怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜3」
何処にでもある学校、何処にでもある制服、然しそんなものでも、通う人間、着る人間が素晴らしければ、この上なく素晴らしいものへと昇格する。つまり、そういうことだ。
「パァラダイスやぁあ!!」
…………と、興奮した口調で叫んでいるのは、妖怪相談請負事務所鬼取屋の職員、天童切丸。
恍惚の表情を浮かべる彼、そんな彼に軽蔑の視線を向ける少女が一人。
「あ、アンタなにやってんの? てか、なんでこんなところに………、てかてか、なんでアンタがウチのガッコの制服着てんのよ!?」
素っ頓狂な声を上げ、容赦なくツッコミを入れているのは、中井深雪という少女。某高等学校に通うごく普通の女子高生である深雪、そんな彼女が通う高校の男子と同じ制服を、切丸は着ている。
「いやぁ、やっぱほらあれやん。か弱い女の子が人外の魔物に襲われそうな状況、そんな時には、やっぱボディーガードが必要やろ?
僕はそういう役や。なんも気にせんで良えで」
誇らしげに説明する切丸、然し彼の視線は、深雪にではなく、既に別の女子高生に向けられている。
そんな彼をまるで汚いもののように見る深雪、気まずいと思ってか、切丸は深雪に話を振った。
「ん? 何? その目。ああ、なんや焼きもち妬いてんの?
大丈夫やて、一番可愛ぇのは、こん中じゃダントツで深雪ちゃんやで」
「…………」
「あれ、どないしたん? ここ喜ぶところやで」
「…………」
「な、なんでそんな目ぇするん!? 良ぇやん! 別に久々のJKに興奮するくらい良えやん!!」
涙目で語る切丸に、深雪は止めの一撃を刺す。
「……変態」
手を付き膝を付く切丸、そんな切丸を無視して、深雪は一人登校する。
「なっ!? ち、ちょっと待って!! これじゃ警護の意味ないやん!!」
深雪の行動に慌てて追いかける切丸。一見微笑ましい、そんな二人の姿を、始終観ていた存在がいたことに彼等は気付いていなかった。
時は流れて今は放課後、一人で帰るのが習慣だという深雪に、切丸が付き添う形で二人は歩いていた。
「ねえ、いつまで付きまとうのよ? 私にプライベートはないわけ?」
最早諦めとも取れるその言葉を切丸が聞くのは、今日で何回目になっただろう?
そんな正直どうでも良いことを考えながら、切丸は答える。
「何時迄もや。大体、この時間帯が一番危ない時間やで。
朝でも夜でもない夕方は、妖怪達が一番元気になる刻や」
気怠るそうに答える切丸。その後は特に何ということもなく、ただ時間が過ぎ、目的地までの距離が縮まっていく。
目的地、中井深雪の自宅。別に、家の中が安全という訳ではない。家にいても、何もしなければ人外は部屋の中に入って来る。
謂わば、気休め。
深雪はそんなこととは露知らず、自宅まで来て安堵の息を吐く。
「いつぶりかしら、あの女の子に会わないで家に帰ってこられたの。
ありがとね」
そう言って家の中へと入って行く深雪を切丸は確認した。そして、自分もごく自然に部屋へ入って行く。
「ちょっと待った! 何故にアンタまでウチに入ってくんのよ!」
「いや、やっぱり女の子一人にするんは危ないと思って……」
「アンタ入れる方がよっぽど危ういわよ!!」
深雪は何処から持ってきたのか、切丸に向かってフライパンを思いっきりぶつけてきた。
ふがっ、と短い呻き声を上げて切丸は大きく後ろに倒れた。
「いや、これはマジな話やで! やっぱ家ん中にその女の子が入ってくるか分からんのに、一人には出来へんて!!」
釈明すること1時間、切丸はやっとのことで中井家宅に上がることを許された。但し深雪の半径1メートル以内には近づかない付かないという条件付きで……
暫く、二人だけの時間が過ぎていった。
勿論、切丸が望むうふふな展開などあるわけもなく、夜は更けていく。
約束通り深雪から1メートル離れて、切丸は四方によく分からない文字が書かれている紙を張っていた。そんな行動を疑問に思ってか、深雪は切丸に尋ねる。
「……なにやってんの、アンタ?」
その問いに、切丸は抑揚なく答える。
「結界を張ってるんや。こうしとけば、外から来る妖怪に対しては此処に近付けへんからな」
「………」
「ん? どないしたん、また僕変なこと云うたかな?」
やってしまったとばかりの表情を見せる切丸に、深雪はゆっくりと首を振る。
「違うよ。さっきアンタが言ったこと。
外から来る妖怪に対して、って、じゃあやっぱり最悪私狙いの妖怪って、もうこの家の中にいるかもってことでしょ?
もしそれがその通りで、例の女の子が現れて、私が今にも襲われそうになったら、どうするのかなって……」
切丸はその言葉を聞き、少し不機嫌な口調で答える。
「そういう時の為に僕がいるんや。ちょっとは信用して?」
その言葉は、今日の中で一番、頼りになる一言だった。少なくとも、彼女はそう思った。
そして、二人は距離を縮めていく……
「……、深雪ちゃん……」
「切丸さん……」
深雪は少し顔を赤らめて、そして、口を開く……
「近い、半径1メートル以内に近寄らないでって言ったでしょ! このエロがっぱ!!」
「え? はっ? ち、ちょっと待って!?
そういうことと違うん? なんで? なんでそうなんの?」
そんな困惑した表情をする切丸を見て、少女は、やっと笑った。
今まで張りつめていた糸が、スッと緩まったような気がした。
……その時だった、不意に、いやいきなり、家が音を立てて揺れだした。震えだしたと言った方が正しいかもしれない。
とにかく、それは突然起こった。
「キャアアアア!!!!」
響いたのは、少女の悲鳴。少女は蹲って、声にならない声で何かを言っていた。
「イヤ、なんで? なんでこんな所にまで来るのよ?
なんで? なんで私の家の、家の中にマンホールがあるのよ」
その言葉を、切丸はワケも分からず聞いていた。いや、理解できなかった。何故なら、切丸にはマンホールどころか、例の女の子の姿さえ視えていなかったのだから……
切丸が視ていたのは、ただ恐怖に震えている少女だけだった。
「なんなんや一体。
………一体、何がどうなってんねん?」