに猛攻を仕掛ける。


「ヒャハハハハハハハ!!!!!! ヒャアアアハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 その速さは、既に仙宮の追える域ではなかった。

 鋼以上の硬度を誇る深紅の鎧には、一つ二つと、新たな傷がみるみる内に刻まれていく。

 それは同時に、京介の身体も悲鳴を上げているのと同義。


 ――最悪へのタイムリミットは、刻一刻と近づきつつある。

 それだけは、それだけは避けなくてはいけない。せめて、せめて京介だけは…………


「グガァァアアア!!!」


 咆哮と共に、全力の拳を掲げる紅い鬼。然し、無情にもその握られた拳は虚しさだけを切り裂く。

 同時に、見えない悪鬼の嗤い声が背後から響いた。


「ヒャハハハ! ………終わりだ。愉しませてもらったぞ、若僧」


 刹那、気味の悪い破裂音が教室の中に谺した。

 その音は、悪鬼が仙宮の心臓を貫いた音。


 



 ――終わった。

 もしこの闘いに観戦者いたのなら、誰しもが思ったことだろう。事実、悪鬼もそう思っていたのだから。


 然しその答えは……………………否だ。


「……やっと、捕……まえ……た…!!」


 胸を貫かれた仙宮は、碧鬼の腕をしっかりと握っていた。


 ――――これで最悪は回避できる。その時の仙宮は、疑いなくそう思った。

 そして唱えた。京介と碧鬼を引き剥がす為に。


「邪……魂…………強っ……は……く」


 瞬間、部屋中を白い光が包み込み、碧鬼の身体は引き延ばされたように歪んでいく。


「ヒギャアアア!!」


 然し悪鬼の魂は、幼い少年を離すことを決して由としない。

 宝に執着する貪欲な餓鬼のように、京介からその手を遠ざけない。


「ふざけるなぁあ!! 貴様如き若僧が、この俺を追い祓えると思うな――――」


「……良い加減、餓鬼に若僧扱いなんてされたくねえな。」


 最後の、最期の力を一点に込めて、今一度仙宮は唱える。


「邪魂強剥!!!!」


 仙宮の咆哮がそのまま碧鬼の悲鳴に変わり、碧鬼はその場から消え失せる。

 僅かばかり京介の魂を持っていかれたが、まだ息がある。

 良かった。最悪は、これでなくなった。


 殆んど、最低の結果になってしまったけれど……


「……、せんせい? 先生、俺……」


 今にも泣き出しそうな、そんな声で、京介は仙宮に呼び掛ける。

 そんな京介を、仙宮は優しく抱き寄せて、言った。


「京介、遣っちまったな。でもま、遣っちまったことは仕方がない。良いかよく聴け。人間大事なことは、遣っちまった後どうするかだ。それを絶対忘れんな」


 血塗れで、虚な眼。自分でも解るほど、仙宮は手遅れの状態だった。

 なら、ならばせめて、この命、生涯最後の我が子に捧げたい。


「京介、これは俺からの置き土産だ。

 これで罪を償うか、それともまた罪を重ねるかは、テメエが決めろ。

 そうだな、もしテメエが罪を償いたいなら、『鬼取屋』って処に行け。きっと…………」


 そこまで言って、仙宮は吐血する。

 それでも、必死で言葉を紡ごうとする。


「先生、もうやめて! このままじゃ、先生まで……」


 涙を見せて止める京介を余所に、仙宮は最期の力を振り絞る。


「きっと………、償い方を教えてくれる。

 その時、この力はきっと役に立つはずだ」


 仙宮は、京介の頭に手を乗せたまま、最期に一言だけ呟いた。


「じゃあな、京介。ちょっくら逝ってくるわ、地獄までな。なに心配すんな。大したことないさ。地獄の底の無間はな、苦しむ暇だってないんだからよ……」


 ――――そして、仙宮満彦は静かに息を引き取った。

 京介を抱いたまま、まるで眠るように。

 血塗れになったその表情は、戦場には似合わない、とても優しい顔だった。


 たった独り遺された、深紅の小鬼の哭き喚く声が、教室の中に谺していた。














 ……厭な夢を見たもんだ。

 畜生、未だに忘れられない悪夢だ。

 でもきっと、これは忘れちゃいけない悪夢なんだろう。

 俺が殺めちまった友人逹はまだ、成仏出来ていない。

 

 一人ずつ、妖怪を倒す度に導いて来たけど、紫子と飛鳥には、まだ会ってない。あとはその、二人だけ。


 きっと、あの二人に会うことが出来ても、どっちも俺を赦してはくれないだろう。

 どんなに頭を下げても、俺を呪い殺すくらいの事はやってのけるはずだ。

 だけどこれは、俺に残された唯一の償いだから、それで殺されるなら、別に構わない。

 でも、それ以外では俺は死なない。死ぬ事は、絶対に、何が何でも赦されない。


 ……いや、違うか。 

 そういえば紫子逹にも殺される訳にはいかなかった。



「きょーすーけさーん、あっさですよー!

 いつまで寝てるんですかぁ? 今日は京介さんがご飯作る係りですよ!」


 あのお気楽娘がいる限り、なんだか知らないが、俺は死ぬ訳にはいかない。

 今は何となく、そう思ってる。


「おう、待ってろ」


 俺は短く答えて、階段を降りていく。少なくとも今は、目の前の彼奴を守り抜いていくっていうのも、悪くない気がした。


 なあ皆、俺が地獄に堕ちるのはもう少し、先の話で良いかな?







怪ノ肆「仙宮満彦〜憤り狂う紅い鬼〜」・了

如何でしたかね( ̄▽ ̄;)?


あまり上等な作品ではありませんが、ここまで読んでいただいた方、本当に有難う御座いますm(_ _)m

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