王子追い詰める
アッシュレは孤児院の前で立ち尽くしていた。近くの森を探索してた騎士の声でアッシュレは我に返った。
「殿下、このような物が森に落ちていました。」
騎士は一枚の服を差し出した。その服は所々破れており、血で汚れている女物の服だった。血は既に乾いているがまだ完全に変色していない新しい血だ。微かな魔力の痕跡にアルテシアの血だとアッシュレはわかった。心配そうに騎士はアッシュレを見ている。
「これはアルテシアの血に間違いはない。」
「ではアルテシア様は既に‥‥」
「いや、それはないだろう。アルテシアは森に行った事は間違いない!森をくまなく探せ!何でもいい。手がかりになりそうな物を見付けたら報告しろ!」
アッシュレは血で汚れた服を見てアルテシアが死んだとは思えなかった。切り刻んだ所全てに血は付いていない。脱いでから血を付けたのであろう。
(アルテシア、甘いな。俺はこんな物には引っかからない)
念の為、森の中を一晩捜索したが何も見つからなかった。もし町に居たとしても王命で不審な若い娘は届けるように通告が出ている。町にアルテシアが歩いていたら直ぐに分かるであろう。しかし何も連絡がない。
王宮に戻ったアッシュレを待っていたのは、未だ婚約破棄が出来ない婚約者の父親のリチャード伯爵であった。
「殿下、お待ち申しておりました」
「私は、呼んだ覚えはないぞ」
「私が勝手に待っておりました。どうしてもお願いしたい事がございます。殿下がアルテシア様のご捜索にご熱心が故、我が娘も心を痛めております。どうぞ我が娘をお慰め下さい」
相変わらず煩わしい伯爵だ。アッシュレは孤児院が無駄足だった事に苛立っていたが、更に苛立ちが増した。
「伯爵は可笑しな事を言うなぁ。何故、私がそなたの娘を慰めねばならない。そなたの娘とは確かに婚約はしたが私はまだ、一度も会ってはおらぬ。婚約破棄の申し出はしている筈だが?慰めあう仲ではないと思うが‥‥」
「殿下、お言葉ですが夜会では我が娘は何度もご挨拶しております!ダンスも何度も踊っておりますぞ!それにあんな一方的な言い分は聞けませぬ」
「リチャード伯爵、貴方は一度の夜会で挨拶やダンスをした者を一人一人を全て覚えているのか?きっとリチャード伯爵なら覚えているのであろうな?」
「それは‥‥。しかしながら今は未だ婚約者を蔑ろにして一度も会わないとは、余りにも娘が可哀そうです」
「そうか‥‥。この王宮で元婚約者のアルテシアには慰めたり私から呼んだりする事はなかったが何も言わなかったぞ。聖女も求めなかった事をそなたの娘は私に要求するのだな。慰めた後は何を要求するのだろうな‥‥」
(今は、元婚約者だがな)
心の中でアッシュレは言った。
「それではまるで我が娘が強欲に聞こえますぞ」
「リチャード伯爵、何か勘違いしているようだがアルテシアは聖女だ。ただの令嬢ではない。その聖女さえも求めていない事を何故伯爵の娘が求める事が出来る?少し調子に乗りすぎていないか?リチャード伯爵?すまぬが今日は気分が優れない。他に用がなければ下がってくれ。」
また来る事を言い残して、伯爵はその場から去った。
アッシュレは今宵、少し眠ろうと思ったが寝付けなかったので、仕方なく酒を飲む事にした。昼間のリチャード伯爵との会話を思い出した。伯爵に疲れと苛立ちに任せて八つ当たりをした事に後悔した。また近々、伯爵は吠えに来るのであろう、面倒だと。
(きっと、あんな風に伯爵に吐き出したのは昼間、孤児院のシスターと話した事が影響したのであろう。私らしくなかった)
アッシュレは明日には孤児院に娘がいないだろう事は確信していた。アルテシアがわざわざ捕まる為に戻るわけがない。しかし何もせずに王宮にいても状況は変わらない。明日も孤児院に行くか迷っていた。
(今宵はアルテシアは何処で眠っているのだろう‥‥)
アッシュレはアルテシアの事を恋しく思い一度でも手放した事を後悔していた。
それにしてもこれだけ町を監視しているのになぜ、見つからないんだ。ふと、騎士から孤児院の娘の報告があった時の事を思い出した。
(娘は町に宿泊すると言っていたな。何処に宿泊するとは聞いていない!)
直ぐに側近を呼んだ。
「昨日の孤児院の報告をした騎士を直ぐに呼んでくれ」
「しかし、こんな夜更けに…」
「2度も言わすな。すぐにと言っている」
アッシュレが気が立っている事が分かると、側近は真っ青な顔になり直ぐにその場から去った。それでも時間はかかったが、報告にきた騎士が慌てた様子で入ってきた。
「殿下、お呼びでしょうか?」
「夜更にすまぬが、昨日の報告で娘が買い出しに行って一泊すると言う報告を受けたが、何処に泊まると言っていたか思い出して欲しい。」
「昨日の報告の事でしょうか?確かシスターは娘が町の教会に泊まると…しかし、何処の教会かは聞いておりません」
(町の教会!そこにアルテシアはいる!)
「ご苦労であった。そこまでわかれば充分だ。」
騎士を下がらせ、アッシュレは何が起こったのか分からない様子で部屋の隅からこちらを伺っていた側近を呼んだ。
「この王都に教会は小さいのを含めていくつある」
アッシュレの唐突な質問に側近は戸惑いながら答えた。
「小さい教会も含めれば5つ程あります」
「その中で極端に小さい教会は?」
「極端にですか?……港から少し離れた教会が極端に小さいかと…。後はそれ程規模は変わりませんが‥‥」
「明日の朝一番にその教会を訪ねる。朝一番だ。すぐに手配してくれ」
「承知致しました」
何も理由を聞かされていない側近は首を傾げるだけだった。
(アルテシアがいた孤児院は親から見捨てられ病気で養子として引き取り手のない子供達ばかりだった。養子に出しているなら寄付金が集まるから孤児院も潤っている筈だ。しかしあの孤児院はとても潤っているとは言えない造りだった。あのシスターが関わりが深いとしたら同じ貧しいものが集う教会だろう。王都で一軒だけとは、私も神から見放されていないと言う事だ)
「朝が待ち遠しい‥‥」
アッシュレは深い眠りに着いた。
翌朝、日が昇るのと同時に教会へ向かった。騎士達は外に待機させ護衛一人だけ付けて中に入った。
教壇の前で神父が祈りを捧げていた。流石に祈りを妨げる事ができず、少し離れたところで自分も祈りを捧げる。そして暫くすると神父は祈りが終わったのかアッシュレの方へ近づく。
「いつかはここにいらっしゃるとは思っていましたが、余りにも早いご到着でしたので驚きました。王太子殿下でよろしかったかな?」
「左様、私はこの国の王太子ですが、神父は私がここに来る事を知っていたように聞こえますが?」
「知っていたと言うよりは来るだろうと思っていただけですよ。殿下はここに王宮で探している娘がいると確信して来たのでしょう?」
「話が早くて助かります。では、娘がここにいるなら会わせて頂きたい。望みは出来る範囲で叶えますよ。なんならここの教会を建て直しても余るぐらいの寄付も惜しみませんよ。さぁ娘に会わせて下さい」
「孤児院のシスターにも今と同じ事を言われたのですか?」
「同じように提案しましたが見向きもされませんでした。残念ですが」
「きっとそうでしょう。シスターは『神からの教えで見返りなど求めてはいけない』と言って断ったのでは?彼女の言葉は殿下には全く伝わらなかったみたいですね。残念です」
「貴方も要らないから会わせないと言うのですか?」
神父は殿下の問いかけに答える気もないと話を逸らした。
「今、教会の間では、聖女の話題が噂されています。仮に娘が聖女だとして貴方は彼女をどうするつもりなのでしょう?」
「私の妃にするつもりです。それに聖女で無くても正妃は無理でも妃にはするつもりでした」
そう、アッシュレは聖女と分かる前は一旦、婚約破棄をしても正妃を迎えた後にアルテシアを妃に迎えるつもりだった。
「殿下は欲が深すぎる。それは愛と程遠すぎる。神殿では王宮での出来事は筒抜けなんです。婚約破棄から1日も経たないうちに他の令嬢と婚約し、またその令嬢と婚約破棄をし聖女と婚約をしようとしていると‥」
「あの時は仕方がなかった。国の為により強い者を残すのは王族の定めです。愛する人が強い力を持つ者となった今、堂々と求める事が出来ますからね」
「そうでしたね。殿下もまた、殿下であるが故、権力と力を求められている。誰も殿下である前の姿を求める事はないのでしょうね。それも悲しい事です。残念ながら娘はもうここにはおりません。殿下も娘もきっと神があなた方の行くべき道に導いてくれるでしょう」
「居場所は教える気がないと言う事ですか」
「進むべき道は神のみしか知りません。娘にも殿下にも神の御加護がある事をお祈り致します」
と神父が言い残した直後、強い魔力を感じた。恐らく神父も何かを感じたのだろう。
「港の方だ!神父、神は私の味方だと思ってもよいかな?」
「さぁ、それはどうでしょう?」
アッシュレは港に向かい魔力の感じる方に向かった。
港に着く頃は感じる魔力が弱くなり居場所までは分からなくなった。それらしい所を探した。アッシュレの視界に男と少年が走って船場についている船に乗り込もうとしているのが目に入った。少年の後ろ姿が気になりアッシュレは追いかけた。
男が船に乗り少し遅れて少年が乗り込もうとした時ようやくアッシュレも追いついた。
髪の色も性別も違うが、アルテシアの後ろ姿と少年の後ろ姿が重なる。まさかとアッシュレは思ったが少年に声をかけた。
「待ってくれ!そこの少年」