こちら転生トラック屋! 〜信じて送り出した転生者が、追放者墜ちしてビデオレターを送ってくるなんて〜
町田タカシの父は、田舎で転生トラック屋をやっている。
小さな頃は、父が運転する隣に座り、転生トラックによく乗った。
タカシがありふれたサラリーマンになった今は、もう遠い昔の思い出だ。
転生トラックに関わるなんて、もうないと思っていた。
スマートフォンが震える。
画面に映る発信者は、父だ。
職人気質で気難しい父が電話をしてくるなんて、一体どういうことだ。
父と電話するなんて、会話が続かない。
そもそも、タカシと父は、転生トラック屋を継ぐか、継がないかで、大げんかをして以来、疎遠だ。
タカシは、家業を継ぐように命令する父に反発し、都会でサラリーマンになった。
だから、最初は電話をとるつもりはなかった。親不孝と呼ばれたって、別に構いはしない。
家業を捨てて、都会に出た時点で、故郷から後ろ指をさされるのは覚悟していた。
けれど、父が電話をしてくるなんて。
もしや、母や親類に何か不幸ごとがあったのだろうか?
そんな一抹の不安が頭をよぎる。
これが本当にとりかえしのつかない大切な電話だったらどうしよう。
湯水のように湧き出す不安に、タカシは耐えられなくなり、受話ボタンを押した。
「何の用件だい。僕も忙しいんだよ」
「……………」
電話先の父は黙っている。
「父さん!話すことがないなら切るよ!」
「……俺の店を助けてくれ。都会で働いているお前なら、何か分かるかもしれない」
何かとんでもない事態が進行している、と直感的にタカシは理解した。
頑固で、意地っ張りな父が、人に助けを求めるなんて。
タカシは高校卒業まで父と一緒に生活してきたが、父が泣き言を言う姿を見たことはなかった。
「仕事を手伝ってくれている母さんの調子が悪いの? 人手が足りないなら、変なプライドを持たずにアルバイトを雇えばいいじゃない」
「そんなんじゃない!そんな、単純なことじゃないんだ!俺はもうとっくにプライドなんて捨てた!それでもダメなんだ。タカシ、なあ、お願いだ。一度、家に帰ってきてくないか?」
強権的な父が、タカシにお願いをするなんて。命令されたことは星の数ほどあるが、お願いされたことは一度もなかった。
ありえない。
「……わかった。今週末、帰る。母さんによろしくな」
「ああ、伝えておくよ。それじゃ、待ってるからな。絶対、絶対帰ってきてくれよ」
その頼りない、今にも消えてしまいそうな父の声は、かつての威厳に満ち溢れたものではなく、ひとりの老いた男の声であった。
X県Y町、人口およそ8,000人。高速道路も通っていない鄙びた町だ。
かつて自動車工場があったことをきっかけに、Y町は、転生トラックで栄えた町である。
今はシャッター街と化している商店街には、かつて多くの転生トラック屋が店を開いた。往時には、1日で数百人の転生者を送り出したという。
町には転生希望者を受け入れる宿泊施設が立ち並び、宿泊客の消費を期待して映画館やボーリング場、室内スケート場なんてものまであったそうだ。
今はすべて、昔話だ。
ろくに手入れもされず緑のツタがはった虚しい廃屋ばかりが、道路脇に立ち並んでいる。
一斉を風靡したトラック転生であるが、突然意識失う系転生や過労死系転生、起きたら異世界系転生等、痛みを伴わない転生が開発されたことにより、急速に衰退した。
トラック転生の衰退と歩調を合わせて、Y町も枯れていった。
今、Y町で転生トラック店を営んでいるのは、<町田・転生トラック>一軒だけだ。タカシの実家である。
交通量の少ない幹線道路を車で飛ばしながら、タカシは車窓からの風景を眺める。
子どもの頃から変わらない光景。
いや、少しずつ老いて朽ちていく景色だ。
ゆるやかに衰退していくだけの町。
こんなところに住んでいては、自分の未来まで閉じられそうで、タカシは町を出た。
今でも、その判断は間違っていなかったと思っている。
やがて、実家の<町田・転生トラック>に着いた。
サビのこびりついた看板が掲げられ、横開きのガラス戸。
自分が家を出たとき、いや、子どもの頃から建物自体は変わっていない。ただ住人が老いただけだ。
「……入るよ」
タカシはゆっくりと、横開きのガラス戸を開けた。銀色のサッシが砂利を噛んでいて、嫌な音がする。
「自分の家なんだ。遠慮するこたねえ」
父は、経営が苦しくなっても唯一売り払っていない2tトラックの整備をしていた。Y町の全盛期に発売された、今では旧型のトラックだ。
タカシとしては、かつての亡霊同然のトラックを売り払い、最新トラックに買い換えて欲しい。
が、父にそのつもりはないようだ。
バンパーにこびりついた、転生者たちの血痕。
まるで、転生された彼らの魂が、父を引っ張っている。
父が、転生トラック屋をきっぱりと辞められない理由だ。
タカシは親のかたきでも見た気持ちになり、ハンマーを持ってきて血痕のこびりついたバンパーを叩き割ってやりたい衝動に駆られた。
「……ここは両親の家というだけだよ。僕の家じゃない」タカシは言った。
「実家だろ?お前の家には変わりない。カッコつけたことを言うな。お前は昔から……」
タカシは父が愚痴を始める前に、自分を呼んだ目的を問いただす。
「僕は、父さんと喧嘩をしに帰ってきたわけじゃない。父さん、何だってんだい?僕を呼んだのは?」
先ほどまで、強気だった父が、急にタカシの顔から視線を外し、下を向く。
「…………これを見てくれ」
父は一本のビデオテープを取り出した。
ビデオテープのラベルは異世界語で書かれている。
転生先の異世界は、幾万とあるので、著名なものを除くと読めない。
父から、テープを受け取ったタカシは、とりあえずデッキに入れた。
「やっぱり止めろ、タカシ!」父はビデオデッキの取り出しボタンを押すが反応はない。
「もう遅いよ。途中停止禁止の魔法がかけられている。無理に止めれば、テレビごと壊れてしまう」
ノイズの砂嵐が映った後、画面が切り替わり、見覚えのある女性が写っていた。
ショートカットの黒髪にボーイリッシュな顔つきの、剣士だ。
『やっほ〜、タカシ君に、町田のおじさん。観てる〜??私は、南条マリコだよ』
「南条マリコだって?僕たちの学年のアイドルじゃないか!無事、立派な転生者になれたみたいだな」タカシは言った。
南条マリコは、タカシの初恋の人でもある。
むろん、告白などはできずに、そのまま学生時代を終えてしまったのだけれど。
南条マリコは、転生志望者だった。
学業優秀、運動神経抜群、文句なしで異世界チートできる人材である。
成人式の後、町で一番大きな交差点を借り切って、町民総出で異世界トラックするのを見送ったのは、青春の1ページだ。
その時に、転生トラックを運転していたのは父で、助手席に座っていたのはタカシである。
転生トラック屋を継いでも良い、そんなことをタカシがあの一瞬間だけ考えてしまったほど、美しい転生だった。
けれど、これから始まる映像は、そんな思い出を叩き割るものであった。
『これからぁ〜、私ぃ、追放されちゃいま〜す♡』
マリコの背景には、いくつかのテーブルやカウンターが映っている。
おそらく、撮影場所は冒険者ギルドだ。
マリコはカメラのスイッチをいれたまま、テーブルの1つに向かう。
神々しい聖剣をさした勇者、ローブをかぶった魔術師、ムキムキで身体中傷だらけの格闘家、神官服をきた聖女らしき人。
間違いない、勇者パーティーだ。
『マリコ、お前はパーティーから追放だ!』勇者がマリコに告げた。
マリコは先ほどまでの、ビデオの様子と違ってシリアスな雰囲気。
『そんな、私が追放だなんて……』
その後も、マリコは必死に弁明するが、彼らは聞く耳を持たずそのまま立ち去った。
彼らが立ち去ったのを確認すると、マリコは、カメラの前に戻ってきた。
顔を赤らめ、恍惚としている。
『というわけでぇ〜、追放されちゃいましたぁ♡
おほぉ、これで私のジャンルは転生モノじゃにゃくてぇ、追放モノになっちゃったのぉぉ〜♡
これでぇ、実は私が必要だったのにぃ、って苦労する勇者パーティーを横目にざまあしながら〜、私の真の実力をぉ、見抜いたイケメン軍団と、スローライフするにょおおお♡
転生モノよりぃ、ずっと楽にゃのっ』
背後には、勇者パーティーと入れ替わるように、低ランク冒険者のマークをつけた集団が現れた。
普通の武器に見えるよう細工してあるが、明らかに伝説級の武器だ。
メンバーは老人や気さくな感じの青年たち。
けれど多分、伝説の拳法家や人に変身している大魔王だろう。
『ほう、お主……先ほど追放される様子を見ていたが、とてつもない力を秘めているようじゃな。ワシらのパーティーに入らぬか?』一見、老いぼれに見えるが、動作のふしぶしに達人臭のする老人が言った。
『はいりゅうううう♡転生者ポジションなんかやめてぇ、追放者ポジションになりゅううううう♡
もう、つらいことばっかりの転生者なんてどおでもぃぃにょにょおおおおお♡
隠していた真の力が目覚めたり、理解されたりしてぇ、楽にぃ、成り(にゃり)あがれる追放者がいいのおおおお♡』
『ほう、ワシらのパーティーに入りたいか。それは重畳。ついてくるがよい』
『見てりゅうう?町田のタカシくんと、おじさん?私、おじさんたちが苦労して用意した転生者ポジションを捨てて、今日から、追放者になりまーしゅうううう♡』
タカシは何とも言えない背徳感を覚え、息が荒くなる。別の部屋に行けばいいのに、最後までビデオを観てしまった。
だが、映像が終わり、冷静さを取り戻した時には、興奮した分の何倍もの、喪失感がタカシの心のなかを占拠していた。
途中で耐えられなくなった父は、別室で映像が終わるのを待っていたが、部屋に戻ってきた。
「いくらトラック転生が衰退したといってもな、月に何人かはお客が来るんだ。
どの客も、いい面構えしてらぁ。このご時世に、わざわざ手間かけてトラック転生するってんだからよお。
南条の嬢ちゃんも例外じゃねえ。
わざわざ<町田・転生トラック>で、転生したいって……転生に誇りを持っていた娘がよお……」
父はダンボール箱を取り出し、開けた。
中には、びっしりとビデオテープが詰まっている。
「まさか……」
「ああ、これまでにウチで送り出した転生者たちだ……みんな、追放者になっちまった……」
父はポンっと、ノートを渡してきた。
これまで<町田・転生トラック>で送り出した転生者の記録だ。
父が一生懸命に、転生者たちと話し合って、どういう異世界に行きたいか、どんなチートが欲しいか。なんてことが、鉛筆書きでノートにびっしりと書き込まれている。
そんな大切なノートには、大きく赤色でバツ印が書き込まれていた。
タカシは、まるで大切にしていたぬいぐるみをズタズタにされたような悲しい気持ちで、ノートをめくる。
バツ、バツ、バツ、バツ、バツ……
ほとんどのページにバツがつけられていた。
まだ無事なのは、最近転生した人たちだ。が、彼らも追放者に転向するのは時間の問題だろう。
「俺もトラック転生が衰退するのを体験したから、ジャンル替えが起こることは予想していた……
でもよお、これはあまりに酷いじゃねえか……」
父の頰に涙がつたる。
強い父が泣くのは、初めてみた。
タカシはその日、初めてトラックのハンドルを握った。
「本当にいいのか……、タカシ?転生トラックは危険なんだぞ?」
「<町田・転生トラック>で、転生事故は一度もおきていない。そうだろ、父さん?」
タカシの乗るトラックの前には、借りてきた別の転生トラックが置かれてある。
今から、この2つのトラックを正面衝突させる。
普段は憎しみの対象となっている古めかしいトラックのむやみに厚い装甲が、今日ばかりは頼もしく感じる。
「チャンネルは、中世ファンタジー風世界トリッパっと。よしっ、座標軸の固定完了、異空間波長よし」ダッシュボードの上に置かれた計器類をチェックして、タカシは言った。
「タカシ、帰ってこいよ。もう、この店を継がなくてもいい、とにかく無事でな」
「ああ、そのつもりだよ。でも今の発言は、父さんらしくないな。父さんが人生をかけたトラック転生を守ってみせるよ」
タカシは、おもいっきりアクセルを踏み込んだ。
次の瞬間には、トラック同士が正面衝突し、タカシのトラックは異世界へ飛んだ。
中世ファンタジー風世界トリッパ。
この異世界には、先月「町田・転生トラック」で異世界転生した転生者・岩岡ミツコがいる。老後の蓄えを使い、定年退職とともに、若返りチート付与で異世界転生した。
だが、ミツコも追放の毒牙にかかろうとしていた。
「はあ……青春よ、もう一度ということで、異世界転生したけど……ウチは役立たずやなあ」
人生経験豊富なミツコは薄々と分かっていたが、どうしても落胆する。
ステータスは高いのだが、転生前は一般人だったミツコに体が馴染んでおらず、力の調整ができない。
参加したクエストでも失敗続きだ。
今のパーティーからも、追い出されるのは時間の問題だ。
冒険者は命がけの商売だ。
命がけの場に、ステータスは高いが実戦で役に立たない仲間を連れて行く物好きはいない。
パーティーを追放されたら、きっとその噂はギルド中にひろまり、どこも雇ってはくれなくなるだろう。
「ちょっといいか、ミツコ。大事な話があるんだ」
いつもは怒ってばかりのパーティーリーダーが、つくり笑いを浮かべている。
転生前に仕事をリストラされた時の上司の顔と同じだ。
きっとパーティーを追い出される。
ミツコは、しぶしぶ立ち上がろうとした時だ。
「その追放待ったぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
冒険者ギルドの壁を突き破って、一台の見覚えあるトラックが突っ込んできた。
「うお、なんだモンスターかっ!?負けるか<筋力増大(極)>!!」
王国一の剣士と名高いリーダーが巨人化し、トラックを止める。
トラックの運転席に見えるのは、ミツコを転生してくれた<町田・転生トラック>のせがれではないか。
「こっちは、トラックやぞ!人間ごときに、負けられんのじゃ、お前たちには別の世界に行ってもらう!!!」
グオオオオオンン!!!
低いエンジン音が響き、アクセルをさらに踏んだトラックは、リーダーと、その背後にいたパーティーメンバー全員を跳ね飛ばした。
「君のステータスには、とんでもないポテンシャルがある!僕たちのパーティーに入ら……」
パーティー消滅により無所属になった瞬間、ミツコに言い寄ってくる集団が現れた。
「ウチのお客さんになんしてくれとんや!お前ら、追放者受け入れ組も、別世界に行ってまえ!」
Uターンしたトラックは、そのままミツコに言い寄ってきた集団を吹き飛ばした。
トラックはミツコの側で停車した。
運転席の窓が開く。
「町田のタカシくんやね。お久しぶり、大きいなったねえ」ミツコは言った。
「もう社会人ですけどね」
「あら、丁寧な言葉遣いをして。さっき運転しとった時と雰囲気が違う」ミツコは、笑う。
「子どもの頃、父さんの助手席で転生トラックに乗っていたころを思い出したんだ。あの頃は、本当に自由で、転生トラックのあり方を分かっていたような気がするよ」
「多分、気のせいや。転生したけど、今でもウチは自由なようで不自由や」
「人から与えられた物に満足してるからじゃない?僕なんて、父さんのトラック借りて自分で好き勝手してるよ?……今日からだけど」
冒険者ギルドの騒ぎを受けて、トラックの周囲には、わらわらと人が集まってきた。
「それじゃあね、おばちゃん。楽しい転生を」タカシはアクセルペダルを踏み込んで、エンジンを吹かす。
「今は、お姉ちゃんや。タカシくんも、身体には気いつけや」
トラックは急加速すると、進路にいる人を跳ね飛ばして転生させながら、帰っていった。
「元気な兄ちゃんやね……今度の人生は、誘われたとか、追い出されとかじゃなくて、ウチも自分で動いてみようかな?」
この一件以来、タカシは仕事を辞め、実家に戻って、転生トラック屋を継いだ。
「父さん、調子はどう?」
「お前が仕事を手伝うようになって半年経つが、あれ以来、ビデオレターは送られてきていない。お前のアフターサービスのおかげだな」
父は愉快そうに笑った。
最近は、父もかつての職人としてのやる気を取り戻している。少し鬱陶しいが、塞ぎこまれるより何倍もいい。
タカシの開発した、転生者が追放されそうになると、関係者を全員トラック転生させる方法は、完璧であった。
転生者たちの追放率は0パーセントになった。その評判を聞きつけた転生志望者が店に押し寄せ、今では1年以上の予約待ちだ。
「おい、タカシ宛に、異世界転生協会から封筒が来てるぞ」
父が親展の印が押され、厳重に封がされた封筒を手渡してきた。
異世界転生協会といえば、あらゆる異世界転生を管理する組織である。
もちろん、<町田・転生トラック>も加入している。
タカシは、封筒を開け、手紙を取り出した。
< 町田・転生トラック 代表者 町田 タカシ 殿
貴殿の行なっている転生トラックによる暴走行為は、看過できるものでない。
よって、貴殿を異世界転生協会から追放処分とする。>
なんてこった。
自分が追放モノだったなんて……