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鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
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怪ノ参「中井深雪~終り無き数え唄~7」

「ギュゥアア!!」


 声とも、音とも表現できない、ただ相手の鼓膜を震わしているだけの振動が、辺りに響き渡る。

 紅鬼が敵にしているのは、足の無い白骨。

 本来は井戸の底に住み、仄暗い水底に人々を沈める恐怖を植え付ける、妖怪『狂骨』。

 然し、現在この場にいる狂骨はそんな普通の異形等では断じてない。

 親友を亡くし、復讐の為だけに親友の亡骸を物怪に代えた、禁忌の象徴。その白い細腕を、被害者の赤い血で染め、当事者の黒い感情に穢された悪鬼の具現。

 紅鬼はその悪鬼に、渾身の力で握った右腕の拳を全霊でぶつける。

 激しい爆音と共に狂骨はバラバラに四散し、然しまたパズルのピースを合わせるように元の形に戻ってしまう。


「ギ………ギギ、ギュゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 またしても吐き出される怨気の振動。空間は捻じ曲げられ、堅牢強固を誇る紅鬼の硬皮も、全く意味を為さない。


「クソが! 相性が悪過ぎだろう!」


 紅鬼は毒づくが形勢は微動だにしない。つまり、押され続けている。

 そんな、文字通りに悪戦苦闘を強いている紅鬼を、狂骨の後ろで見ている少女は薄ら笑いを浮かべていた。



 少女の名は中井深雪、この惨劇の当事者。


「ハハ、あんなイカつい姿してても全っ然大したことないのね。

 あんな見かけ倒しなんて、私と朱美の敵じゃない!!

 そうだ、アンタも一緒に沈めてあげる。朱美達と同じ、暗い暗いマンホールの底に!!」


 深雪の掛け声と共に、狂骨は紅鬼に絡み付く。


「きゅうきゅうきゅうきゅうきゅうきゅうきゅうきゅうきゅうきゅうきゅう…………」


 紅鬼に聴こえているのは、もうこれ以上増えることの無い、ゴールの無い迷路、終らない数え唄。

 紅鬼の足元にはやはり、真っ暗な下水へと通じる門が現れている。

 殆んど無理矢理強引に、狂骨は紅鬼を持ち上げ、マンホールに叩きつける。


 これこそが合図。これこそが儀式。正にこれこそが、異界の水底に人を沈める為の、狂骨の狩猟。

 声すら出すことも許さず、紅鬼は狂骨に引き摺り込まれていった。


「ハハハハハハハハ!!!

 これが妖怪退治のプロ? 笑わせるわ、全く。ねえ、アンタもそう思わない?」


 深雪は殆んど不意打ち気味に、最後に残った少女に語りかける。

 少女は脅えるでも気負うでもなく、少女に対して首を横に振る。

 その表情を無理矢理表現するのなら、きっと、憐れみと誰もが答えるだろう顔をしながら……


「なぁにぃ、なんか言いたいことがあるわけ?

 へぇ、なぁんか、生意気。アンタも沈む?」


 深雪の前には、また狂骨が現れている。

 このままなら間違いなく、自身が殺される状況の中、舞はジッと深雪を見つめていた。

 そして言う。





「貴女は、とても哀しい(ヒト)だ」と……










「じゅう、じゅう、じゅう…………」


 下水の底には、その声だけが響き渡っていた。

 紅鬼、鬼丸京介は、静かに真上を眺めている。

 鬼の身体ならば一瞬で届いてしまうような高さ。

 本来ならこんな檻から逃げ出すのは造作もないはずだった。然し、今の彼にはそれが出来ない。



 何故なら彼の身体には、無数の白骨達が絡まり合っていたのだから。

 至極冷静に、京介は辺りを見渡す。頭蓋の数は、一、二、三………………、十二個。

 やっぱり、もう暴走は始まっていた。

 単に霊力が高いだけの人間が妖怪を操り、目的を遂げたはずなのにも関わらず他人を遅い続ける行為、それが暴走。

 恐らく、狂骨が呟いている「きゅう」というのが本来の数、九人という、狂骨が人間をの襲うはずの数。

 そして今聴こえている「じゅう」という数、その言葉の意味は勿論十人目ということだろう。ならば、果たしてその十人目とは一体誰か?

 妖怪である宇田川朱美か、それとも……


「当事者である中井深雪、か。

 まあ、……んな事は全く以てどうでも良い事だ」


そう京介はのんびりと呟いて、また、真上をボゥッと眺める。


「さて、可愛い可愛い妹の危機だ。そろそろ、動き出さなくちゃな」


 意を決したかのように、京介は呟く。と同時に、鬼の身体からは荒々しい深紅が、禍々しい紅蓮が、メラメラと噴き出す。


「ゥォォォォォオオオオオ!!!!!」


 激しく、猛々しく燃え上がるそれは、辺りにある白骨を一つとして残さず、炭へと代えていく。

 そして巻き上げられた灼熱の渦が、この世界唯一の天蓋に向かい飛翔し始める。

 ……いいや、そんな美しい言葉ではない。暗く汚らわしいマンホールの蓋に向かい、その壁を這うように、嘗めるようにして焔は登っていく。







 ―――本当の恐怖は、まだこれからだと言わんばかりに。

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