怪ノ肆「仙宮満彦〜憤り狂う紅い鬼〜7」
職員室の中、紫子と剣乃助の二人は仙宮の前に立っていた。
椅子に腰掛ける仙宮に、俯いた表情を見せている。
ほぼ同時に、二人は重々しく口を開く。
「「すいませんでした」」
今にも泣きそうな表情で言う二人に、仙宮はボリボリと頭を掻きながら答える。
「ま、まあ今日はどっちかってぇと俺のが大人げなかったな。
ちょっと俺の方も色々ショックだったもんで……スマン」
互いに謝罪をした後、紫子と剣乃助は職員室を後にした。
仙宮はその姿を見送ると、自身も少し遅れて職員室を出る。その先にあるのは、例のウサギ小屋。
ウサギ小屋の前には、一人の男が立っていた。
男は不気味な笑顔を見せ、仙宮を見つめている。
「今日ハ大人カ、一体ドンナ味ガスルノカナ?」
まるで子どものように嗤って、男は言う。
――此奴が飛鳥を。
仙宮は男を睨み付け、その前に堂々と立ちはだかる。
「テメエ、よくも俺の子に手ぇ出しやがって、角が生えるだけじゃ済まねえぞ!」
言葉と共に仙宮の姿は陽炎に包まれ、みるみる内に変わっていく。
陽炎の中から現れたのは、最早人間ではなかった。
紅い、鋼のような肌。ボサボサの髪はそのままに、額から覗く二振りの角。顔は凶暴な形相を隠すように惣面で覆われている。
「さあ、久々の獲物だ。ゆっくり味わおうぜ、紅鬼。」
仙宮は独り言のように言い放ち、紅鬼として男と向かい合う。
満面の笑みを浮かべる男の背後からは、青々とした悪魔の姿が現れる。
悪魔は厭な嗤い顔を浮かべながら紅鬼の前に舞い降りる。
「ヒャヒャヒャ!! 今日ハ上玉ダナ!!!」
今此処に、紅き鬼と青い悪魔、憤怒と歓喜の化身同士の闘いの火蓋が切って落とされた。
先に動いたのは、紅鬼。
真っ直ぐ、言ってしまえば馬鹿正直に青鬼に向かって突進する。
青鬼はそれを見るなり嗤い顔を崩さず、意図も簡単にそれを避ける。
更には何食わぬ顔で、攻撃に合わせたカウンターをくらわす。
「カハッ!」
短く渇いた呻き声を上げ、仙宮はその場にだらしなく倒れ込む。
その様子を可笑しそうに眺める青鬼は、まるで幼子のようにはしゃいでいる。
「ヒャヒャヒャ、大シタコトナイ人間ダ!!」
仙宮が起き上がるのを待たずに、青鬼は容赦ない猛攻を浴びせる。
頑強な鎧であるはずの皮膚は傷つけられ、紅の肌から、黒の混じった赤が流れ出す。
然しそれでも、青鬼の攻撃は止まらない。
「ドウシタ!? ドウシタ人間!? オレサマガ許セナインジャナカッタノカ?」
残酷に嗤う青鬼の攻撃、その猛襲からなんとか仙宮は抜け出す。
距離を取った仙宮は、思考した。どうやってこの殺人鬼を倒すか? ただそれだけを。
血が、止めどなく流れている。然し、これ程の傷を負って尚、仙宮は自身が死ぬことなど微塵も怖れてはいなかった。
目の前の妖怪と自分とでは性能にも経験にも、圧倒的なまでの差があったのだから。
「死ね、殺人鬼!」
刹那の間に、仙宮と青鬼の距離はなくなる。
青鬼が、事態を理解する前に仙宮は青鬼の腹に手を置き、何かを唱える。
「……邪魂強剥」
言霊と共に、青鬼は叫び声を上げて吹き飛んだ。
「ヒギャアアア!!」
青鬼の身体は霧散し、其処には人間の姿だった頃の男だけが残った。
気を失っている男に、仙宮は呟くように語り掛ける。
「テメエの身体の悪霊は追い出した。
もうテメエは誰も殺さなくなるだろうよ。
だけど、テメエが遣ったことまでは消えやしねえ、これからテメエが遣らなきゃいけねえことは、どう今までの罪を償うかだ。それを絶対に忘れんな」
眠る男に、返事はない。だが、これで終わった。
きっと、これで飛鳥も安らかに眠れるだろう。
息を吐き、肩の荷を下ろす仙宮。
そんな彼の後ろから、不意に声が聞こえた。
「そんなんじゃ甘いよ先生、此奴にはもっと重い罰を与えないと」
声と同時に、男の姿は亡くなっていた。
あるのは、ただ血に塗れた肉の塊。
その横に、それは立っていた。
悪寒が走る程の嗤い顔、恐怖を感じる程の嗤い声。短く生えた二振りの角、青い、碧い肌。
――鬼丸京介の身体を借りて、碧鬼は覚醒した。
「ヒャハハハ!さあ、愉しい愉しい宴の始まりだ!」