怪ノ弐「鬼丸京介〜心霊相談請負事務所鬼取屋〜4」
え? 今、この人は何て言ったの? 私が存在してないって、どういう事?
それって、私が……
――「死んだ」って事?
じゃあ今ここにいる私は何? 幽霊?
死んだことに気が付かない幽霊がいるっていうのは聞いたことがある。だけど、今の私がそれ? 嘘、そんなのって、あり得ない。
私は自分の体を触ってみる。いつも通りの感触だ。今度は目の前にいる鬼丸さんを触ってみる。……ちゃんと触れる。やっぱり私は生きてる。
「何を言ってるんですか? 私は今こうやって生きてるじゃないですか。
何で私が死んでるなんて、笑えない冗談にも程がありますよ」
分かっている。これが冗談じゃないことくらい。それくらい、この人の表情を見れば、真剣な表情を見れば分かる。でも私には、事態がさっぱり分からない。分からないのに受け入れることなんて、私には出来ない。
「だって、おかしいじゃないですか。
今ここにいる私が、存在してないなんて。私は、ここにいます」
そう言った私に、鬼丸さんはとても悲しい表情をして話し出す。
「よく、聴いてくれ。今ちゃんと事情を説明するから」
静かにそう言って鬼丸さんはゆっくりと私に説明し始めた。
「妖怪に殺された人間は、この世界にいる全てから忘れられるんだ。
家族も友達も、誰も彼等の事を覚えていない。記録からも抹消される」
だから何? 私は最初、彼が何でそんな話をしたのか理解できなかった。その後の、彼の言葉を聞くまでは。
「だから、あの碧鬼に殺されたお前の友達は、誰の記憶にも残っていないんだ。」
言葉を失った。彼が何を言ったのか、今度こそ理解できなかった。違う、それだけは、絶対に理解したくなかった。
「ちょっと待ってください。それってどういう意味ですか?
皆の事を誰も覚えてないって、そんなの、あり得ないじゃないですか? だって、私はこうして覚えているんですよ!?
ユメちゃんの事も、ミキちゃんの事も、昨日の事は全部覚えてます!」
何を言ってるの、この人は? だってこの人だって昨日の事覚えるのに、何でそんな事を言えるの? 何を根拠に、そんな事を言うの?
鬼丸さんはまたゆっくりと話し出す。私の声が届いてないかのように。
「妖怪に殺された人間を覚えているのは、妖怪に殺される瞬間を見た人間と、一緒に襲われた人間、そして、俺達みたいに特別霊感の強い人間達だけだ」
その優しい口調が逆に冷たく聞こえた。何を言ってるの? ホントに、ホントに……
「ホントに、何を言ってるんですか? 大体、さっきから話が逸れてます!
私がここに存在してないって、あなたはそう言ったんですよ? これじゃあ、存在してないのは皆みたいじゃない!」
彼の表情は俯いていて分からないけど、今の私にはこの人が昨日の悪魔と変わらないように見える。
「なに黙ってるのよ! この卑怯者!」
自分でも、取り乱しているのはよく分かっている。でも、堰を切ったこの感情をぶつけなくちゃ気がすまない。この人にぶつけなきゃ、私を保てない。
「まだ、話は終わってない」
唐突に、彼はそう言った。私を制止するように、優しいけれど強い口調。
「妖怪が襲ったのが昨日みたいな一つの集団だった場合、その集団の大部分が殺された場合は、その集団そのものの存在が消える。
つまり、あのクラスにいたお前の存在も、この世界にはもう残っていない。俺が、お前はもうこの世に存在していないって言ったのは、そういう意味だ」
……そんな、嘘、嘘よ。
「ウソよ!! 大体、何で生きている私まで消えてなくちゃいけないんですか?」
そんな無理矢理な設定で納得できるほど、私の脳は出来ていない。あり得ない、そんなの、アリエナイ!!
「何で、被害者の私達がこんな仕打ちを受けなきゃならないんですか!?」
部屋中に、私の叫びが谺した。
彼は黙っていた。黙ったまま立ち上がり、なんにも言わずに部屋を出ていった。
私は泣いた。独りで声が渇れるまで泣き続けた。私の体を覆う白いシーツが、びしょびしょに濡れて重くなっても、泪は止まらなかった。