怪ノ肆「仙宮満彦〜憤り狂う紅い鬼〜3」
「オレ、『破摩剣乃助』。
破壊の破に胡麻の麻の下に手がついてる字で破摩。武器の剣に刀が角張った感じの乃、後は助けるの助で剣乃助だ。
カックいいだろ」
初めて話した友達の自己紹介は、そんな意味不明なものだったのを覚えている。
「ハハハ! なにがカックいいだよ、変な名前じゃん。メンドくさいから、『けんちゃん』でいいだろ?」
俺はからかいながらそう言ったら、其奴はそのあだ名を思いの外気にいったらしい。
それが俺、鬼丸京介と破摩剣乃助の出逢いだった。
「俺は鬼丸京介。角の生えた鬼が丸くなって、京都に介けに行ったって書いて、『鬼丸京介』だ」
「オイ京介! それと剣乃助! ちょっと来い!」
ただでさえ恐い顔をしている仙宮の顔が更に恐くなって、二人の少年を呼び出す声が学校中に響いた。
其処には無惨にも割られている窓があり、その近くにはそれを割った犯人、野球ボールが転がっている。
其処に二人が呼ばれた、ということは、答えは殆んど一つである。
「テメエら!学校のモンを幾つ破壊したら気が済むんだ? ああっ!!
俺が理事長に叱られるだろう、俺が!!」
完全に立腹状態の仙宮、然し当人逹には、反省の色は全く見られない。
「なんでこれが俺たちだってわかんだよ?」
「そうだよ。なんでもかんでもオレたちの所為にされたらたまったもんじゃない!」
言う京介と剣乃助、その手にはグローブとバットが握られている。
あからさまに犯人だ。なのに白を切ろうとする二人を仙宮が睨み付け、そして…………
「成る程なあ、飽くまで白を切り通すつもりか。ならこっちもそれなりのことはさせ貰わなきゃなあ。」
「ヤベ! 先生に角が生えた!
逃げよう、けんちゃん!!」
「ちげぇねえ。そんじゃ先生、失礼しましたぁ!」
「待てコラーーーーー!」
結局この後、追い駆け回す仙宮を振り払う為に抵抗した京介と剣乃助によって、その日十枚以上の窓が破壊された。
仙宮を含めた彼等三人が、理事長先生に大目玉を喰らったのは、言うまでもない。
そしてただいま、彼等三人は見せしめの為に廊下に水が満ち満ちたバケツを持って立たされている。
京介と剣乃助は両手に、仙宮は更に頭にそれを乗せて…………
「結局こうなんのか、はぁ……しかも何で俺のがテメエらより罰が重いんだ?」
堪らず仙宮は愚痴を溢す。
独り言のつもりで言ったのだが、下の方から声が返ってきた。
「そんな事言ったってさ、先生があんなに恐い顔して追いかけなければ、俺達があんなにガラスを割らなくてすんだんだよ」
「そうだそうだ。オレ達はただ先生が恐くて逃げてただけなのに、なんで先生と一緒にバツをうけなくちゃいけないんだよ?」
完全に自分達を棚に上げて言う童二人に、いつもと違って呆れた口調で仙宮は切り返す。
「あのな、元を辿ればテメエらが野球してガラスなんか割らなけりゃ、お互いにこんなことにはならなかったんだからな。それを放っておいて、俺達は悪くないって言っても、誰も信じちゃくれねえだろ?
遣っちまった事はしゃあねえ。だがその責任をテメエで背負えねえようじゃ、この先大人になったら苦労すっからな」
頭のバケツが落ちない程度に熱弁を奮う仙宮。その、いつもとは少し違う仙宮のお説教を、京介と剣之助は黙って聞いていた。
そして…………
「「……ごめんなさい」」
ほぼ同時に、両脇から共鳴するよう聞こえた弱々しい声、その声に仙宮は呆れて言葉を返す。
「んだテメエら、落ち込んでんのか? らしくねぇな?」
然し両脇の二人はそれに答えるでもなく、俯いて話さない。
どうやら本気で落ち込んでしまっいるらしい。
流石に可哀想に思ってか、仙宮は続けるように語り掛ける。
「ま、テメエらも今日のことで少しは反省はしているようだしな。
今日の所は許してやるよ」
その仙宮の優しい言葉を聞いて、二人は俯き黙ったままふるふると震えだす。足下には、ポツポツと小さな雫が落ちていた。
「オ、オイ? テメエらまさか泣いてんのか? バカ野郎、泣くんじゃねえよ! 男だろ?
ああ、メンドくせー! 結局また俺が苛めたみたいじゃねえか」
頭にバケツを乗せたまま、器用に首を降って二人を交互に話す仙宮。
そんな仙宮を見て、泣いていたはずの二人は、いつしか泣き止み、いつの間にか笑っていた。
何はともあれ、それから約一時間後、やっと三人は解放された。
「聞いたよーん、京介、剣乃助! ろうかにバケツ持って立たされたんだって?
あはは! マジウケる!」
「ゆ、紫子ちゃん、二人ともおちこんでるんだからそういうこと言っちゃいけないよ」
紫色の髪の毛を振り乱し、抱腹絶倒する一人の少女がいた。
その少女を注意するようにいるもう一人の少女がそわそわしている。
「そうだぞ紫子、オレたちからしたら全然笑えなかったんだから!
飛鳥、このばっきゃろうにもっと言ってやれ!」
抱腹絶倒の少女に、剣乃助は頬を膨らませながらそう言った。
笑っている少女の名前は紫子、横でそわそわしている少女は飛鳥というらしい。
剣乃助は紫子の態度が余程気に要らないのか、大袈裟な態度で紫子に詰め寄る。
「大体な、紫子と飛鳥も一緒に野球やってたじゃん!
それなのになんでオレと京ちゃんだけしかられなきゃいけないんだ!」
「だって、仙宮センセから逃げて学校中の窓わったのはアンタたちじゃない。
そこはアンタたちだけ怒られるのは当然じゃない?
ああ、やっぱウケるー! キャハハハ!!」
未だに腹筋を抑えつつ、事もあろうに涙まで流しながら紫子は答える。
剣乃助はこの妖怪大爆笑女をどうしてくれようかと拳を握るが、その仕草を見逃さなかった京介が即座に止めに入った為、敢えなく中断する。
何故自分を止めたのか、剣乃助は京介に目配せで問い質す。
(なんで止めるんだよ京ちゃん!?
あんなにバカにされて悔しくないのか?)
(おちつけ、けんちゃん。よく考えてみろ。このまま口げんかになって、俺たちのあのカッコわるい泣き顔がバレでもしたら、それこそ紫子の思うつぼだ。)
(なるほど、さすが京ちゃん。あったまいい!)
「その会話が実は全部口で言っていて、わたしに筒抜けじゃければね」
「「な、なにぃぃいい!」」
ガヤガヤと、他人の目も気にせず騒ぐ四人。
京介、剣乃助の問題児コンビに、その二人をからかって面白がる紫子、そしていつも紫子に振り回されている飛鳥。
いつもの仲間、いつもの会話、いつもの風景。
京介はこの空気が大好きだった。失いたくないと、いつも思っていた。
きっとこの三人と、大人になっても付き合っていけると、信じて疑っていなかった。
――でも、それと同じくらいに、三人を殺してしまいたいと、いつも思っている自分がいることに、この時はまだ、気付けないでいた。
四年四組、本日欠席遅刻、及び早退者無し。
……死亡者、1名。