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伝説の偽者  作者: ひじき
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15話 センカンとカイチョウ

窓から見える空に浮かぶ雲は急ぐでもなく、ゆったりと温かい青の海を流れていく。少し顔を傾ければ見えてくる大地では、蟻のようにぞろぞろと動く大群が同じ服を着て1つの巣に集まっていく。こういうのを見ていると、早く学校に着くようにして良かったなと心底思う。理由はどうあれ、こうやってせかせかと動いている群衆からなにか1つ飛び抜けられている気がして。

雲の仲間入りをできているような気がして。

ジメジメと暑い夏をしぶしぶ迎えようかという6月初旬、俺にはそんなことを考えながら独りごちる位には余裕ができた。本探しは相変わらず捗らないし高峰さんからはどこか避けられているような気がするし、先輩にはこき使われるわ罵られるわで大変だけど。

それでも、おおよそ充実した青春と呼ばれるものがここにはあった。いつか憧れたものが。そしてそのときは諦めてしまったものが、今は手中にある。その実感が目を覚ましてから眠りにつくまで、四六時中俺の内部に満ち満ちている。俺はいつからか、自分の在り方は最初からこうだったと疑わないようになった。いつの憧れか諦念か、そんなことは考えなくなっていた。そんなことはどうでもいいくらい、今が楽しいから。

ガラガラガラ

俺しかいない教室に未だに滑りの悪いドアが開く音がしてすぐ、コツコツと硬いが軽い音を立てて誰かが入ってくる。あの一件以降クラスメイトの誰からも一目置かれた俺しかいないという魔境のような教室にこうも平気で入ってくるのは、彼女しかいない。

「おはよう」

俺はそちらに目線をくれることもなく、素っ気なく挨拶をする。

「…おはよう。」

気づいてたの!?という驚きでか、少し間が空いた返し。それでさえも可愛い彼女。その彼女は俺の隣、1番日光が良い加減に当たり風も届く席に着席する。彼女がそこに座ることも含んでその席は「恵みの席」なんて呼ばれているらしいが、それはまた別の話だ。

そういえば彼女に避けられているようなという話をした手前、どういう感じなのかを披露しておこうか。

「今日、ちょっと早かった?」

「んと……妹が部活の特練始まるって言うから…いっしょに出てきたの。」

「そっか。妹さんは何年生だったっけ。」

「……えっと、今年で中学3年生かな。」

「じゃあ今年度受験か。大変だな。」

「う、うん。でもあの子は頭いいから、たぶん大丈夫。」

「頭いいんだ。志望校とかは聞いてる?」

「……いや、ううん。聞いてない。うん。」

「そっか。」

といったように、俺が雑談を振ってもいつも返答がワンテンポ遅くなる上に、なんだか返答がしどろもどろしているような感じがする。

別になにかに支障があるわけでもないから、気にしなければ良いだけの話なのかもしれないが…俺的には、かわいくてしかも色々あってお近づきになれた女子にこういう態度を取られるのはだいぶ傷つく。先輩に相談したときも馬鹿と罵られたくらいだから俺に否があるんだろうけど、いくら考えても思いつかない。

こんな煮えきらない少し気持ちの悪い関係が、ここ数ヶ月、清々しい春の日からジメジメと蒸し暑い今日この日まで続いている。ここまでどうにもならないと、もう時の流れに任せるしかないのかなとすら思う。「なにか」がなければ。これもまた、いつだか願い続けたものだった気がする。自分はなにもできないからと言って何もせず、劇的な「なにか」が向こうから歩いてくるのを待つような。

「そんなこと、ありえないのにな。」

ほろりとこぼれた独り言はだがひとつ、大きな間違いを孕んでいた。俺がそれに気づくまでそう長くはかからなかったけど。


「夏休みが近づいて来ているが、こういうときだからこそ気を引き締めてーー」

定期テストも近いからと言う担任の声がどこか遠い。それなのに遠くで鳴くトンビの声は近くて。だから見落としてしまった。いいや、聞き落としてしまった。この夏の趨勢を決っする大戦の始まりを。


「おぬしはなぜここにおるのじゃ。」

いつも通りに図書館へと向かい本を捌いていた俺に向かって、先輩は本当に驚いた顔でそう言った。

「いやなんでって。いつもじゃないですか。」

とても冗談を言っているような顔には見えなくて、それが面白くて声にも少し笑いが交じる。小馬鹿にするような響きになってしまったが、そこには特に言及はなく、ただ先輩の顔は険しくなっていく。

「今日生徒会選挙の実行委員があることは知っとるか?」

「え、まあ。たしかそんな話を聞いたような…」

「そうか……」

何だこの空気。

無駄に重々しいような空気が図書館内に張り詰めてくる。まるで通り魔に刺された友達が手術されている集中治療室の前みたいな。そこにはもはや小さな笑いの1つすら出すことは許されない。俺も黙って、この先の言葉を待って。

「高峰が……りんがなぜここに居らんのか知っとるか?」

眉間にシワを寄せて考え事をしていた先輩の口から出た言葉は、俺が思っていたよりも遥かに軽い言葉だった。なぜここに高峰さんがいないのか。探し始めた直後ならともかく、今は彼女がこの場にいないなんてことはそう珍しいことではなくなっていたから。確かに探し物をしたいはずの張本人がいないのはどうかとは思うが、彼女も晴れの高校生。jk。色々あるんだろう。

「あーいや、友達と話し込んでるとか…?」

故に俺はこう返すわけだが、その回答に先輩は頭を抱えて。

「……なにかあったんですか?」

その姿に俺は、最悪を考えざるを得ない。

彼女がなにかとんでもない事故……いや、彼女自身の能力の暴走という可能性も……もしや、能力がバレて誰かに拘束されたり……!?

様々な「最悪」が頭の中を飛び回る。ほんとう、こういったときの頭の回転は凄まじいもので、この瞬間だけは脳内をスパコンに入れ替えたみたいになる。これを勉強にも活かせるなら訳ないんだけど。

「ああ、いや。なにかあったというか。」

そんな脳の高速回転も必要なかったみたいで、先輩はやんわりと彼女になにかがあった事を否定する。そう、先輩にしては珍しくやんわりと。まるで、なにかあったわけではないが理由はそれなりにあると言わんばかりに。そしてその理由は、俺がここに居ることに驚いた先輩の態度からして俺絡みで……

「りんは今、選挙管理委員会の集まりに出とるはずじゃ。」

「……へ?」

なんとも間抜けな声が、この重苦しい空気をはねのける。それはもう、頭の中で考えていた可能性よりは相当に軽い話。というか、それはこんな空気を作るレベルのものでもなんでもないじゃないか。彼女はどうあっても特待生ナンバー2。そういうことだって多分にあるだろう。

「私の推薦だから、おぬしも出ているはずじゃ。」

構えて損したと背筋を伸ばそうと手を組んだ俺はだが続いた言葉に、伸ばそうとした背筋をそのまま凍らせるのだった。

ご一読いただきありがとうございます。

(目標を達成できなければ)あと9話で打ち切りとなりますが、そこまでどうかお付き合いください。

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