3話 シキとトクタイ
うちの高校は、近隣ではそこそこ名の知れたいわゆる進学校というやつなのだが、それなのに(それだから?)変なところがかなりの数ある。その一つが、この入学式だ。
入学生の140人は全員、このアリーナに集められて式典に参加する。席には受験したときの番号が書いてあって、その通りに腰を掛けて始まりを待つ。始まったらまずは校長の挨拶、生徒会長の挨拶がある。校長の挨拶はまあ長く、生徒会長の挨拶は必要最低限にしてくれている。
なんだ、わりと普通じゃないかと突っ込みたくなるだろうが、もう少しだけ待ってくれ。
変なのは、この次。
「それでは、これよりクラス分けを行います。」
そう。この学校はこの場で新入生のクラス分けをするのだ。本当に事前には決まっていないらしく、一人ずつ壇上に呼ばれて、その場で校長が決める。どこかの魔法魔術学校みたいだろ?
まあこれのせいで式自体がクソ長いから、親が出席していなかったり、途中退室していたりしても誰も気にしないというのは良い所かもしれない。
「001番、新木祥。」
「はい。」
「ふむ……C組じゃ。」
「っ!ありがとうございます。」
「002番、四釜有紀。」
「はい。」
「ほほう。A組じゃ。」
「っ!ありがとうございます!」
「003番、猪上寅。」
「はい。」
「ふぅむ…G組。」
「……ありがとうございます。」
ちなみにこの学校、クラスごとの格差があるわけではないと、校長本人から明言されている。だからA組だからと喜んだり、G組だからと落ち込んだりする必要は無いはずなのだが……
「085番、染木まさと」
「…はい。」
考えにふけっていて一瞬反応が遅れたことで焦り、少し裏返ってしまった声に頬がほのかに染まった俺を見て校長はささやかに笑う。
「よい。B組じゃ。」
「?…ありがとうございます。」
「086番ーー」
なにかがおかしいはずだ。組み分けの温度差も今の校長の言葉にも、なにか違和感がある。
例えるなら、グリフィンドールとハッフルパフ、それにスリザリンとレイブンクロー。その他にも寮があったみたいな…ヌルペイルみたいな。いや、違うな。そもそもこの学校自体になにか……
「一般生はこれで全員じゃ。各々勉学に部活に恋愛にと励むように。」
ん……?一般生?
「それでは、特待生の紹介を。壇上に来たまえ。」
特待生…だと……?
聞き馴染みのない単語に耳を疑うと同時、壇上に姿を表した4人の生徒、その中のひとりに目が釘付けになる。
「あのときの……」
それは紛れもない、正門で少ないながらに言葉をかわした少女だった。そして今の俺にとっては、数少ない既知の存在。俺は他の違和感なんてそっちのけで、一つの情報も落とさぬように全身で聞く体制になる。
「まずは一番。前へ。」
「薊透佳で〜す。特待主席で〜……なんだっけ。えーっとぉ、たぶんえー組なのでよろしく〜。」
……特待生、大丈夫か?
彼女は主席じゃなかったのかというほんの少しの落胆と同時に浴びせられた主席の段階でのコレに、俺は一房の不安を実らせる。どう見てもこれは実力では……
「あ、薊くんはこう見えて、座学満点での特待入学じゃ。仲良くするように。」
いや凄すぎだろ。満点!?合格点たしか6割いかないくらいだったよな……校長すら若干ヒいてるし。
それに驚いたのは俺だけではないようで、会場全体にどよめきが広がる。
「静粛に。これ以上式を長くするのは諸君とて望まないじゃろう。」
ーー元々の長さは誰のせいだよーー
会場全体が心のなかで一斉にこう唱えたことはひとまず置いておいて。
「では二番。前へ。」
スッと、まるで音がこの世から消え去ったかのように。細かく波立っていた場内が、一瞬にして凪いだ。彼女はただ、前へと言われて一歩を踏み出しただけなのに。誰も彼もが彼女の一挙一投足から目を離せない。
「高峰りんと言います。比良の詩仙中学という所から来ました。B組にということなのですが、ぜひ皆さん仲良くしてください。」
彼女が一礼をして話し始めてから、話し終わって一歩下がり、また一礼をするまで。
その間口を開いた人はおろか、衣擦れやちょっとした靴が擦れる音の一つすらなく。
その空間は彼女だけが存在することを許された聖域のようだった。だがそれも、彼女が座るまでのこと。
「ーーーぉ」
絞り出されたような、または意図せず出てしまったような。判断するのが難しいくらいに小さく、誰が放ったかもわからないかすれ声。
彼女が座るのとほぼ同時に発せられたその声に、緊張の糸がぷつりと切れる音が重なる。まずぃ
「うぉぉぉぉぉぉお!!!」
俺が耳を塞ぐよりも早く、民衆は声を上げ、手を掲げて打ち鳴らした。これがほんとの拍手喝采か…等と言う余裕すらない。
彼らは独裁者のプロパガンダに踊らされ、熱狂的に支持をする国民のように。夜まで続いた祭りのクライマックスのように。または初めて仲間を見つけた猿のように騒ぎ立てた。
確かに先の静寂も異様だったが、これもまたとても正気だとは思えない。ここは新学校とは名ばかりの動物園だったのではと思ってしまうくらいにはヤバい。
「静寂に、静粛に。」
どうやら校長は例外のようで、なんとか場を鎮めようと壇上のマイクを使って声を張っている。まあ、誰の耳にも届いているようには見えないけど。
でも俺とて、このままずっと騒音の中で静かに息をひそめるわけにもいかない。どうにかしないといけないと思い、改めて周囲を見回してみてみる。だが、他にうるさくしていない生徒は見当たらない。
「俺と本人と校長だけか……」
なんだか、猿山に閉じ込められたような気分だな。気持ち悪くなりそう。
騒音に耳を貸さない用に気をつけながら考える。この事態を収束させる手立てを。
校長を見るに、音でどうにかするのは望み薄だ。ならどうする……?
壇上から始まったことだ。壇上に上がってなにかすれば収まるだろう。
自分の中の声が、そう言ってくる。確かに、そうなのかもしれない。いや、そうなのだろう。それでしか解決は無理だと、直感的な部分で確信している。でも……
誰が?
俺はヒーローじゃない。困っていた店先のアルバイト一人ですら助けられない、ただの愚図だ。そんな俺に何ができようか。こんな規模の騒動、しかも皆が正気じゃない。理由も不明。壇上に上がってもなにをすればいいかも分からない。そもそもいま壇上には校長がいる。それでも収まらないということは……
俺は必死に、自分が動かなくていい理由を列挙した。まったく、我ながら情けないものだ。
憧れておきながら、それに近づくチャンスを掴んでおきながら。それでいてなにもしないなんて。
「静かに。」
俺の自嘲を破り捨てるようにして、凛とした声がアリーナ全体に響き渡る。
決して大きくはない声なのに、その声には力があった。自然と声のした方に顔が向く。それは壇上、さっきまで校長がいた中央教壇のあたり。そこに彼女……高峰りんが立っていた。
高峰は俺の方を一瞥すると、なんとも言えない表情を浮かべて曖昧に笑った。
その笑顔には、いくらの不気味が重なったとしてもかき消されない価値があると感じた。
ご一読いただきありがとうございました。
感想や評価をいただけると今後の励みになりますのでよろしければ是非お願いします。