迷い
エルサと一緒に食事を届ける為、二階のエルサの母の部屋に案内された。ベットの脇には大きな体のロンが座ってエルサの母であろう夫人の手を握り締めている。
夫人は、エルサとルカに似ており可愛らしい顔立ちをしている。しかし、かなり痩せこけてしまっており座っているだけでも辛そうであった。この様子だと立ち上がるのはとても無理であろう。
「ルークか、俺の自慢の嫁さんで、ハンナって名前だ。美人だろ?」
ロンは泣いていたのだろうか?少し疲れた顔をしていた。それでも気丈に振る舞おうとしている。
「ハンナ様、僕はルークと申します。訳あって一晩、お世話になります」
「まぁ、本当、エルサが言った通り綺麗な方、お伽話から王子様が出て来たような方‥ゴホゴホ‥‥ごめんなさいね。」
「ハンナ様、無理をせずに。お食事をお待ちしました。殆どエルサ殿が作られましたが僕が味付けしたので、お口に合うかわかりませんがお食べ下さい」
「ごめんなさいね、お客様なのに手伝わせてしまって。でも、ありがとう。頂くわ」
「気にしないで下さい。お泊め頂くのに何もしないわけにはいかないのでエルサ様に無理を言って手伝わせてもらいました。さぁ、温かいうちに食べてください」
普段から面倒を見ているのであろう。ロンは図体はでかく不器用そうに見えるが、慣れた手つきでハンナの食事の介助をしている。ハンナの食事量は少なかったが、それでもいつもより多めに食べることが出来たようで、ロンもエルザも喜んでいた。ルカも母親が恋しいのかベッドにしがみついている。
「ロン、よければハンナを少し診させてくれないか?実は少しだが僕は魔力を持っている。何か力になればと‥‥。」
ロンは快くハンナのベット脇を譲ってくれた。
アルテシアはハンナの手を両手で握って魔力を送る。ハンナの生命の儚さが伝わってくる。今まで見て来た人達よりも弱い生命を感じる。
(今にも死んでしまいそう。でも、私なら彼女を治せるわ。魔法陣を使わないと駄目ね。そんなに強い聖属性魔法を使ったら王太子殿下に直ぐに居所がばれるわ)
アルテシアは結界で守れるギリギリの回復魔法を使う。
「母さん、いつもより何だか顔色がいいわ。」
「あら、何だかとても気分がいいわ。ルーク、ありがとう。」
ロンもルカも嬉しそうな顔で頷いているが、アルテシアの気持ちが沈む。
(こんなの気休めにしかならない。私なら完治させる事が出来るのに。)
アルテシアは歯痒い気持ちにしかならなかった。ロン達の感謝の言葉に罪悪感に苛まれた。明日にはここを去らねばならい。次にハンナに会う事は叶わないだろう。ハンナの事が頭に離れず夜を過ごした。
翌朝、出発前にもう一度、ハンナの元に行きもう一度回復魔法を使う。ギリギリまで頑張ったがやはり気休め程度しか回復していないだろう。
「ハンナ様、一晩、お邪魔しました。何もない僕を暖かく受け入れて頂いた事に感謝します。お身体を大事にして下さい」
「ルーク、貴方も気を付けて」
ロンがハンナと出発までの時間を惜しむかのように出発の挨拶をしている。邪魔してはいけないと思い、エルサとルカのもとに行く。二人ともロンがまた旅立つのが寂しいようだ。それでも二人は心配かけないようにロンを笑って見送るのだろう。
「ルーク様、また、来てくださいね。」
「兄ちゃん、また、来てね。」
「ああ、また、来させて貰うよ。」
ロンが2階から降りて来た。
「ルーク、待たせたな。行くぞ。」
「父ちゃんいってらっしゃい!」
エルサもルカも涙を堪えているが笑顔で送ってくれた。アルテシアはこの子達が母親を亡くす事を考えると胸が痛んだ。
ロンと話しながら船場に向かった。
「病気の嫁さんと子供達を残して仕事で海に出るなんて酷い男だろう?あんなに弱っても馬鹿だと思うがまだ治ると信じているんだ。だから海から海を渡って仕事の合間にハンナの病を治せる医者を探している。どの医者も、もう手遅れだとか今の医学では治せないとか言うが俺はまだ諦められないんだ。まだ小さい子供らを放って置いてでもだ。酷い親だろ?」
ロンは涙こそ流してないが、アルテシアには泣いているように見えた。きっと、何度も絶望と希望を繰り返して来たのだろう。それを思うと胸が痛む。いいのだろうかこのままで……。アルテシアには罪悪感しかない。
船の手前まで来て、アルテシアは立ち止まった。
「このままじゃ乗れない‥。」
「うん、なんだ?」
「ロン様!このままでは乗れない!戻らないと!僕は貴方の奥様を治せるんだ!」
と叫んでアルテシアは来た道の方を向いて走った。
「おい、待て、治せるってどう言う事だ?」
ロンが追いかけようとすると後ろから船員がロンを呼び止める。
「親方!出航の準備は整いましたぜ。何処行くんすか?直ぐに出航ですよ!」
「すぐに戻る、待っててくれ!いつでも船を出せるようにしといてくれ!」
アルテシアはついさっき出たはずの家に戻ってくると、勢いもそのままに二階へと駆け上がり、ハンナの部屋に入る。もう後には引けない。しかし、微塵も後悔はない。
そこへすぐさま追いついて来たロンが、後ろから声をかける。
「おい、ハンナを治せるってどういう事だ?それに出航が遅れると色々厄介なんだぞ」
「ごめんなさい。ロン様!私が間違っていた。どんな理由があっても見捨てちゃいけないんだ!」
薬が効いているのだろうかハンナは眠っていた。
アルテシアはハンナの眠る体の上に手を乗せると両手を広げたぐらいの大きさの魔法陣が浮かび上がる。魔法陣の上で祈りを捧げた。
「神よ。彼女に祝福を与えたまえ‥‥」
無数の光がアルテシアとハンナを包み込む。ロンは目も開けられない光を前にして立ち尽くす事しか出来ない。次第に光が弱まり二人の姿を見た。ハンナは眠りから覚めておりアルテシアはハンナに話しかけた。
「ハンナ様、もうベッドから立ち上がれる筈です。」
アルテシアはハンナの手を取る。ハンナは半信半疑の顔で床に足を付け立ち上がった。
「私、ベッドから起き上がれるわ。体が軽い‥‥」
ロンはハンナの姿を見るともう涙も鼻水も流して酷い顔になってる。後から来たエルサ、ルカも母の姿を見てわんわん泣いている。ロンはおぼつかない足でふらふらハンナの方へ近付くと思いっきり抱きしめた。それを見たルカもエルサも我を忘れたかのようにハンナの方へ走って抱きついた。
「母さん、母さん!」
「母ちゃん!!」
暫く家族はハンナを抱きしめる事で落ち着いたのか、ロンがアルテシアに言った。
「ルーク、何が起きたか分からないがお前のおかげでハンナが病から治ったのは分かった。病気する前のハンナに間違いない!何と礼を言ったらいいか‥‥」
「ロン様、僕は一度、貴方の奥様を見捨てました。治せると分かってても、酷いことをしようとしました。人の命より自分を優先しようと思ったんです。礼なんて言われる資格ない。」
「ルーク、お前はそれでも最後はハンナを見捨てなかった。ありがとな。本当にありがとう。」
アルテシアの両手を握ってロンはまた泣いてしまった。
「ロン様にそう言われる資格なんてない‥‥私は、私は‥‥」
「そう自分を責めないでくれ。助けてくれた事は事実で、俺にはそれだけで充分すぎるんだ。ルーク、俺には船でしか恩は返せねぇ。だからバガラル国までお前を必ず送り届ける。だがこのままじゃ出航出来なくなる、急がないと」
アルテシアはハンナ達と別れを惜しむ間も無くロンと一緒に走って港まで向かった。何とか出航に間に合った様子だった。ロンが船に先に乗り込むと、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。
「待ってくれ!そこの少年」