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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
23/63

怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜9」


 ――――何で、何で此奴が此処にいるんだ?

 つい今までこの話に全く触れなかったのに、俺達が触れさせなかったのに、何でこの娘は今、俺の後ろにいるんだ。

 その表情は見えない。でも確かに、其奴は、榊美雨は俺の背を睨み、俺に向かって声を掛けてきた。


「待ってください。お願いします、京介さん」


 美雨は俺の元にツカツカと近付いてくる。


 やめろ、来るな。お前が此処に来る必要なんて何処にもなかったじゃないか。

 もうこの話は、終わったじゃないか。それで良いじゃないか。

 何でそうやって掻き回す。何でそうやって、状況を複雑化させるんだ?


「何しに来た、美雨。此処は危険だ。生身の人間が来る所じゃない。

 さっさと帰れ。」


 なるべく平静を装って、俺は背中に呼び掛ける。

 頼む。頼むから、此処から離れてくれ。此処から、いなくなってくれ。

 だけどやっぱり、彼奴にそんな気は更々ないらしい。


「イヤです。どうしても私にいなくなってほしかったら、やめてください。京介さん」


「やめる? やめるって何をだ?」


 美雨の問いに、俺は逆に問い返すように答える。本当は解っている、彼女の言葉の意味。


 何時から、此奴はいたのだろう?

 どうして、此奴は知っているんだろう?


 俺が今、俺の眼の前にいる少女を殺そうとしている事を、何時から、解っていたのだろう?


「京介さんが今からやろうとしていることを、今すぐやめてください。

それまで、私は此処を動きません」


 はっきりした口調で語りかける美雨。

 俺のすぐ後ろで、恐らく真っ直ぐな視線で俺を射抜いているのだろう。


 

 正直、関係ない。此奴に関係なく、何も気にする必要もなく眼前の少女を殺してしまえば、殺してしまえればそれで良い。

 なのに、そんな簡単な事なのに、俺にはそれが出来なかった。

 俺にはこの娘の前で、他人を殺める事が、どうしてか出来ない。

 鬼の紅い腕をこれ以上動かす事が、出来ない。

 それを知ってか知らずか、そんな条件を出してくる美雨。



 ――――解ったよ。


 俺は自分でも驚く程あっさり、鬼の姿を解いた。

 そして美雨に振り向き、初めて顔を合わせる。意外な事に、美雨の顔は今にも泣きそうだった。


「……よかったぁ」


 瞳に貯まった涙をポロポロと落としながら膝を付く美雨。

 どうやら、本当に俺が止めてくれるかどうかは自信がなかったらしい。

 気を取り直して、俺は美雨に訊く。


「で、紅鬼解いた所までは良いとして、これからどうする気なんだ、お前?」


 美雨は間を置かず、涙を拭きながら即答する。


「はい、話し合います」


 ……………………。長い沈黙が続く。


「はぁああ!?」


 思わず叫ぶ俺。だってそうだろう? ついさっきまで殺し合ってて、もっと前には切丸を地下深くに落とした奴に、話し合えだって?

 馬鹿げてる。そんな事を言うために此奴はわざわざ……


「何言ってんだ? 此処までの事をしてる奴に、今更話し合いなんて出来る訳ないだろう。」


 その言葉に、美雨は食い下がる。


「何でですか? 何で知り合って間もない京介さんに、あの人がもう手遅れなんて分かるんですか?」


 随分強い口調で言われた。一体何考えてんだ、此奴。


「解るも何も、俺は事実と常識を言っているだけだろう。

 間違った事は言っちゃいない。」


「全てが自分の持っている常識で片付けて良いんですか?

 それに京介さんは、あの人の過去を調べて、知ってるんですよね?

 なんとも思わないんですか、人として。この鬼!」


 ……俺は鬼だ。そう言いたいがやめておこう。多分そういう意味で言っていない。


「だから話し合うっていうのか、馬鹿げてる。実際、譲歩できる事についても、復讐についてももう全部終わってたんだぞ。

 それに加えて関係のない人間が少なくとも3人、3人も巻き込まれてるんだ。

 もうそれだけで充分手遅れだろう。」


 そうだ。今日に関して、俺は何も間違ってない。

 今此処で少女を殺らなきゃ、被害はまた出る。そうしない為には、こうするしかないんだ。


「やってしまったことは、しょうがないじゃないですか!

 大事なことはその後どうするかじゃないんですか?

 彼女がまだ正気じゃないから死んで償わせるなんてやり方、絶対間違ってます!!」







 ――俺は黙った。別に此奴の意見が尤もだとは思っちゃいない。でも、何も言い返せなかった。


 


 だって、あの言葉を言ったから。

 知ってるはずがないあの言葉を、此奴は言ったから。


「ああっ! また黙った。そうやって自分が不利になったら黙る癖、治してくださいよね…………」


 べらべらと何かを言っている美雨。俺には彼女の言葉を聴き取れていない。


「…………っき、何……った?」


「……はい?」


「……今さっき、何て言った?」


 不意過ぎる俺の質問に、キョトンとする美雨。

 俺の言っている事が、イマイチよく解っていないらしい。


「だから、まだ正気に戻ってないのに死んで償わせるなんてやり方は間違ってるって……」


 其処じゃない。其処じゃないけど、だけど、やっぱり俺は此奴に勝てないらしい。

 俺が敗けを認めるくらいの言葉を、俺がもう忘れていたはずの言葉を此奴は言った。ならもう、俺は此奴に従うしかない。

 頭を掻きながら一つ溜め息を漏らして、俺は首を縦に振る。


「解ったよ。それじゃあ、お前が思うようにやってみろ。

 但し、俺がヤバイと思ったら即行で止めに入るからな」


 俺のその言葉に、此奴は本当に嬉しそうに「はい」と一言返事をし、項垂れる少女の元へ足を運ぶ。








 少女、中井深雪。親友の死を切っ掛けに壊れた少女。

 その原因となった者達を、親友の亡骸を使い次々と殺め、それ等の存在を世界から抹消した少女。

 その少女の前には、つい数日前に沢山の友人を碧い鬼に殺された、一人の少女が立っていた。

 少女と少女は互いに黙ったまま目を合わせ、見つめ合っている。

 沈黙を破ったのは、立っている方の少女、榊美雨。


「深雪さん、もうやめにしましょう。

 こんなことしても、なんにもならないことぐらい、もう分かってるはずです。

 こんなことしても苦しいだけだって、もう分かってるはずです。だから、もうやめにしましょう?」


 放心状態の中井深雪は、ただ無言で頷く。

 そして、美雨に問う。


「なんで、なんでアンタはそんなに優しいの?

 あのお兄さんが言ったみたいに、私は手遅れかもしれないのに……」


 その問いに、実に的を射ているその問い美雨は、然も当たり前というように答える。


「だって、あなたは自分の足で鬼取屋に来たじゃないですか。

 自分じゃどうしようもなくて、だけど誰かに助けてほしかったから、来たんじゃないんですか?」


 中井深雪の眼からは、大粒の涙が流れていた。

 嗚咽に塗れながら、何度も「ありがとう」を口にしていた。

 涙ながらに、感謝の言葉を言う少女を美雨は抱き締めていた。

 俺には絶対に出来なかった解決法を此奴は簡単にやってのけた。


 式神使いの暴走を止めるには、使い手を殺すか、使い手自身がその契約を解除しないといけないのに、此奴はそのどちらも選ばずに、ただ許すという行為だけで終わらせてしまった。

 本当に凄い事だと思う。


 




 ……俺は、完全に気を抜いていた。完全に、油断していた。そんなはずは断じて有り得ないはずなのに、視えなかった。俺は襲われていなかったから。気付けなかった。


 美雨の前に現れている、既に再生し中井深雪の支配下にある狂骨に、俺は気付けなかった。


「……ありがとう、ホントに助かったわ。

 アンタが、こんなにもバカで!」


 やっと俺が気付いたのは、その言葉の後。

 気付くのが遅かった。例え視えなくても、感じ取るくらいの事は出来たはずなのに……、クソ、俺はなんて馬鹿なんだ!


 一瞬でも、壊れた人間に心を許すなんて、しかも、身内を危険に曝すなんて。


「美雨ぇええ!!!」


 間に合う訳がない。それでも俺は走る。

 間に合わなくても何でも、ただ走る。


「さようなら! おバカなおバカな娘さん。

 ハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 眼に視えない狂骨の魔の手は、美雨を、美雨の命を、俺の、眼の前で奪った。

 俺はそう思った。




 ――でも、そうじゃなかった。

 だって、美雨はまだ生きていたから。

 一体、何が………


「一体なにが起きたっていうの? 朱美はどこに行ったの?」


 中井深雪の動揺した言動、何が起こったのか解っていない美雨。

 そして、何時の間に深雪の背後にいる其奴で、俺はやっと意味を理解した。


「堪忍な、深雪ちゃん。君から、君の大事なお友達は奪わせて貰うわ」


 其処にいたのは、一羽の黒い鳳。そして、一人の男。

 黒雛と天童切丸が、中井深雪から狂骨を奪っていた。


「あ、あぁ、あぁぁ、アンタ、なんでこんなところに? ちゃんと埋めたのに、なんで?」


 問いかける深雪だが、そんなことは解りきってる。


 俺が這い上がってきているんだ。切丸だって、抜け出す事は出来る。


「遅えよ、馬鹿!」


 俺は切丸に向かって毒を吐き、睨み付ける。


「堪忍です、京さん。ちょっと他のお嬢ちゃんたちの相手しとったら、こんな時間になってしもうた。

 でも、もうそろそろ終わらせないかんなぁ。

 終幕や。狂骨、君と僕との縁は、もう終いや。君との契約は、此処で切る」


 切丸の言葉と共に、狂骨は悲鳴を上げて現れる。

 そして、ボロボロと風化したように崩れ始める。


「いやぁ、ウソ、朱美、朱美ぃいいい!!!!!」






 ――――こうして今度こそ、俺達の戦いは終わった。


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