14話 フタツのチョウ
いやあね、最近の世は物騒ってもんで、持つ者が持たざる者に襲撃をかけて後ろからブスリなんてこともあったりね。とかく権力だの金だのってのは火種になってよく燃える。
私なんてのは狙われやすい進学校のさらに生徒会長ときたもんだから、まあ自分の事は人並み以上に気にして生活をしてるんですがね。こと他人の事に関してはまあ気が回らないわけです。例えば毎日喋ってる隣の席のあの子が失恋してバッサリ髪を切ったりなんてしてきても気付かなかったり、なんなら居なかったとしても気付かないくらいでして。
そんな私がね、あろうことか自分以外の人に関する危機感を覚えたんですね。
それはこの数ヶ月でできた、いつからかつくらなくなっていた自分以外の友の事でして。
最初は不躾にもこの図書館に無許可で入り込んでいた侵入者だったんですがね、語らうほどに彼らの面白さにぐーっと惹かれていったんです。ふたりはさながら未完のデュオという感じでね。まあここに居る位だから、地頭はお互いに良いんだろうっつーのはありまして、その上でお互いに得意とする事が違って、協力すればなんでもなんとかなるような感じで。まあーお似合いの二人なわけです。だのに、どうしてそこができなんだか。
ふたりはどうしてか、恋愛に関してはからっきしだったんですね。片方は初めての感情なのかどうしたらいいかわからないといった感じでして、もう片方は……あれはわざとなのか鈍感なのか分かりゃせんね。傍から見れば一目りょう然、どちらかが一歩前に出るだけで進展するような状況なのにちぃーっとも進展しやしない。
それも、一日や一週間なんて話じゃない。もう2ヶ月になるってんだからおかしな話。
今月には生徒会選挙があって、それが終わってしまえばすぐに夏休み。
これなんとかしなければと思いまして私は1人、意気込んで拳を握りしめるわけです。さて、お後がよろしいようで。
「いいねいいね桔梗君。流石だよ。」
「頼んできたのがおぬしじゃなけりゃ受けとらんわこんな仕事。」
黒の中から姿を表した老人に、私はわざとらしく肩を上げて軽く抗議する。
「オチは弱かったし落語としては面白くなかったがの。」
「無理言わんでくれ。急に来て急に落語調で話せなんぞ言われたらこれが精一杯じゃ。」
その姿を見て何を思ったのか至らぬ点を指摘し始める老人。私は突然の来訪と依頼を責めて返すが、特に悪びれる様子もない。
「そうか。彼らは面白いか。」
何拍かを置いて唐突にしみじみと語り始めた老人に、私は違和感を感じる。
「おぬしがくっつけたのではないのか?」
クラス分けはこの老人がしているのだから、てっきりこのふたりは意図的にくっつけられたのだと思っていた。まあその権利がなかったとしても無理やりにでもくっつけそうな人でもあるし。だが老人の答えはそれを否定する。
「彼らの出会いは必然じゃよ。儂がするのはあくまでも良き物語にすること。物語を1から創ることじゃないわい。」
「……何が違うのか分からんのじゃが。」
「桔梗君は読むことしかしないからの。そういう美学だと思ってくれればそれで問題はない。もっとも、これは儂のものではないがの。」
相変わらず変な老人だなと私は思う。私ですら理解できない節で物を言うから、おそらくほとんど誰にも理解されない。それでも嬉々として喋るのだから、ドMというやつなのかそれとも他のナニカなのか。
「おぬしと喋っとると疲れるわい。」
用事が済んだならとっとと出ていけと手を振る私を一瞥した老人は、仕方ないと言いながら踵を返す。その姿に私は、とある言葉を思い出して。
「おぬしは、自分の能力が邪魔だと思ったことはあるか?」
問いを聞いた老人の足は出口へ進むことはなく、ピタッと。動こうとしたことすら忘れたようにそこに留まった。だがそれも一瞬のことで。
「なにを。能力がなければ儂の生涯は絶えることのない地獄だよ。」
そう笑い飛ばして歩きだす姿に、私がもう一度呼び止めることはなかった。
ご一読いただきありがとうございました。
あと10話で打ち切りとなりますが、そこまでどうかお付き合いください。