12話 ゲンテンとケッチャク
「あとは任せて」
囮を全うしてくれた彼女の手を握ってそう言った俺は、彼女を螺旋階段の下へと誘導しながら先輩と対峙する。
「今までどこに隠れておったのかは知らんが、見損なったぞ。女にここまで体を張らせておいて、いいとこ取りとはの。」
あの小さい体から、なんて圧力だ。能力…… じゃないよな。ゲームのラスボスさながらの圧力のこもった言葉に肌が粟立つ。薄暗いこの部屋たちも相まって、それはもはやラスボスそのものかもしれないと思えるほどに。
というか先輩の言葉から察するに高峰さんは、前もって俺にほどほどで良いと言われていたものの、相当無理をしていたらしい。たしかにさっき取った手は少し熱いような気がしたし、頬もどこか赤かったような。
本当に頼りになるよ。
「先輩は負けますよ。俺たちに。」
「私は今おぬしよりも数段高い階段の上におるぞ。それをどうやって?そもそも私を捕まえることがお主らの勝利じゃ。高峰は途中思考が働かなくなったのか見失っておったが、まさかお主共々というわけではあるまい染木よ。」
そう、勝利条件は先輩を捕まえること。だからこそ、物に対してかなりの操作性と自由度を持った先輩の能力は厄介だった。それに加えてここは彼女の城のようなもの。しっかりと準備をしなければ、勝ち目はゼロに等しかった。でも、おそらく彼女に鬼ごっこで勝つにはここしかないとも思ったんだ。
「先輩の能力の弱点、2つ見つけたんですよ。」
語りながらゆっくりと階下へと歩いていく俺に、距離はそのままでついてくる先輩。
「1つ目は、愛しているモノにしか能力は適応されないこと。」
「ほう?その根拠は。」
「物の名前なら、適当に番号とかをつけておいたほうが呼びやすいし管理しやすい。違いますか?」
「薄いな。それだと断言にはいささか早かろう。」
そう、一つだけなら、確信に至るまでは手を出せなかった。でももう一つ、彼女の考察があれば。
「2つ目、先輩の能力はオート機能がない。全てに自分で命令を入力しないといけないから、負担は大きい。」
「ほう?」
「まあ正直、どっちかが合っていればその時点で俺たちの勝ちなんですよ。」
俺は定位置まで来て、立ち止まって言う。
「じゃあ、チェックといきますか。」
ズンッ!
「……っ!光か!」
俺がスイッチを入れると同時、消していた照明が一斉に光りだす。その光量はナイトゲーム時のサッカーや野球の会場に匹敵する。
「だがっ!ここは図書館じゃ!」
そう。光量は同じでも、光の質が違う。ここは本好きが所有している図書館だ。ならば当然照明にも気遣いが回っているだろう。本が日光で人間の肌のように日焼けしてしまうという話は有名な話だと思うが、本の場合は照明でもそれが起こり得てしまうのだ。
だから、この光たちで先輩の目を塞いでどうこうというのは難しい。視界を塞げたとしても、一秒やそこらだろう。
だがそれだけあれば十分だった。
一時の白い世界から帰ってきた先輩が見るのは、目を疑うような光景。その一つ一つは見たことがあるから、見間違いだと思いこむことさえ許されないその地獄のような光景。
「やりおったな染木ぃ!!」
1階から2階にあった蔵書の1割ほどが同時に宙に浮いている姿に、先輩は怒号を上げる。
しかもそれらはもちろん、空に固定されているわけではなく。自由落下していく。大小軽重様々な本がそれぞれのスピードで。
俺は高峰さんが奮闘していた間、学校の備品にあった漁業などでも使うのだろう網目の細かめの網を照明の可動部に引っ掛け、そこに本を並べていたのだ。それらは証明のスイッチが入ると共に網から解放され、落っこちてくるというわけだ。
計算通りに本たちが落下を始めるのを確認すると同時、俺も走り出す。もちろん向かう先には先輩の姿が。
1つ目の弱点が正しければ、俺の迎撃や逃亡よりも先に本たちを救出しようとそちらに能力を割くはず。この量なら、俺が先輩を捕まえる時間は十二分にあるはずだ。
2つ目の弱点が正しければ、視界を遮る本たちを退かすのと逃げるための手段を用意するのを同時にというのは相当難しいはず。もし逃げる手段を優先したとしても、制空権は大量の本が握っているから無理だし、螺旋階段の下には高峰さんがいる。
先輩まであと一歩という所まで来る。先輩は目をつむり、両手を前に突き出していた。観念したということだろうか。
確かに、ここから裏返せるカードなんてよほどじゃないと無いだろう。
俺は、全体で半日も続いたこの戦いを終わらせるために、勝利宣言とともに先輩を捕まえようと手を伸ばして。
「勝っ」
「ハウスッッッ!!!」
瞬間、爆発音が部屋中を席巻した。
その圧に押され、俺は8段ほど転げ落ち、小さな踊り場のようになっていた所の壁に打ち付けられる。
「つっ!……聞いてねえよこんなの。」
先までの光景が先輩にとっての絶望だったとすれば、今度は俺たちの番だった。
あんなに空にあった本たちは、一冊残らず元あったであろう場所に収納されている。しっかりと分類分けまでされて、きれいに。
「言ってなかったがの。この能力には大号令という使い方もあるんじゃよ。」
「……すべてのモノに同じ命令を出すとか。」
「そのとおりじゃ。細かい指示を出してたんじゃ間に合わんかったからの。対象数もそれなりになるわけじゃから疲労も大きいしの。」
じゃあ、弱点は2つとも合っていたのか。俺たちはその上で負けたと、そう言うのだろうか。
ーーいいや、負けてない
負けたよ。渾身の一手も通用しなかったんだ。
ーーお前の武器はそれだけか
そうだよ。使えるものは全部使った。
ーーこの挑戦は無駄だったか
……うるさいなあ。
脳内に響く誰かの声がやけに大きい。
ーー高峰りんの能力はどうする
他にも手はあるだろ。他でなんとかする。
ーーかの英雄はそれを良しとするか
ーーお前は本当にそれでいいのか
ーー思い出せ。お前が何者なのかを
俺は背中を壁に持たれかけ、片足は伸ばしたままにもう片方の足は曲げて座る。その視点から見る先輩の背は階段の高低も手伝って奈良の大仏のように大きく堂々としていて。
「大した奴じゃ。鬼なのに隠れて非情な策で本をばらまいて、それを破られてなお諦めぬとは。」
「あいにく、俺は諦めちゃいけないらしいんでね。」
あの声がなんなのか、俺にはわからない。
そしてあの声の言う「かの英雄」というのも、誰のことなのかは分からない。普通なら、誰だかわからない人物のことを言われたとて心が動くはずもない。ましてや折れた心が持ち直すなど、絶対に。それでも知らないはずのそれに、消えかけたはずの炎が息を吹き返したのもまた事実で。
「もういいわい。私の負けじゃ。」
そんな俺を見た先輩の声が、嘘のような言葉を紡いだ。
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