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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
24/63

怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜10」

「ギュゥオオオオオオオ!!!」


 悲鳴と共に崩れ落ちる白骨の妖怪、狂骨。

 その様子は宛ら石膏。ボロボロと音を立てながら、壊れていく。


 その契約者たる少女、中井深雪は呆然とその姿を眺めている。

 それもそのはず、深雪は狂骨との契約を破棄していないのだから。

 破棄したのは、深雪から狂骨との契約を奪った少年、天童切丸。


 その契約を奪われたことによって、狂骨にとっての深雪は切丸だった。

 その切丸から命じられた契約破棄の言葉、それに従い狂骨は現在も崩壊を続けている。

 もう誰のモノでもなくなった狂骨は、其処にいる者達全員に認識され、注目を浴びている。

 遂に、狂骨は消え果て、狂骨がいたはずの場所には、代わりに一人の幼女が浮游していた。


 白いシャツを着て、赤いスカートを穿き、黒く艶のある髪を二つに結った幼女。

 その姿は無害そのもの。

 その姿は、八年前のあの日から変わらない。


 凍った時の中をふらふらと彷徨う幼女、宇田川朱美。彼女はまるで眠っているように、其処に浮いている。


「……あ、けみ、朱美ぃ」


 深雪は泣きじゃくりながら彼女の名を呼ぶ。

 その姿はさっきまでの若々しい、健康的な年頃の女の子の姿ではなく、酷く(やつ)れ、衰弱仕切った姿だった。

 30代と言っても通用しそうな程老け込んでいる。

 その姿を見て、驚く人間は一人もいなかった。


 これが式神使いの、成れの果て。狂骨によって身体のあらゆる生気を吸い付くされて、妖気をその体に還元さられていた。

 狂骨がいなくなり、妖気を供給するモノがなくなった今、深雪の身体には生気が殆んど残されていない。


「これが、深雪さん? 全然、別人になってしまいましたね」


 憐れみを込めた口調で、先程までその場に倒れていた舞は呟く。そして、(くう)を見上げてもう一度呟く。


「この娘が宇田川朱美さん? まるで12人の命を奪ったとは思えない娘ですね」


 今度はその舞の一人言に、京介が答えるように呟く。


「大勢の命を奪ったのはこの娘じゃない。奪ったのは狂骨。そして、中井深雪だ」


 全員が空に浮いている幼女を見つめている。まるで見守るように。

 幼女はそのまま、決して眼を開くことなく、キラキラとした光の粒子となり消えていった。


「イヤ、イヤだよ! 行かないで! ヤダッ! 戻ってきてよぉ!! 朱美ぃ!!!!」


 悲痛。そんな言葉がぴったりな程に錯乱する深雪。

 最早老婆と呼べるまで憔悴仕切った彼女に声を掛けたのは、他でもない、榊美雨だった。


「深雪さん……」


 近付きながら話す美雨を、振り払うように深雪は叫び出す。


「なによっ!! なんなのよアナタ!!!

 なんで? なんでみんな私から朱美を奪うの?

 返して! 朱美を返して!!!!」


 まだ物心つかない子どものように、手当たり次第に喚き散らす深雪。

 辺りに散らばる骨を投げ、力任せに床を叩き、近くにいる美雨を殴り付ける。

 そんな姿を見て、見てられなくなったのか、京介と切丸が止めようとする。然し、美雨は片手を挙げて、その仲介を制止する。


 叩かれて、殴られて、蹴られて、髪を引っ張られて、それでも美雨は其処から離れない。


「……返せ! 返せ! 返せ! カエセカエセカエセカエセ!!

 アケミヲカエセェエエ!!」


 それが悲願であるかのように、美雨にぶつける深雪。

 然し美雨は何も言わない。ただ、見つめるだけ。

 そんな美雨が気に食わないのか深雪は、暴力をとめることはない。


 暫くその時間は続き、暴力に疲れ果てた深雪はその手を止める。そして、諦めたとばかりに口を開き、こう呟く。


「そう、アンタには返せないの? ……良いわ、だったらしょうがない。もう返せなんて言わないから。

 私が、私が朱美のところへ行く」


 不意に、まだ手の中に隠していた肋骨を、深雪は己の喉元に構え、ゆっくりと突き刺していく。


「ダメ!」


 叫ぶ美雨と同時に、動いたのは京介。

 京介は深雪の両手首を片手でガッシリと掴み、深雪の口に自身の指を噛ませる。

 勿論、舌を噛み切らせない為に。


 京介の腕の中でもがく深雪に、美雨はゆっくりと手を挙げ、そして…………




 パチン!と乾いた音が、部屋中に谺する。


 深雪に向かって、美雨が平手打ちをしたのだ。

 思わず、京介も口に入れていた手を引いてしまった。

 涙眼になっている美雨を見て、深雪が怒鳴る。


「なにすんのよ!

 一体、アンタは私にどうしてほしいわけ!?」


 その深雪の言葉に、美雨はすぐに答える。


「死んじゃダメなんです。絶対に、なにがあっても、どんなに苦しくっても、死んじゃ、ダメなんです!」


「はあ!? ワケわかんない! 一体アンタに私のなにが分かるっていうのよ!

 大事な友達を失った私の気持ちがアンタに分かる?分からないでしょ―――」


「分かります!!」


 一瞬、辺りが静寂に包まれる。

 分かるのだ、美雨には。友を失くす苦しみも、いっそ死にたいと思う気持ちも。

 何故なら、彼女はつい数日前にそれを経験しているから。痛い程、深雪の気持ちを分かっている。


 


 でも、それでも…………


「死んじゃダメなんです。

 死んでいったみんなが、もう一度死んじゃうから」


 何を言っているのか分からない。そんな顔をしている深雪を他所に、美雨は語り出す。


「妖怪に、殺された人達はみんな忘れられちゃうんですよ。覚えているのは、同じく妖怪に襲われた人か、霊力の高い人だけ。それ以外の人には、存在しないことにされているんですよ。

 そんな悲しいことってありますか?ないですよ。

 なのに今みんなのことを覚えている私達が死んだら、一体誰がみんなのことを覚えているんですか?」


 泣きながら、何かを思い出すように語る美雨を見て、何も言えない深雪。そんな深雪に構わず、美雨は話し続ける。まるで自分に言い聞かすように。


「だから私達は、死んじゃダメなんです。私達が死ねば、みんなの存在が本当に無くなるから、みんなが本当に死んじゃうから。

 私達は、生きてなくちゃダメなんです!!」


 美雨の最後の言葉をきっかけに深雪は項垂れ、そして堰を切ったように泣き出す。


「ああ、ああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 周りにいた皆も俯きながら、少女の言葉を胸に響かせていた。

 きっと、深雪は一生を懸けても償えないことをしてしまっただろう。然しそれ以上に一生を懸けてでも償わなくてはいけないこともできた。


 ――――――死によって逃げるのは、もう誰にも赦されない。

 京介、切丸、舞、そして美雨は、深雪を独り残し、彼女の部屋を後にした。



 部屋の中には、狂女となり、老女となった少女が独り、ポツンと残っていた。




















――後日談――


 車の中、事務所への帰路の最中。

 舞と切丸は後部座席で眠りに就いている。普段なら有り得ない光景。

 然し本題は其処ではない。

 京介は運転をしながら、助手席でウトウトしている美雨に話し掛ける。


「……美雨」


 美雨は不意な呼び掛けに仰天し、眼を覚ます。


「ひゃい!!」


 ……声が裏返っている。まあ、今更そんな些事は気にすまいと、京介は美雨に質問する。


「そういえばお前、どうやって俺達の居場所が解ったんだ? 教えてなかったのに?」


 その質問に美雨は然も当然というように、京介に答える。


「簡単なことです。

 京介さん達が気付かないように、車の後ろの荷物置きの中に隠れたのですよ。

 でもって、結界は妖怪限定で人間は入れるものらしかったですから普通にスルーしました。だけど入ってみたら京介さんが深雪さんと戦っていたので暫く隠れて見ていたんですよ」


 笑顔で、まるで私は稀代のスパイだとでも言うように美雨は言った。

 そんな少女を見て、京介は半ば呆れ気味に言う。


「お前なぁ、そういうのやめろよ。

 偶々今日は運が良かっただけで、本当は死んでたかも知れないんだぞ」


「だぁ〜いじょーぶです。

 私が死んじゃったら、みんなが本当に死んじゃいますから。もう無茶はしません」


 明るく応える美雨。そんな彼女に京介はたった一言、「今日だけだぞ」と言った。

 車は夕陽に向かって走って行く。目的地に向かって、生者を乗せて。


 ――――人々はまた、誰かを忘れていく。









怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜」・了

いやぁ、終わりましたね、怪ノ参。


右往左往していましたし、ピークエンドもクソもなく「俺は最初から最後までクライマックスだぜ」的な作品でしたが、まあギリギリイメージ通りのラストでした。


ご意見ご感想ご指摘が御座いましたら、何なりとお申し付けください。


それでは、「怪ノ肆」でお会い致しましょう。

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