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鬼取屋  作者: 石馬
第壱幕「出逢い」
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怪ノ弐「鬼丸京介〜心霊相談請負事務所鬼取屋〜3」

 扉を三回、京介はノックした。

 返事はない。少し躊躇いながらも、彼は其の扉を開ける。

 規則正しく並べられた三つのベッド、棚に無造作に置かれている薬品の数々。ベッドの横の机には、その少女が食べたであろう食べ掛けのお粥が置かれ、医務室特有の匂いが、部屋いっぱいに充満している。

 其の空間の中で、少女は寝息を立てていた。

 すやすやと静かに、枕に自分の顔を預ける其の姿は、年相応のあどけなさを感じさせる。

 ――この子に、今の現実を受け入れる事が出来るだろうか? そんな不安を持ったまま、少女の肩に片手を乗せ優しくその細い体を揺する。

 ゆっくりと瞼を開く少女に、京介は優しく微笑みかける。優しい笑顔? そんなものは気休めでしかない。これから少女に教えるのは、あまりに残酷な結末なのだから。


 ――お早うございます。昨日の事を覚えてかそうでないのか、京介に向かって満面の笑顔を見せながらそう言った。

 其の笑顔のあまりの眩さに、彼の信念は少し揺るがされた。

 無言のまま、何も言おうとしない京介を不思議に思ってか、美雨は京介に語りかける。


「何か、用があったんじゃないんですか?」


 京介は頷く。そして無言のまま、壁に立ててあったパイプ椅子を一つ、自分の下に引き寄せて座る。

やっと、彼は話し出した。


「お前に、言わなきゃいけない事がある」


 その後の言葉を、なかなか繋ぐことが出来ない。痺れを切らした美雨は、自ら質問することにした。


「一体何なんですか? 大事な話って……勿体振らないで教えて下さい。」


 少し荒くなった美雨の声に、京介は諦めたように話し出した。


「解った。昨日の事は、覚えているよな?」


 京介の言葉に、美雨はコクンと頷く。その反応を確認した京介は、続けざまに質問を投げ掛ける。


「じゃあ、昨日の事を何処まで理解してる?」


 今度は首を傾げて、美雨は答える。


「全く分からないです。先生だと思っていた人が、ある日突然私達を襲ってきて、貴方が私を助けてくれるまで、皆を喰い散らかして……」


 あの日を思い出して、美雨は言葉を詰まらせる。それを察した京介が彼女の話を其処で遮る。


「じゃあ何で襲われたのか、今がどんな状況なのか、解らないんだな?」


 無言で頷く美雨を確認して、京介は説明を始めた。


「成る程な。じゃあ、最初から説明させてもらうぞ。

 お前達を昨日襲った奴、彼奴は碧鬼という名の妖怪だ。彼奴は集団の中に紛れ込み、人々と全く同じ生活をする。そして信頼させた上でそれ等の人々を喰らう、下衆な野郎だ。」


 最後の一言は、まるで吐き捨てるように京介は言った。美雨の反応を見ることもなく、尚も京介は話を続ける。


「恐らく、お前達のクラスは今年の春には目を付けられていた。彼奴はお前達の担任としてこの三ヶ月間を共に過ごし、偽り、そして昨日、行動を起こした。」


 京介から一通りの説明を受けた美雨は、其処で一つの疑問を投げ掛けた。


「あの、幾つか質問があるんですけど、良いですか?」


 京介が頷くのを見て、美雨は話を続ける。


「その、さっきからあの鬼の事をよく知っているみたいな話し方ですけど、何でそこまで知っているんですか? それと、何であの鬼の人間の姿と、貴方の姿は一緒なんですか? あと、何で貴方はこんなことをしているんですか?」


 京介は最初、不思議な顔をしつつも、目の前の少女の疑問は当然だと悟り、それに答えることにした。


「俺とあの碧鬼にはちょっとした因縁があってな、俺と彼奴の姿が同じだったのもその所為だ。

 因みに俺の名前は鬼丸京介、この仕事、人間と妖怪の揉め事を解決する心霊相談請負事務所、『鬼取屋』の所長だ。多分彼奴の使ってた名前と同じはずだぜ。」


 京介の説明に頷く美雨だが、イマイチ質問の答えになっていない気がしてならない。

 妖怪や怪物の類いは、美雨自信霊視できるので信じられない訳ではない。寧ろこういった職業は何処かに必ずあるんだろうと考えていたこともあった。 

 然し、一体どんな因縁があったのか? それが同じ人間の姿にどう関係しているのか? それがまるで分からない。

 結局の所、彼は核心について何も答えていないのだ。


「他に質問は?」


 美雨は、そう言った京介にその事を質問しようと試みる。


「一体どんな因縁があったんですか?」


 尤もなはずのその質問に、京介は顔を歪める。どうやら其処は触れられたくない部分だったらしい。

美雨は慌てて、「あ、いや、答えたくないなら別に良いです」と手を振りながら訂正すると、「そうか」と心なしか安堵の表情を見せながら、あっさりしたくらい簡単に引き下がる。


 刹那の沈黙の後、京介はまた話し出す。


「次に、お前の現在の状況なんだが……」


 今さっき以上に真面目な顔をして、京介は語りだす。出来れば言いたくはなかった、あまりにも残酷な結末。


「――お前は、今この世には存在していないんだ」


 冷たい空気と共に、永い沈黙が、二人を包み込んだ。

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