怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜2」
応接室には、三人の人間がいた。
一人は窓際の椅子に腰掛け、一人はテーブルを挟みその向かい側に座り、一人は壁際にもたれ掛かっている。
「……で、何の相談だ」
話を切り出したのは、窓際に座っている青年、鬼丸京介。彼はいつもの口調で向かいの少女に問う。
「なんのっていうか、その……自分でもよくわかんないだけど……、その、えっと……」
京介の意外な厳しさに困惑したのか、しどろもどろする少女に対し壁にもたれている少年が助け船を出す。
「まあまあ、京さんそんな厳しくせんと、相手は女の子なんやからもっと優しくせな。見てみ、困ってるやん」
少年、天童切丸は宥めるように京介に言う。然し京介は全くその声を気に掛けずに少女を問い詰める。
「だから何の相談なんだ? 言わなきゃ答えられないだろう。
それとも、何も解らずに此処に来たのか?」
その厳しい口調は畳み掛けるように、少女を攻撃するかのように紡がれる。
「……確かに、私は、よく分からないままここに来たけど、……でも、アンタたちの仕事なんてそういうものじゃない。
よく分からないことを解決してくれるのが、アンタたちの仕事じゃないの?」
京介の詰問に堪えきれなくなったのか、少女、基依頼主である中井深雪は反論する。
その反論はある意味ではとても的を射ている。妖怪に襲われた人間の記憶は、人間の存在は、完全に抹消される。
それが個人だとしても、集団だとしても、如何なる存在でも大衆の記憶には絶対に残らない。
もしこの少女の知り合いが妖怪に殺されたとしても、少女にそれを知る術は、無い。
少女に何等かの霊的能力が備わっていなければ……
ならば何故この少女が此処へ依頼に来たのだろうか? 京介の質問の意図は其処にあった。
何も分からないのに、こんな胡散臭い所に来る人間はいない。
だから京介は黙っていた。黙って、少女に対してその厳しい視線を与え続けた。その威圧に少女は諦めたのか、重い口を開き訥々と話し始めた。
「分かったわよ、言うわ。
……私の近所の噂に、『マンホール』っていうのがあるの。話くらいは知っているんじゃないかしら?」
「あぁ、今日美雨ちゃんに話したヤツやな。マンホールの上に女の子がぴょんぴょん跳ねとって、代わりに跳んだらマンホールに真っ逆さまになるっていうヤツやろ?」
応えたのは切丸。少女が来る前に話した都市伝説をなんとなく要約する。
少女は頷いて、また話を続ける。
「その話の通りの女の子が私の前に現れたの。
ぴょんぴょんぴょんぴょん、楽しそうにマンホールの上を跳んでいる、凄く不気味な女の子に……」
彼女は思い出したように、あの時の恐怖に自分の肩を抱く。
「でも、でも噂と違うことがあった。その女の子が、私に言ったのよ。『ねぇ、あなたも跳んでみない』って……
私は怖くなって逃げ出したわ。なのに、その女の子は毎日、毎日毎日毎日、私の前に現れるの。もうイヤ、何とかして私を助けて!!」
絞り出すような少女の懇願に、京介は応えた。
「やっと、言えたな。解った、後は俺達に任せろ」
今まで見せなかった優しげな表情に、少女は安堵する。そして、一度軽く会釈をして、事務所を後にした。
部屋の中は、二人だけになった。
京介と切丸、二人は顔を合わせて会話を始める。
「どう思った、切丸?」
「うぅ〜ん、あれは相当に恨まれててるなぁ。
逆恨みかどうかは別としてあの娘、多分何かやらかしてる」
「同感だ。切丸、あの娘を少し見ててくれないか? 俺はちょっと調べたい事がある」
切丸が頷くと、二人はその部屋から出て行った。
――部屋の中には、誰もいなかった。