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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
22/63

怪ノ参「中井深雪~終り無き数え唄~8」

 ――――狂女、中井深雪。

 ――――狂骨、宇田川朱美。



 その二人の前に、一人の少女が倒れていた。

 少女は全身に痣を創り、傷を負い、着ていた衣服はビリビリに破れ、それでも尚狂女と狂骨の攻撃を受けていた。


「ハハハハ! ブザマね。お似合いよ。

 アンタみたいな偽善者に、私たちがどれだけ苦しんだか分からないでしょうよ。

 それなのに哀しい? かわいそう? 憐れ? なに言っちゃってんの、馬鹿じゃない?

 アンタ、死んだ方が良いんじゃない? 独りが寂しいなら手伝ってあげましょうか? かわいそうなお嬢さん」


 またケラケラと、深雪は嗤いだす。タガが外れたように、何かから解放されたように、今にも躍りだしそうな勢いで嗤っていた。

 それでも、少女、鬼丸舞は深雪の瞳を一心に見詰めていた。

 何も出来なくても、何も届かなくても、ずっと彼女を見詰めていた。


「なぁにぃ、その目? メチャクチャ気に入らないんですけど。

 まぁ良いわそんなことは。それよりも、どうせ死ぬんだからもっと怖がった顔しなさいよ!!」


 そう言うと深雪は、倒れている舞の腹部に向かって蹴りを打ち込む。

 少女とは思えない低い呻き声を上げる舞を尻目に、何度も何度も、何度も何度も蹴りを打ち込む。

 これ程にない爽快感を感じながら、今までにない幸福感を味わいながら。

 甲高く嗤いながら、例え舞が吐血しようとも、その足が止まることはなかった。

 そして、やっと、舞にとって地獄ともいえる時間に終止符が打たれる。

 疲れたのか、深雪は肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ、どう? 痛かったでしょ? 苦しかったでしょ?

 でも朱美は、もっと痛い思いをしたし、もっともっと苦しい思いをしたのよ!

 それをかわいそうなんて簡単な言葉で済まさせようなんて、いいわ、アンタは私たちの世界にはいらない。

 もう楽になってしまいなさい」


 深雪が言葉を言い終わらないうちに、狂骨は美雨の周りに自らの間接を突き付ける。

 その先端はまるで槍のように鋭く、今までのどの殺し方よりも残酷なモノだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。

 


 虚ろな意識の中、舞は死を覚悟していた。

 やはり自分には、兄のようなことは出来ないと痛感しながらも。

 然し、不思議と劣等感はない。恐怖はあるが、それ以上に何か安心感のようなものの方が大きかった。

 さようなら。心の中で、自分の知る全ての人にそう言った。












 ――その時だった。

 狂骨の足元にあるマンホールから、邪悪なまでに紅い焔が噴き出したのは。


「ギュゥオオオオ!!」


 明らかに苦痛と分かる雄叫びを上げて、狂骨はバラバラに霧散する。

 文字通り、地獄から這い上がってきた鬼が、下水の穴から現れる。


「おいテメエ、俺の妹に何してくれてんだ?」



 其処に現れたのは、焔よりも、血液よりも紅に染まった、紅い鬼。それはただ真っ直ぐに深雪を睨む。否、それは明らかな殺意を持った、射ぬくような視線、圧倒的な害意。


「なんで? 底に堕ちたら、絶対に出られるハズがないのに……」


 絶望を眺めるように、深雪は呟く。


「確かに人間だったら絶対に出られなかったさ。

 だが、俺は人間の領域からはとっくの昔に外れてる。

 地獄の鬼を相手に、この結界は弱すぎた。ただ、それだけだ」


 然も平然と語る京介。その姿を見て、深雪を操る糸は完全に切れた。


「ふざけるなぁああ!!!」


 叫びと共にまた復活する狂骨、それはそのまま紅鬼に向かっていく。その白く細い腕で、紅鬼に向かって拳を振るう。

 然しそれがそもそもの間違いだった。紅鬼が持つ、鉄壁の硬皮、『鬼鉄おにがね』。地獄の業火によって鍛え上げられたその強度は鋼のそれを悉く凌駕し、触れるもの、牙を剥くものを例外なく破滅させる。

 その硬皮の前に、白骨の一撃など小枝に等しい。狂骨の振るった右腕はまるで砂のように舞い散り、灰燼と化す。しかしそれだけ終わる程、目の前の鬼人は温くはなかった。

 紅鬼は狂骨の残った左腕を鷲掴みにし、アルミニウムの空き缶のようにグシャグシャに握り潰す。


「ギュゥゥウウオオオオオ!!!」


 明らかな悲痛を声に変えた狂骨、然し、やはり紅鬼は止まることはない。その叫び声すらも聞くことなく、狂骨の胸に両の手を入れる。

 そして……バキバキと幾本もある狂骨の鋭い肋骨を、内側から一気に破壊する。その後、しっかりと背骨を握り締め、雑巾のようにそれを捻る。


「ギュオアアアア!!」


 ぐちゃぐちゃに壊された背骨からは赤い髄液が滴り、足の無い狂骨の中で正常を辛うじて保っているのは、頭蓋だけになった。

 動くことの出来ない狂骨、地面に転がるその頭蓋を紅鬼は、思いっきり踏みつける。

 その行動に壊れない道理などなく、一瞬だけ赤い脳漿を撒き散らしながら、無惨にも狂骨は消えていく。


「ウソ、そんな……」


 然し惨劇は終わらなかった。どんなに破壊されても元に戻る狂骨に、飽きることなく紅鬼は何度も何度も破壊行動を繰り返す。復活する狂骨、もう一度破壊。また復活する狂骨、同じく破壊、やはり復活する狂骨、破壊、復活、破壊、復活、破壊、復活、破壊……

 破壊、破壊、ハカイ、ハカイハカイハカイハカイハカイ…………、やっと復活できなるなるまで、これ以上に破壊できなくなるまでに紅鬼は狂骨を破壊した。

 その惨劇を見ていた狂女は、完全に脅えていた。このままだと自分も、ああなってしまうと、そう思っていた。


「次は、お前の番だな」


「イヤァアアアア!!!!!」


 紅鬼の爪が、深雪に向かって振り下ろされる、然しその式神は、まだ主を守るために復活する。

 狂骨は最後の力を振り絞るように猛る。

 そう、繰り出すのはつい先刻まで京介を苦しめた、破壊振動。


「ギュオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 全てを呑み込むその衝撃、過去のどんな状況よりも巨大な一撃を、何の躊躇いもなく解き放つ。

 辺りには塵一つ、残されてはいない。いるのは狂女、狂骨、そして傷だらけの少女。

 終わった、これで自分が勝った。

 勝利を確信した深雪の口角が、不気味につり上がる。


「これで……、もう………………」


「終わらねぇええ!!」


 爆炎を纏った右の拳を、一直線に狂骨の頭蓋に叩き込む。

 それは確かに、いなくなったはずの鬼、その鬼が、狂骨の正面に突然現れ、頭部を粉々に破壊する。

 然し最期の意地とばかりに、狂骨は元に戻る。

 だが紅鬼は、既に狂骨の足元に目を遣っていた。

 其処には狂骨の足の代わりに、マンホールの蓋がある。

 

 其処が、それが弱点。









「ウォォォオオオオオオ!!!!!!」


 今度は左肘を爆発させ、マンホールに向かって左拳を垂直に射ぬく。

 音を立てて崩壊する風穴、するとみるみるうちに狂骨から妖気が消えていき、形が保てなくなる。


「あ、あ、あ、朱美……」


 井中の白骨を失い、力尽きその場にへたれこむ深雪。

 長かったその勝負は、紅鬼の勝利で呆気なく幕を下ろす。


「お前との霊力の供給を一時的に断っただけだ。

 すぐに元に戻るようになるだろう。そうすればまたお前は人を襲う。

 そうなる前に、悪いがお前を殺す。」


 歩きながら寂しくそう言って、京介は深雪の前に立つ。

 たった数時間の、長い長い戦いの終焉が、もう間近まで迫っている。

 京介は右手を振り上げ、それに紅い紅い火を灯す。


「……ダ……、メ……」


 何処からか声がするが、二人の耳にはもう入らない。

 力尽きた深雪が、最期に京介に訊いてきた。


「ねぇ、私が死んだら、何処に逝くのかな?

 やっぱり、地獄? それとも死んだ後には何も残らなかったりする?」


 尋ねる深雪に、京介は答える為にゆっくりと、その重たい口を開く。


「さぁ、俺は死んだことがないから解らないな。

 ……でも安心しろ。例え地獄に堕ちたとしても、無間の其処は苦しむ暇だって無いんだから」


 京介が残した言葉の最後は非情に冷たく、深雪の耳に残る。

 そして、振り上げられた右手がとうとう降り下ろされる。











 あと一瞬で狂女の命を奪えると誰もが思ったその時、京介の背後から声が聴こえた。


「ちょっと待ったぁぁ!!」

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