16話 ハシル、ススム
走る、走る、走る。
校内と言えども今は関係ない。人通りもそんなになければ、咎める影はもっとない。まああったところで、こんな必死の形相をした俺を止められる人はそういないだろう。
走る、走る、走る。
なにが「私の推薦じゃから、1年からはそなたとりんしか出ておらん。寂しいじゃろうな」だ。確かに担任の話はうわの空だったから、聞き落としていたんだろうけど。それは俺が悪いけど。推薦したなら言っておいてくれよ。それが俺の、八つ当たりにも近い本音だった。
走っている最中だからか、とにかく頭が回らない。なぜ走っているのか、なぜこんなにも必死なのか、考えんでもなかった。最近仲があまりうまくいってない彼女が困っている「かもしれない」、寂しがっている「かもしれない」。ただそれだけのはずだ。なのに俺は走るのをやめない。それを理解した上で俺は走っている。
彼女がためにと回り続ける足は、さながら窮地へ駆けつけんとする英雄のそれだった。
多分俺は、こういうナニカに憧れていたことがあったんだろうと思いながら、会議室前の最後の角を曲がる。あとは直線だけ。俺は足の回転を緩めることなく、最後まで走りきろうとして直線を一歩、それまでよりも大きく踏み出した。
会議は粛々と、なんの動乱もなく進められていた。3年の実行委員長 風見水都、同じく3年の副実行委員長 火車土間 が主になり進行し、集計監査長が2年の原幹子 に決定した。そして代表が揃ったところで、会議は自己紹介へと移行した。
「3年の風見水都です。委員長という大役ですが、皆さんと一緒に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。」
「風見と同じく3年、火車だ。まあこれを受けたのも借りを返すために仕方なくだが、やるからにはしっかりやる。よろしく。」
委員長は礼儀正しく深々とお辞儀をしつつ、副委員長は荒々しく、でも最低限の意思表示は忘れることなくっと。
「えと……2年の原幹子です。立候補で集計監査長になりました。あの…よろしくお願いします。」
この子は確か、前年度は火車と同じく体育祭実行委員だったはず。おっかけかな?流石に書かないでおくか。
そうだ、書くのを忘れてた。
理由は後々わかると思うが、この選挙管理委員会にはそもそもの会員数が少ない。3年も2年も1年も2人ずつ。計6人+記録役の僕が居て7人。この部屋にはその7人しか存在しない。生徒会長は多大な権力を持つっていうのに、監視役の教師は一人もつかない。まあ委員長と副委員長が最初から決まってるのはそういう所のカバーなんだろうけど。
と、ふと周りを見回してみて思ったんだけど、今この部屋には6人しかいないんだよね。
1年の席が1つ空いてる。あれ、1年にしては珍しく会長推薦だったはずなんだけどな。初回からサボりか……?
僕はこういうの好きだから良いんだけど、特に副会長あたりはこういうの嫌いだからな……大丈夫かな。僕は少し……いや、かなり心配になった。
やべ。そんなこと言ってたら、2年のもう1人聞き逃した……後で確認しにいかないと。めんどくさ〜。
「じゃあ次、1年生お願いします。」
「はい。」
その声に、僕はこの子が来たのかと少し嬉しくなる。この子のことは知っていた。入学式でとてつもない存在感だったという噂はもとより、実際に何度か見に行ったこともあるくらい。でも上級生からの人気も凄まじいのに、なぜかそういった噂は1つも聞かない。浮ついた感じが、一切情報として上がってこない。ここまで出てこないとなると、なにかそれらを封殺するような部隊や権力が裏で働いているかと勘ぐってしまうけど。個人的には彼女は女としての魅力よりも記事にすることでの魅力のほうが濃い。だからこうやって少しでも近くに居られるのはかなり嬉しいんだ。会長もお目が高いなと、心のなかで勝手に褒め称えてみたりするほどに舞い上がるのと共に、今度は聞き逃さないようにしようと耳を傾けた。
「1年、高峰りんです。至らない所もあると思いますが、ご指導お願いします。」
ふむ。べつに普通だよな。
てっきり、噂にあった「魅了される声」が聞けるかと思ったのに。ともあれ全員の自己紹介が無事終わり、初回の会議も終わりを迎え
「ところで高峰、隣の席のはどうした。」
ないよね。ないですよね流石に。さっきから気にしてたもんね空席のこと。
予想通り会長ではなく副会長が、空席について問いかける。さて、どうするかな?僕は手元の議事録を横にスライドし、メモ用の雑紙を脇から引っ張ってきて待機する。面白いものが見られるかもしれないから。書けるかもしれないから。
「えっと……体調不良…とかですかね。」
…………
嘘だな。
誰もが嘘だってわかるような間だよそれは!
ほら、みんななにこいつみたいな顔になってるよまずいよ!え、面白いとは思ってたけど、こっちなの?こういう面白さなの!?
「高峰さん…」
「あんまし良くねえなぁ」
僕は迷った。このままでは彼女は、少なからず良くない印象のまま初回の会議を終えてしまう。そうなれば、次の会議に出席してくれるかどうかは怪しくなる。それではせっかくの機会が台無しだ。だからなにか、帳消しとまではいかなくともごまかしの一手をと思ったんだけど。そんなものは必要なくて。
「高峰お前、なにか」
「おおおおおおおおおおおおお!?」
副会長が言いかけた瞬間、部屋の外から奇声が飛び込んできた。その奇声はどんどんと大きくなっていって……
ズドォンと、会議室のドアを突き破った。
ご一読いただきありがとうございます。
(目標に達さなければ)あと8話で打ち切りとなりますが、それまでどうかお付き合いください。