11話 ムカシのハナシ
ジジジージャリジャリ
ミーンミンミンミン
あれははるか昔の夏の日。たしか、その年で一番暑い日だったかな。私はまだまだ幼くて、歳で言うと6歳か7歳くらいだった。好奇心が旺盛で、大人の目を掻い潜ってはいろんなところを駆け回ってた。
その日もいつもと同じように、お庭の木の隙間から抜け出して外を探検してたんだ。今日はもっと違う場所を見に行こうなんて思って、山の方に足を向けて。見たこともないキノコとか動物とか、蝶とか。いろんな「初めて」に目を輝かせながら追いかけ回していたところまではよかったんだけど、そのあと当然のように道に迷っちゃって。でもその日に限って私は地図もケータイも持っていなかったんだ。今いるところもわからないし、連絡も取れない。歩いても歩いても木が電柱になる気配はないし、見知ったコンクリートが見えてくることもない。
だんだんと溜まってくる疲れに比例して不安は大きくなっていって、号泣しながら歩いたのを今でも覚えてる。
そして涙で滲んだ目で足元がよく見えなくて、小さな堀のような場所に落ちちゃって。
今よりもいくらか小さい手と足じゃどうすることもできなくて、しかもおしりは穴にすっぽりハマっちゃって抜けないし。
私このまま死んじゃうのかなって、怖かった。
泣いちゃったせいで喉もカラカラだし、誰も通らないから助けてくれる人もいないし。暑いのに足も手も震えるし、いつもは同年代以上に働く頭脳もこういうときばかりは使えなくて。
その時だった。
「なにやってんだ、お前。」
彼は穴にハマった私を見下ろすようにしてそこに立っていた。
「……ぁ。」
顔は逆光でよく見えなかったけど身長からして同年代か少し上くらいだったし、彼がどうこうできることなのかも分からなかったけど、とりあえずこの機を逃しちゃったら本当に死ぬと思ったから、助けてって言おうとしたんだ。でも、喉は枯れてもう使えなかった。まずい。喋れなければ、伝えられない。伝わらなければ、助けてもらえない。そう思って私は、できる限りジタバタしてハマってしまっていることを伝えようとした。
「なんだお前、ハマっちゃったのか。アグラオネマグラファチュネp〆々ちく?」
あ、あれ?なんだか変だ。世界が、ぐにゃりべにゃりと曲がりくねって…終わる、壊れる。
私は、彼に。彼が?彼を……彼で?
私は……私?わたし?ぼく、俺?
なにもかもの境界が曖昧になっていく。自分も他人も、朝も夜も、終いには生と死も。
そんな混乱の中、誰かが笑っている姿がはるか遠くに少し見えた気がして、それで終わり。
私は私に帰ってくる。
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