表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼取屋  作者: 石馬
第弐幕「鬼取屋」
17/63

怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜3」

 何処にでもある学校、何処にでもある制服、然しそんなものでも、通う人間、着る人間が素晴らしければ、この上なく素晴らしいものへと昇格する。つまり、そういうことだ。


「パァラダイスやぁあ!!」


 …………と、興奮した口調で叫んでいるのは、妖怪相談請負事務所鬼取屋の職員、天童切丸。

 恍惚の表情を浮かべる彼、そんな彼に軽蔑の視線を向ける少女が一人。


「あ、アンタなにやってんの? てか、なんでこんなところに………、てかてか、なんでアンタがウチのガッコの制服着てんのよ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、容赦なくツッコミを入れているのは、中井深雪という少女。某高等学校に通うごく普通の女子高生である深雪、そんな彼女が通う高校の男子と同じ制服を、切丸は着ている。


「いやぁ、やっぱほらあれやん。か弱い女の子が人外の魔物に襲われそうな状況、そんな時には、やっぱボディーガードが必要やろ?

 僕はそういう役や。なんも気にせんで良えで」


 誇らしげに説明する切丸、然し彼の視線は、深雪にではなく、既に別の女子高生に向けられている。

 そんな彼をまるで汚いもののように見る深雪、気まずいと思ってか、切丸は深雪に話を振った。


「ん? 何? その目。ああ、なんや焼きもち妬いてんの?

 大丈夫やて、一番可愛ぇのは、こん中じゃダントツで深雪ちゃんやで」


「…………」


「あれ、どないしたん? ここ喜ぶところやで」


「…………」


「な、なんでそんな目ぇするん!? 良ぇやん! 別に久々のJKに興奮するくらい良えやん!!」


 涙目で語る切丸に、深雪は止めの一撃を刺す。


「……変態」


 手を付き膝を付く切丸、そんな切丸を無視して、深雪は一人登校する。


「なっ!? ち、ちょっと待って!! これじゃ警護の意味ないやん!!」


 深雪の行動に慌てて追いかける切丸。一見微笑ましい、そんな二人の姿を、始終観ていた存在がいたことに彼等は気付いていなかった。







 時は流れて今は放課後、一人で帰るのが習慣だという深雪に、切丸が付き添う形で二人は歩いていた。


「ねえ、いつまで付きまとうのよ? 私にプライベートはないわけ?」


 最早諦めとも取れるその言葉を切丸が聞くのは、今日で何回目になっただろう?

 そんな正直どうでも良いことを考えながら、切丸は答える。


「何時迄もや。大体、この時間帯が一番危ない時間やで。

 朝でも夜でもない夕方は、妖怪達が一番元気になる刻や」


 気怠るそうに答える切丸。その後は特に何ということもなく、ただ時間が過ぎ、目的地までの距離が縮まっていく。

 目的地、中井深雪の自宅。別に、家の中が安全という訳ではない。家にいても、何もしなければ人外は部屋の中に入って来る。



 謂わば、気休め。

 深雪はそんなこととは露知らず、自宅まで来て安堵の息を吐く。


「いつぶりかしら、あの女の子に会わないで家に帰ってこられたの。

 ありがとね」


 そう言って家の中へと入って行く深雪を切丸は確認した。そして、自分もごく自然に部屋へ入って行く。


「ちょっと待った! 何故にアンタまでウチに入ってくんのよ!」


「いや、やっぱり女の子一人にするんは危ないと思って……」


「アンタ入れる方がよっぽど危ういわよ!!」


 深雪は何処から持ってきたのか、切丸に向かってフライパンを思いっきりぶつけてきた。

 ふがっ、と短い呻き声を上げて切丸は大きく後ろに倒れた。


「いや、これはマジな話やで! やっぱ家ん中にその女の子が入ってくるか分からんのに、一人には出来へんて!!」


 釈明すること1時間、切丸はやっとのことで中井家宅に上がることを許された。但し深雪の半径1メートル以内には近づかない付かないという条件付きで……


 暫く、二人だけの時間が過ぎていった。

 勿論、切丸が望むうふふな展開などあるわけもなく、夜は更けていく。

 約束通り深雪から1メートル離れて、切丸は四方によく分からない文字が書かれている紙を張っていた。そんな行動を疑問に思ってか、深雪は切丸に尋ねる。


「……なにやってんの、アンタ?」


その問いに、切丸は抑揚なく答える。


「結界を張ってるんや。こうしとけば、外から来る妖怪に対しては此処に近付けへんからな」


「………」


「ん? どないしたん、また僕変なこと云うたかな?」


 やってしまったとばかりの表情を見せる切丸に、深雪はゆっくりと首を振る。


「違うよ。さっきアンタが言ったこと。

 外から来る妖怪に対して、って、じゃあやっぱり最悪私狙いの妖怪って、もうこの家の中にいるかもってことでしょ?

 もしそれがその通りで、例の女の子が現れて、私が今にも襲われそうになったら、どうするのかなって……」


切丸はその言葉を聞き、少し不機嫌な口調で答える。


「そういう時の為に僕がいるんや。ちょっとは信用して?」


 その言葉は、今日の中で一番、頼りになる一言だった。少なくとも、彼女はそう思った。


 そして、二人は距離を縮めていく……


「……、深雪ちゃん……」


「切丸さん……」


 深雪は少し顔を赤らめて、そして、口を開く……


「近い、半径1メートル以内に近寄らないでって言ったでしょ! このエロがっぱ!!」


「え? はっ? ち、ちょっと待って!?

 そういうことと違うん? なんで? なんでそうなんの?」


 そんな困惑した表情をする切丸を見て、少女は、やっと笑った。

 今まで張りつめていた糸が、スッと緩まったような気がした。


 ……その時だった、不意に、いやいきなり、家が音を立てて揺れだした。震えだしたと言った方が正しいかもしれない。

 とにかく、それは突然起こった。


「キャアアアア!!!!」


 響いたのは、少女の悲鳴。少女は蹲って、声にならない声で何かを言っていた。


「イヤ、なんで? なんでこんな所にまで来るのよ?

 なんで? なんで私の家の、家の中にマンホールがあるのよ」


 その言葉を、切丸はワケも分からず聞いていた。いや、理解できなかった。何故なら、切丸にはマンホールどころか、例の女の子の姿さえ視えていなかったのだから……

 切丸が視ていたのは、ただ恐怖に震えている少女だけだった。


「なんなんや一体。

 ………一体、何がどうなってんねん?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ