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伝説の偽者  作者: ひじき
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19話 ゼツミョウとカクサクと

私の言葉が止まったとき、私は私に戻ってくる。そして戻ってきた私は、どうして止まったものかと状況を把握しようとして、首を少し引いて。

ぴちゅんと水がはねるような音がした。その音がしたのは、すぐそこ。目と鼻の先ですらない、完全な0距離で。

…………

…………

カチカチカチカチ

戻ってきた音が、しかしこの状況に遠慮して誰も騒ごうとしない。ただ一人、時計を除いては。

その無神経な時計が秒数を刻む音が、現実をふたりに知らしめる。これは夢幻想ではないと、突きつける。それからしばらくしてやっと、ふたりが追いつくときがやってくる。

「ーーーーっっ!!きっっっ!?」

「〜〜〜っ!?!?」

前代未聞だろう。した方もされた方も、どちらも驚くキスだなんて。声にならない声をあげながらあたふたするふたりを見ているものがいるとするならそれは、なんとも言えない罪悪感に苛まれること間違いなし。こんなにもピュアな反応、見ている方が恥ずかしくなる。


「ごめん。」

「ううん。」

どのくらい悶えただろうか、流石にこれではまずいと俺が発した言葉はでも、たった2文で終わってしまう。

「「あの」」

また重なる。言葉が同じ波長を持っているみたいに、必然的に。でももう曖昧にはならない。曖昧にするには、もうすることを済ませすぎているから。

「返事を聞いてもいいかな。」

この場に先輩がいれば「唇を奪っておいてなにを言うか」と突っ込まれそうな台詞だが、そんなことは百も承知だ。いま必要なのは、彼女がどう思っているかをしっかり言葉で聞くこと。

さっきの熱烈なラブコールは、俺も彼女もどこかおかしかったからノーカンだろうと思うから。それは彼女も同じらしく、彼女は頬を染め直しながら口を開く。

「私も染木くんが好き。」

「そこは下の名前が良かったけどなー」

とは言っても先の熱烈なあれが演技だとは思えなかったから、ほぼ確認みたいな感じだったけど。

こうして俺たちは、晴れて付き合い始めたのだった。


「こっちの棚は全部終わったけど、そっちはどう?」

「うーん、こっちはあと半分くらいかも。」

「分かった。そっち多いし手伝うよ。」

「ん。ありがとう。」

カラッと乾いた秋空で自由気ままに吹く木枯らしが色とりどりに化粧した葉を揺らす音が微かに聞こえる放課後、彼らの自然な会話が響く図書館の隅っこで私は、本に没頭するふりをしながらにやけていた。

「あやつら、ようやく吹っ切れおったな。」

この学校における選挙管理委員は元来より暇が多いことで有名な委員会。なにしろ選挙が自由参加なのだから、昨年のような特例を除いてしまえば、基本的にやることが少ないのだ。

一番手間取るであろう作業が開票ではなく会場の設営だというところからも、その仕事量の少なさがうかがえるだろう。

そこに彼らを推薦した狙いは元より、関係の進展を狙ったものだったのだったのだから、ニヤケ顔にもなってしまうだろう。何があったかを詳しく知ることは無いのだが、それでいい。彼らの物語なのだから、それを私が検閲する必要はない。自由に描けばいい。私はそれを、時間の許す限り外から眺めていたいだけ。

「せめて邪魔はしてくれるなよ校長よ。」

この学校で唯一、彼らの物語をかき乱すことができる存在への釘をうわ言のように空へと投げつつ、私は手元の本を閉じるのだった。

もうすぐ来る、終わりに備えるために。



「はじめまして前会長。現会長の成宮裕司です。急なお呼び出しに応じていただきありがとうございます。」

その男は、なんとも嘘くさい雰囲気を纏っていた。名刺を出す仕草も、お辞儀の角度も、喋り方も。すべてが薄っぺらくて、すべてが信用ならない。

「ご丁寧に。私は会長の桔梗じゃ。ところでまだこの席を受け渡したつもりはないんじゃが、いつから現会長になったのじゃ。」

「へえ。その口調、素だったんですね前会長。」

風見と火車から聞いてはいたが、予想以上のヤバさらしい。前会長を前にかしこまることもなければ、敬う気のかけらも感じられない。なんなら自分から呼び出しておいて遅刻してきているのだが、そこについて謝罪の1つすらないときた。これはまるで、そうしていいと誰かに言われたかのような。

「こんなのが選挙を抜けれてしまうんじゃからクソなんじゃよこの学校の生徒会は。」

「なにか言いました?」

「いいや。会話が長引きそうじゃったから滑舌をちょっとな。」

だがしかし、少なからずこういうのが出しゃばってくることは覚悟していた。アレはこうして追われる価値を有しているから。あいつはアレを諦めないから。だから飛び入りの彼らに図書館そのものを託したというのもあるくらい。

「それで。引き継ぎなんて口実で私を呼び出した本当の目的は何じゃ。」

「あれ、分かると思ったんだけどなぁ。先輩は頭がいいって聞いてたからさぁ。」

見え見えの挑発の端々に透ける自信が、後ろ盾の顔を隠すことなく張り出している。少なくとも私には、それがあいつにしか見えなくて。

「射森は元気か?」

「…知らないなそんな名前。知り合いですか?」

当たりだな。隠しきれていない動揺が生む僅かなタイムラグ、そして急に下手になる芝居。バレバレだ。

射森一茶いもりいっさ。私との選挙の末に敗れた男。しかし彼のスペックは私と並べても遜色ないレベルだったし、非常に弁の立つ奴だった。私とて無敗無敵というわけではなかったが、彼との勝負は久しぶりにヒヤヒヤさせられたものだった。そして彼はなにより、アレに対する執着が凄まじかった。その執着は今も現在のようで、未だに諦めることなく私に刺客を差し向け、アレの奪取を画策している。

まあ実のところ、あいつならばもっといいコマを会長役に据える事もできたろうにと思わなくはないのだけど、反応的にはビンゴ。そもそもあいつは私と会長の座をかけて壇上で勝負した身だ。前例を見ない投票率からしても、あいつを知らないというのには無理がある。とんだポンコツだな。水が濁ってるだけで、底は簡単に透けて見えるほど浅い。呆気ないな射森。これじゃまるで……?まるで……

「おい、成宮とか言ったか。」

「ええ。なんでしょうか先輩。」

「お前の雇い主は今なにをしてる。」

嫌な予感がする。ここまでに露骨なポンコツを生徒会長に据えてきた真の理由。人材不足はまずありえない。彼の派閥はこの校内でも最大レベルで大きい。その気になれば、もっと適役がいたはず。私と喋らせるのだからそれなりに洗練されていないとすぐにボロが出ると、あいつなら分からないはずがない。なら、どうしてー

「さあ?まず雇い主って……っ!?」

高く騒々しい声が思考を遮って醜くも嘘を並べる姿に、私はついつい本気で苛立つ。あの度胸者たちですら足がすくむような剣幕が、キャラを貼り付けただけの偽物に突き刺さる。

「答えよ偽物。射森一茶は今どこにいる」

能力とは無関係、だが人外の能力チカラだと思わざるを得ないその威圧感に押しつぶされそうになり薄っすらと涙を浮かべる偽物はしかし、この学校内に特殊な能力があることすら知らない。知らない人に、幻想ではなく実在するとすら思わせる彼女の威圧は射森としても脅威だった。だから、こいつポンコツを選んだのだ。

「射森さんはーー」

「ーっ!!」

ご一読いただきありがとうございます。

残り少ない日数ではありますが、どうかお付き合いください。

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