17話 ツキヤブル
やってしまった……
俺は自分のしてしまったことに顔を塞ぎたくなった。勇んだ一歩だった。確実に慣れない歩幅だった。でもいけると思った。結果、清掃中だったことに気が付かずに踏み込んだことで濡れた地面を捉えきれなかった足が宙を舞い転倒、今まで走ってきた勢いは消えることなく俺の体を突き動かし、制御の効かないまま会議室のドアへと突き刺さった。
「何事ぉ!?誰ぇ!?」
「お前……誰だ?」
「大丈夫ですか!?え、救急箱とか!」
「あはははは!どんな入場だよ!!」
どうやら注目を浴びてるようで、いろんな声が聞こえてくる。そりゃそうか。ドアを突き破っての入場なんて見たこともないだろうし。俺もないけどさ。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
そう言いながら立ち上がる俺からパラパラと、今の今までドアだった木片が落ちていく。その木片越しに彼女の姿が目に映るが……全然困っている感じではなかった。どちらかと言うと、心配そう?まあ直前まで困ってたとしても、こんなことがあればそれもなくなるか。そういった意味では、成功だな。そうやって自分の行いをどうにか正当化しつつ、俺は誕生日席に座っている会長らしき人に向き直る。
「1年、染木まさとです。諸事情ありまして遅れましたことをここに謝罪します。誠心誠意頑張りますのでよろしくおねがいします!」
よろしくおねがいしますーーよろしくおねがいしますーーよろしくおねがいしますーー
先までの俺への声は消え去り、その空間には俺の言葉が反響するのみ……恥ずかしいな、これ。
「ええと、よろしくね、まさと君。」
そんな中で聞こえた会長の声は、どこか他人行儀に聞こえた。
それからは速かった。どうやら会議はもう終盤だったようで、俺は小言を散々聞かされながらドアの破片を片付けるだけ。片付けが終わった頃には2年生は残っておらず、俺と会長、副会長と高峰さんだけになった。
会長は規律やそれらに厳しそうに見えてそうでもなく、俺の扉破り(扉破壊くんと扉破りくんどっちの呼び方がいいかと聞かれたので扉破りのほうを選んだ。)を驚きつつも笑って許してくれた。副会長こそこういうことをたくさんしていそうな見た目で、だが厳しかった。掃除中もずっと小言を言いながらすれ違うたびにポカポカと殴られた。もちろん痛いほど強くはされていないが。とにかく長い。ネチネチと続く。
そして高峰さんはというと……
「…………」
黙々と木片を片付けているだけだった。最近通りといえばその通り、そんなことをして入ってきた遅刻ヤローに軽蔑の意味も込めたスルーともとれるその態度に、俺は不安になる。でも会長たちがいる手前確認もできないし、多分いなくてもできなかった。俺はそう、かなりの臆病なんだ。扉をぶち破っておいて何を言うんだと思うかもしれないが、それとこれとはまた別の話だ。
「それじゃ、ここの鍵はそのままでいいから。」
「鍵をさす所もなくなっちまったからな。」
そう言って風見さん…会長たちは、俺と高峰さんを残してそそくさと先に帰っていった。なんでも、恩人に呼ばれたからそこに行くとかで。
……ふたりきりになっちゃったよ。
僕を構成する要素は、とりわけ記者魂という部分が大きい。父は新聞記者で母はテレビの構成作家。兄も姉もそういった関係の仕事に就いた我が家では、情報に関する事が他の家よりも厳しめに教えられていたと思う。そのうちの一つに、機を逃すなという教えがある。面白いと思うことがあれば、張り付いてでもそれを追えという教えだ。そして僕は今まさに、その教えに準じて行動を起こしていた。それはすなわち、掃除用具入れに隠れることだった。
ほの暗い夕日の差し込む部屋にふたりきり。そんな現場に遭遇してしまっては、こうするしかないというもの。僕の趣向の話をしてしまえば、実のところゴシップネタというのは好きではなく、そういった記事も基本書かない。だが、この件だけに関しては許してほしかった。なぜか。それは、対象の1人がちょっとした有名人であり謎も多い高峰りんというのがひとつ。もう1人が扉をぶち破って会議に殴り込んでくるようなヤバい奴だからというのが1つ。ふたりがあの生徒会長の推薦だというのが1つ。そして、このふたりの微妙な距離感が1つ。
どうせ、書き留めたところで公表はしないのだが、個人的に追いたくなったのだ。このふたりのことを。だから咄嗟に隠れてしまった。2年生が帰る直前に。
「それにしても、何も喋らないなふたり。」
もちろん隠れているから声には出さずに、だけど心のなかでそうつぶやく。
かれこれ10数分、ふたりはただの1言も話さずにお互いに程よい距離の席に座って、居心地が悪そうに体をソワソワと動かしたり、指を机に這わせたりしている。座ったまま帰らないんだから、ふたりとも思うところはあるんだろう。でも、どちらも口を開こうとはしない。したとしても、ちらちらと相手の様子を伺うだけ。
ここらで、生徒会長がここに寄越した理由がなんとなく掴める。おそらく彼らはどちらも恋愛初心者。だから、さっきの扉破りがなかったとしてもいつも「こう」だったんだ。それを見兼ねたからこうやって同じ所に所属させて、すこしでもこういった機会を作ろうと。なら、さっき風見さんたちが言っていた恩人というのも彼女で間違いないだろう。まったく、生徒会長ファンクラブ会員から見てしまえば嫉妬で殺したくなるほどの好待遇だ。(一応言っておくと僕はそれには該当しないので安心してほしい。)
だがなぜだろう。もどかしいのに、焦れったいのに、自然とここから出て帰ろうとは思えなかった。それは、これからなにかが起こると確信していたからなのか、それとも。
「「あの」」
二人のどこか緊張したような声が絶妙なタイミングで同時に発せられて、世界は再び沈黙に帰した。
ご一読いただきありがとうございます。
残り少ない日数ではありますがどうか最後までお付き合いください。