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伝説の偽者  作者: ひじき
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18話 キモチ

「「あの」」

俺の勇気を振り絞った言葉が、彼女のそれと重なる。

私の平成を装った言葉が、彼のそれと重なる。

そして無言で喋る順番を譲り合っている間に、ふたりはやっと破れた沈黙が修復するスピードに負けてしまう。

…………

…………

俺は怖かった。彼女がここ数ヶ月おかしかった理由を知ることで、この関係がなにか変わってしまうことが怖かった。

私は怖かった。彼が話しかけてくれるのにうまく返せないことを謝れなかったことで、彼が私を嫌いになってしまうことが怖かった。

ふたりとも、離別など望んではいなかった。だが、ふたりの間に生まれてしまっていた絶妙な距離が、相手にそれがあるのではないかという疑念を生み出してしまった。だからここからは度胸比べ。恐怖を乗り越えて、月に降り立った最初の一歩のような覚悟で相手の心に触れなければいけない。それはもちろん、容易なことではない。でも、やらねばならなかったから。

「あのさ、高峰さん。」

俺は彼女の方は見ずに、そっぽを向いたまま声をかける。2人しかいない会議室は、やけに音を反響させる。自分の声はこんなに大きかったかと一瞬ビクッとするけど、言葉は止めない。ここですくんでしまっては、男が廃るだろうと、そう自分に発破をかけて。

「うん。」

私の声はこんなに細くて弱々しかっただろうか。彼の発した言葉にただ一言、相づちのような言葉を返しただけなのに。その声は産まれたての子鹿のように震えていて、音圧は鼓膜が震えるぎりぎりのライン。彼に聞こえていたのか心配になるくらいに小さなそれを恥じながら、でも追加で言葉を並べることはなく彼の言葉を待つ。もちろん、彼のことを見ながら待つことなんてできなかったけど。

「俺は、なにか酷いことをしたか?」

聞き方は相当に悩んだ。遠回しにしようかとも思ったし、なんなら口に出す直前まではそうしようと思ってた。でも、この勇気の結果が、伝わることもなくはい終了だなんて納得できない。まだ知ることは怖いけど、一歩踏み出してしまった以上、もう後戻りはできない。

「ほら、最近俺のこと避けてるだろ?」

覚悟が鈍らないうちに、矢継ぎ早に次の言葉を紡ぐ。

「そんなこと……」

私は彼の言葉を聞いて、そんなことは無いと言おうとして。でも、言えなかった。だって、自覚があるから。もちろん避けたかったわけじゃない。それでも私の意思とは裏腹に、私の態度は避けていると思われても仕方のないものだった。それが分かってしまうから、言葉が詰まる。こんなとき、もしも相手に見える自分がどんな感じかなんてことが分からない程に馬鹿であれたなら、なんてことを考えてしまう。今まではめったに考えなかったそれを、彼と出会ってからは頻繁に思うようになった。そういった意味では彼とはここまでにしたほうが良いのかもしれないと、私の脳はそう告げる。でも、それでも。

「ないよ。そんなことない。私は避けたくない。」

本心を言わずに理解してもらおうだなんて、もう思わないから。私はどこかで思っていた考えをかなぐり捨てて、彼の勇気に張り合って振り絞る。

そんな私はでも、彼をまっすぐには見れない。避けるような行動を繰り返していた罪悪感も無いわけではないけど、本当のところはそうじゃない。顔を上げて合わせてしまえば、この気持ちを覆い隠せなくなってしまうから。この気持ちはまだ言うべきじゃない、共有してはいけないと脳が叫ぶから。

私の言葉を聞いてそっかと言いつつ安堵に胸をなでおろす彼の声には、安心やその類いとはまた違う、どこか覚悟じみたような色が混ざっている気がして。

「俺は」

「あ、あのさ、本なんだけどさ。」

さっきと同じように、でも今度は意図的に会話を被せる。私がまだ言わないようにとしたこたを、彼はここで言おうとしている気がして。私はまだ、それの対処法を知らない。返し方がわからない。だから、今じゃ困る。染木くんには悪いけど、話はここで切ってーー

「君が好きだよ。」

…………へ?

彼は私の言葉に耳を貸すこともなく剛速球を投げきった。私の思考が追いつくよりももっと速く、それでいて鋭く重いストレート。

「あ、えっ……と」

「俺は君が好きだよ、りん。」

〜〜〜!?!?

脳内処理と言語化が終わるのを待たずに放たれた2球目で、私の思考回路は完全に破壊される。

目をまわしてキューっという音と共に机に伏した私は、さながらギャグ漫画の中でのぼせたキャラクターのよう。

でもこういう時こそしっかり考えなきゃだめよりん。そのための頭脳なんだから!

まずは状況の分析から「好きだよ」

それで、分析が終わったら「君が好きだよ」

で!返し「好き」に「君が好き」最適な「りん。」

私は脳内で反芻されるフレーズに伸され再びキューという音を出しながら、酷使してオーバーヒートした頭から煙を出す。

いつもならとっくに止まっているはずの彼が止まる気配はまるでなく、それは私がこうなっていても変わらなくて。

スッと、彼の手が私の頬に触れる。

彼の手は見た目よりもゴツゴツしていて、ちゃんと男の人の手で。それが卵を包むように優しく触れるものだからくすぐったい。そしてその手から流れ込んでくる彼の体温が、私の決意を溶かして。だからもう、誰にも止められなくなる。

「私も、好きだよ。」

溢れ出すのは初めて会ったときから募っていた気持ち。彼は忘れてるであろう幼少の頃から実に十年以上も積もっていた雪が、彼に向けてなだれ込む。

「どうしようもないほど君が好き。」

「好き。好き。大好き。」

「運命なんだよ。私たち。」

どこまでが頭の中で、どこまでが口に出ていたかなんて分からない。彼がどんな顔をしていて、どんな気持ちで聞いてるのかなんてことも。私の気持ちが視界を淡いピンク色で染めたから。私はただ、止まることのない感情の波をぶつけるだけ。

「気だるそうな顔が好き」「色々と考えちゃうところが好き」「本を逆さにして置かないところも好き」「ぴょんってはねてる後ろ髪も、たまにボサボサな前髪も好き」「話しかけてくれるときの声が好き」「先輩と話してる時の声も好き」

このときの私は自分でも信じられないくらい、我を失っていた。まるで、私が私じゃないみたい。とめどない言葉はいつまでも溢れ続けて、この学校全体をその言葉で満たしてしまうようなーー


その瞬間、すべての時が止まった。時計のカチカチというささやかな音ですら、ふたりの空間には存在しない。今の今まで紡がれていた彼女の言葉もピタリと止み、その吐息も聞こえない。

その場は凪いでいた。感情のざわつきからくるはずの波紋の一つでさえ、その瞬間には無くて。


気づいたら俺は、彼女の顔を引き寄せていた。

そもそも彼女の頬に触れたあたりから、正気であった気がしない。なにかにあてられ、熱に浮かされているようなそんな感覚。お酒は飲んだことないけどこんな感じなのかなぁなんて、関係のないことがふわりと脳内に浮かんでは消えていく。

でもいくら正気でなかったとしても、事実は揺るがない。彼女の顔は、少し首を伸ばせば鼻が当たる位置にある。そうしたのは俺だ。いつもの俺ならば、バッと身を引いて誤魔化すところ。ホコリがついてたなんて嘯いたりなんかして。

でも今の俺は違った。

今なら何でもできてしまうような、そんな高揚して浮かれた気持ちの中に居たから。

俺は後のことを何も考えることなく、身を乗り出す。

そしてそのまま、おとぎ話の中のような優しい口づけをした。

ご一読いただきありがとうございます。

残り少ない日数ではありますがどうか最後までお付き合いください。

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