怪ノ参「中井深雪〜終り無き数え唄〜1」
「……う……ゅう…………ゅう、き…………う……う……」
何処からか、聞こえてくる。
その声は、とても無邪気に、楽しそうに何かを言っていた。
なんと言っていたのかは聞き取れなかった。
今は夕暮れ時、辺りはすっかり暗くなってきている。そんな中、一人の女の子が、マンホールの上に立っていた。
いや、立っていたというよりは、跳んでいた。
ぴょんぴょんと無邪気に、どうやらさっきから聞こえてくる楽しそうな声は女の子のものらしい。
よく耳を澄ませるとその女の子は「きゅう、きゅう、きゅう、きゅう」と言っていた。
暫くすると、楽しそうに跳んでいる女の子の前に、もう一人別の女の子が現れた。
その女の子は何が面白くなかったのか、跳んでいた女の子を押し退け、自分がぴょんぴょんと跳び始めた。
「きゅう、きゅう、きゅう………」
そう声も添えて……
その女の子は気が付かなかった。その言葉の意味が――
不意にマンホールの蓋が開き、さっきまで跳んでいた女の子は地下の下水に落ちてしまった。上を見ると、既に蓋がされているのか、光が届いていない。
落ちた女の子は必死で助けを呼んだ。それこそ涙を流しながら。
……そんな女の子の声が届いたのか、天井から声が聞こえてきた。
「じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう、じゅう……………………」
…………、………………それは、女の子の戯れを邪魔する輩達が何人、このマンホールの下に閉じ込められたかを表す言葉だった。
「いぃぃぃやぁぁぁぁ!!」
「ギャハハハ! メッチャ良いリアクション!! やっぱ素人さんええわあ!!」
ああ、怖かった。怖くて怖くて心臓がちっちゃくなっちゃうかと思った。いやまぁ、心臓は元々おっきくなったりちっちゃくなったりを繰り返したりするのですが……。
私が言いたいのは心臓が全身血を送り届けた瞬間に止まってしまったというか、凍ってしまったというか………とにかく何が言いたいかというとマジでガチでホンキでホントに真剣に怖かったんだってば!!
コノ怨ミダレニブツケヨウカ……。
取り敢えず話をした張本人、目の前の男か女か解んない似非関西訛りのお兄さんに今の私の怨み辛みを吐き出した。
「ちょっと切丸さん!! 何ですかその話、怖くて心臓バックバクですよバァックバク!!」
「んな事云うたかて、僕は先に怖い話しましょて云うたやん。だいたい、こぉぉぉんなレベルの話で怖がるなら、端から聞かなきゃ良えやん?」
そ、それを言われると痛い。なんか小さい頃から幽霊さんが見えた私は、それを克服するために、半ば無理矢理な感じで他の人が話す怖い話を聞いていた。
そんな習慣でいつも通り目の前にいる黒髪黒眼の一見女性かと思う程の自称美少年のどう考えても私より歳上な似非関西人、天童切丸さんの怖い話を聞いてしまった。
そしたら………メッチャくちゃ怖かったんだよぉ!
「もう、切丸さんの話聞かない。」
拗ねて私がそう言うと、切丸さんは手の平を返したように宥め始めた。
「まあまあ、美雨ちゃん。そんな事云わんと、な、な、仲良くしよっ!」
どうやら私以外に怖い話の出来る人間がいなくて困ってるらしい。私が京介さんの方を見てみると……
「ええ、はい、はい。いやぁ〜、毎度毎度御贔屓にしていただいて有難う御座います。」
…………うん、忙しそうだ。では舞ちゃんは……
「でな、舞ちゃん、其処で僕が颯爽と……って何処行くん? まだ此処からが良え所――」
「私には、関・係、ありませんから!」
うわぁ〜、見事に一蹴されてるよ。何だか見ていて可哀想になってきたよ。今ここに屍がいるよ。
まぁ詰まる所、切丸さんは暇潰しに私と遊びたかっただけなのか。なかなかにかわゆい部分もあるではないか。
まぁ彼が好きなのはどう見ても舞ちゃんっぽいけど、気にしない。私は断じて気にしない。
仕方がないから私が切丸さんと遊ぶ事10分、ピンポーンと不意討ちの如くインターホンが鳴って、私はビックリした。
「にゃっ!?」
奇声をを上げた私に、さっきまで仕事をしていたはずの彼がツッコミを入れる。
「何だその恥ずかしい鳴き声は!」
去り際に一発、ペシッと私の頭を叩くと、京介さんは玄関まで歩いていく。やっぱりお客さんが来たみたいだ。
京介さんと一緒に入ってきたのは、私と同い年くらいの女の子。だけど目の下に隈があったり、手入れのされていないボサボサの髪が、彼女を一層老けて見せている。一見すると、30代にも見える。そのくらい、彼女はやつれているように私には見えた。
彼女の名前は、中井深雪さん、18歳、地元の学校に通う高校三年生。
彼女の相談が私が鬼取屋に来て初めての依頼、そして彼女が、私が鬼取屋に来て初めての依頼人だった。






