悪役令嬢とヒロインは親友の為ご注意を
「フィオナ・グランチェ、今日を持って貴様との婚約を破棄する」
パーティー会場で私に指をさして堂々と宣言をするこのイケメンは私の元婚約者でありフォレスト国第一王子のジャン・フォレストである。
人を指さしてはいけませんって習わなかったのかしら?
おまけに有耶無耶にされたくないからってこんな場所でこんな馬鹿をするなんて。
分かっているのかしら。彼は本日の主催者の顔に泥を塗ったことに。
ジャンはもう逃げられない。観念しろとでも言いそうな自信に満ち溢れた顔をしていた。
分かっていないのね。
だから第一王子のままなのよ。
「フィオナ、貴様の所業は分かっている。証人だっている」
ジャンの言葉に待ってましたとばかりに一歩前に出たのはリリア・クリスティアーノ男爵令嬢。
設定上はアイリス・マリンフォード伯爵令嬢の親友になる。実際、彼女たちは親友ではない。
実は私には前世の記憶がある。
ニホンと呼ばれる国で普通の女子高生として生活していたがある日乗っていた電車が事故に合い、親友と一緒に死んでしまったのだ。
何を隠そう。その親友こそアイリス・マリンフォードなのである。
そしてここは私と親友が前世で嵌っていた乙女ゲームと同じ世界。私は悪役令嬢のフィオナに、親友はヒロインのアイリスに転生をした。
悪役令嬢に転生なんて最悪だけど未来を知っているから断罪されないようにという打算的な思いでヒロインに近づいた。そして彼女が前世では自分の親友で彼女も私と同じように前世の記憶があることを知った。
知った時はお互い泣いて喜んだわ。
「おいっ!聞いているのか」
いえ、全く。
「相変わらずのふてぶてしさだな。まぁいい。お前のその態度も今日までだ。お前は私とアイリスの仲を嫉妬して彼女を虐めていたな」
「それは彼女から直接聞いたんですか?」
「心優しい彼女は私が何度聞いても否定をするばかりで本当のことを言ってはくれなかった」
そう言って悲し気な顔をする王子。
うわっ!ひくわ。
これが乙女ゲームの王子なの?
やっぱり現実とフィクションは違うわね。フィクションが萌えるのはフィクションだからこそよ。俺様系だってリアルにいたらただの暴君でしょう。そこを如何に萌えキャラにするかは作者や作画者様の腕の見せ所なのね。改めて作者様と作画者様の凄さに感動するわ。
「だが、彼女の親友であるリリアが私に全てを話してくれたのだ」
アイリスの親友は私ですけど。
大体その女はアイリスに付き纏っていただけじゃない。
彼女もどうやら私たちと同じで前世の記憶とやらがあり、更には最悪なことにゲームの熱狂的なファンのようだ。それで何が何でもゲーム通りに事を進めようとしていたことはすぐに分かったので私も親友も極力彼女に関わらないようにした。
「私も何度もアイリスには王子に全てを話すべきだと言ったのですがアイリスは決して口を割ろうとはしませんでした。きっとその女に脅されていたのですわ」
リリアの言葉に周囲が揺れ動く。リリアの言葉を信じたからではない。男爵令嬢である彼女が公爵令嬢である私を“その女”呼ばわりした挙句、指をさしたからだ。身分社会において自殺行為だろう。ましてや味方をしているのが学校卒業後に廃嫡が決まった馬鹿王子‥‥‥失礼。第一王子なら尚更。
こんな騒動を起こしたのだ。卒業を待たずに廃嫡だな。陛下の温情を無にするなんて本当に愚か。
あなたが私を放ってアイリスにモーションをかけたり他の令嬢たちに手を出し始めた時から既にジャン、あなたのバッドエンドは決まっていたのよ。
ゲームの設定ではジャンは女たらしで、可愛いアイリスにも手を出そうとしてちょっかいをかける。でも次第に彼女に惹かれていき彼女を一途に愛するようになる。
でもおかしいでしょう。そこで二人はハッピーエンド?じゃ、それまでジャンに手を出された令嬢たちはどうなるの?
合意の有無に関わらず傷物令嬢として修道院行きか、劣悪な条件の元どこかに嫁がされるかしかないじゃないか。こんな自己中心的なハッピーエンドがあるかっ!って今なら叫ぶね。だってゲームじゃないもの。現実なんだもの。
「ちょっと、聞いているのっ!」
いえ、全く。
だって長いんだもの。さっきからいかに私がアイリスを虐めたかを演説しているけど証拠は何もないし。あるわけないんだけどね。何もしていないから。全てはリリアのでっち上げ。
ほら、観客の皆さまも飽きてしまわれていますよ。
リリアが語っているのは全てゲームでフィオナがリリアにしたことばかり。だからちょっと抽象的なところも多いのよね。これじゃあ証言とは言えない。
「リリア、よく教えてくれた」
「親友の為ですもの」
その親友は今にもあなたを殺しそうな目で見ていますけどね。
「皆も理解したろう。この女がどれだけ悪辣か。己の立場を笠にきて好き勝手してきたその所業、第一王子であり卒業後は王太子となる私は見過ごすことができん」
いえ、立太子の準備はされていますがあなたではありませんよ。第二王子殿下です。あなたと年子になるので学年が同じなので当然、卒業する日も同じですが。
あなたは廃嫡ですよ。陛下の勅旨を読まなかったのですね。なんと不敬な。幾ら親子関係があっても許されることではないですね。
それに私は自分の立場を利用して権力を振りかざしてはいません。それはあなたでしょう。王子という立場を使って下位の貴族令嬢を手籠めにしてきた。
ああ、そう言えばリリアもアイリスの親友だと、自分に何かをすればフィオナ?が黙っていないと周囲に言っていたようですね。
そして周囲はアイリス?の親友が公爵令嬢である私だと知っていた。だから周囲は私の報復を恐れてリリアに何もできなかったのだ。
あら不思議。
権力を笠にきていたお二人さんが今私の目の前にいる。
「よってお前は王太子妃に相応しくない。この婚約は破棄とし、私は新たにアイリス・マリンフォードを婚約者に迎い入れる。さぁ、おいでアイリス。もう二度と私と君を阻む者はない。私たちの真実の愛が悪女に打ち勝ったのだ」
「‥…」
両手を広げて今にもアイリスを抱きしめよと待ち構えているジャンの元にスタスタと歩いて行くアイリス。私は恐ろしくて二人から目を逸らした。
「ふべっ」
ドゴンッ
アイリスの美しい右ストレートがジャンの頬を直撃。後ろに一メートルほど飛ばされたジャンは拳の形に変形してしまった頬に触れる。
「ア、アイリス?」
「こ、来ないで。来ないでぇっ!」
怯えるリリアの腹部にアイリスの拳がめり込む。
体をくの字に曲げたリリアは「おえっ」と言って嘔吐してしまった。
実はアイリス、前世の時は空手の有段者で地元の大会で優勝しまくっていた。将来有望な空手の選手なのであった。
本当、馬鹿だねぇ。アイリスの気性の荒さは今世でも変わりなく。知っている人間は高位貴族であっても彼女に手を出そうとは思わないのだ。だからアイリスが動いた時、誰もが私同様に視線を二人から逸らした。
「真実の愛?気色の悪いことを言わないでくれます?」
「ひっ」
アイリスはジャンの前に再び戻る。彼は完全にアイリスに怯えきっている。真実の愛は先ほどの拳の影響でどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「王妃教育も受けていない伯爵令嬢の私が王太子妃になれるわけがないし、そもそもあなたと結婚したところで王太子妃にはなれません。現実見ろよ、このクズ野郎」
「アイリス、言葉遣い」
「あら、失礼」
私の注意にアイリスはにこりと返す。怖っ。
「あなたが一応はまだ王子なので私も我慢していたのですけどね、学校にいる間あなたに付き纏われたり、無遠慮に体中を触られまくった時は不愉快過ぎて何度も殺してしまいそうでしたわ。フィオナが止めなければ私はあなたを殺していました。分かります?フィオナはあなたの命の恩人なんですよ。その空っぽの頭によく刻みつけてくださいね。それとあなたとフィオナの婚約は既に解消されていますわよ。何を寝ぼけたこと言ってるんですか」
「なん、だと」
当然だろう。
どうして公爵令嬢の私が廃嫡になった王子を貰い受けないといけないの?
幼い頃に結ばれた婚約ではあったが学校入学前に既に解消された。
ジャンの素行問題や私に対する態度に問題があり、周囲の再三の注意にも耳を貸さなかったからだ。そもそも私とジャンの婚約は王家側から打診のあったもの。
この国は二十年前の戦争で多くの負債を負った。それを肩代わりしたのが当時現役だった私の祖父、前グランチェ公爵だ。
だからこそ、公爵家と王家の繋がりをより強固にしたかった王家側からの婚約の打診だった。だからこそ、ジャンの私に対する態度が問題視されてすぐに婚約は解消された。そこから流れる川の如く、その流れに一切逆らうようなことはなくジャンの廃嫡が決定した。
「あり得ない。その女は俺の婚約者という立場を使って」
ジャンの言葉をアイリスは鼻で笑った。
「あなたにどれだけ権力が残っていると思っているんですか?まさか周囲にいた人間があなたの取り巻きだとでも?権力という甘い蜜に吸い寄せられた愚かな蟻だとでも思ったのですか?ご冗談を。思い上がりも大概にしてくださいまし。彼らは陛下の命令で送り込まれたあなたの監視役です」
じゃなかったら、あんな馬鹿にあんな優秀な人たちがつくわけがない。
「でも、あいつらは王太子の側近になると」
「ええ、だから私の側近になるんですよ。兄上」
そう言って私の隣に来て私の肩を抱きしめたのは私の現在の婚約者でジャンの弟、レオンだ。
実は婚約が解消になった後私とレオンは恋人になり陛下に婚約したい旨を伝えたのだ。陛下は我が家と再度繋がりが持てることを大層喜び、私の両親も私が良いならと許可してくださった。
「レオン、貴様、謀ったのか」
「自滅しただけでしょう。馬鹿言わないでください。あなたがまともなら私がわざわざ国の命運を背負うなんて面倒なことはせずに済んだのです。まぁ、あなたが馬鹿だったおかげで私は最愛の人と一緒になれるんですが」
レオンは私の頬にキスをして甘い目を向けてくれる。この人と一緒になれることがジャンがこの国でした唯一の功績ね。
「ジャン殿下、私とアイリスは親友なので私がアイリスを虐めることは絶対にあり得ません。そしてあなたの婚約者でもなければあなたを愛してもいない私があなたの行動に対して干渉することも立場を利用することもあり得ません。くだらないでっち上げで我が家を侮辱したこと、ご覚悟ください。それとアイリスには恋人がいますよ。近々婚約予定の」
「な、何だと」
最早壊れたブリキのようだ。完全に現状についていけていない。
「俺の恋人に手を出そうとは、ジャン殿下は余ほど死にたいらしい」
「ギ、ギベル団長」
視線だけで今にジャンを殺しそうないかついこの男はフォレスト国騎士団長であり、陛下の信頼篤い男だ。彼は三十六歳でアイリスとは二十歳離れているが、アイリスの好みにジャストフィットした。
「ああ、それとリリアでしたっけ?」
「ひっ、ゆ、許してください。お、お願いします。まさか、こんなことになるなんて。だってゲームではこんな展開なかったから」
アイリスに殴られたのが余ほどトラウマになったようだ。それと傍に寄り添う団長の殺気にも当てられ、ついにはリリアは失禁してしまった。
「当然でしょう。ここは現実で、ゲームではないのだから。私ずっと迷惑をしていたのよ。あなたに親友気どりをされて、付き纏われて。男爵家には我が家から何度も抗議の手紙を送っています。あなたが私の親友だと言いふらしていたことも、それを笠にきて好き放題していたことも全て証拠は揃っています。あなた方と違って私は証言だけ用意するような愚は犯しません。出るところ出ても私は構いませんよ。本気でやり合ってみますか?私と」
「え、遠慮します」とか細い声で答えたままリリアは失神した。
その後、ジャンは卒業を待たずに廃嫡され北の塔に幽閉。北の塔とは罪を犯した王族が幽閉される場所だ。
リリアは寒さと貧しさが厳しいとされる最果ての修道院に送られた。
そして私は卒業と同時にレオンと結婚して王太子妃に。アイリスは騎士になる為に訓練に勤しんでいる。何れは私の専属護衛になるのが夢だとか。
まさか悪役令嬢とヒロインが親友だなんて誰も思いませんよね。でも、ここはゲームではないのだからそんなこともあり得るのよ。それが分からない馬鹿は二人のように断罪されるだけ。