王子が追いかける
王宮では聖女探しに必死だった。病院と孤児院を探すにしても、若い女性と言うと入院患者から働いている看護婦と一人ずつ調べるのは一苦労だった。女性で聖属性の魔法を使える者も居なかった。
それと同時に、アルテシアの婚約破棄撤回も意外な事に苦戦していた。リチャード伯爵が中々、納得しなかった。アルテシアが行方不明である事も原因である。
伯爵と言えども先代から金貸しの手腕が優れており、貴族でもかなり力を付けている。伯爵が無理に押し付けた婚約とは言え、機嫌を損ねるのも厄介で婚約も無下にできない。毎日のように婚礼を催促して来る伯爵の対応を国王とアッシュレ王子が対応している為、捜索も遅れていた。
一層の事、リチャード伯爵家を取り潰した方が早いのでは?と言う考えが頭を過る程、アッシュレは疲れからか投げやりになっていた。
「王太子殿下、ご報告がございます。アルテシア様の捜索の件ですが‥‥。」
「何か分かったのか?早く言え!」
「はい。有力な情報か分かりませんが町の外れの孤児院に最近、若い娘が出入りをしていると報告がありまして。今日は確認が出来ず明日、確認をする事になりました。」
「明日とは、何故だ?」
「あいにくその娘は町まで買い出しに出ており明日戻るとのことでした。すみません。王太子殿下がどんな小さい事でも報告を望まれましたのでつまらない報告をしてしまいました。」
直感だがアッシュレはその娘がアルテシアだと確信した。
「いや、喜ばしい報告だよ。良くやった。」
と言った瞬間。アッシュレは強力な魔力を一瞬感じた。アルテシアだ!彼女が魔力を使った!
先程までのリチャード伯爵の事での憂鬱な気分が一瞬にして消えた。明日の朝になったら彼女はまた、逃げるであろう。
「今からその孤児院に行く!」
「しかし、娘は明日にしか戻らないと‥‥。」
「いや、アルテシアは孤児院にいる。」
王太子は、執務室から出て行った。
その頃アルテシアは、町を目指して森を抜けていた。町まで、歩くと半日はかかる。途中、無駄な足掻きかもしれないが、自分のワンピースを所々護身用のナイフで切り刻み自分の腕を切り血を擦りつけた血で汚れたワンピースを捨て先を進む。
(これで、野盗に襲われて死んだ事になればいいんだけど‥‥。)
町に着くとすぐに持っていたドレスを売った。男性として偽っているのに女性ものを持っていて怪しまれるといけないからだ。そして、教会へ向かった。
小さな教会で、中に入ると質素だが綺麗に清掃されていた。歳は父と変わらないぐらいの神父が出てきた。
アルテシアは直ぐにシスターに貰った手紙を神父に渡した。神父はそれを読み。こちらを見る。
「孤児院では子供達に良くしてくれたんだね。ありがとう。事情は分かったが、国王の命令で町では若い女性を探しているようだ。かなり大掛かりにね。だから、ここが必ず安全とは言えない。長く置いてあげたいけどここに長く居たらきっと直ぐに見つかってしまうだろう。」
「事情は分かっています。ここも2.3日の間の隠れ蓑だと思って来ました。」
「ではその後は何処か当てはあるのかな?」
「船に乗って他国でもと思っていますが‥‥。」
「そうか、船ならば孤児院出のロンが船を持っている。丁度、この町に帰って来ていると思うからその者を頼りなさい。」
「神父様、ありがとうございます。この恩はいつか必ずお返しします。」
「いや、いいのだよ。返さなくても、もしこれから君の周りで助けてあげる人がいれば助けてあげなさい。そして、見返りを求めてはいけない。神は見返りを求める事を望まないからね。」
「神父様‥。」
「そう言えば君の名前は?今の姿の名前を聞いていなかったね。」
「もし、よろしければ神父様が名付け親になって頂けませんか?」
「そうだな…ルークはどうだろう。」
「素敵な名前です。ありがとうございます!」
「さぁ、貴方にとっては質素な食事だが一緒に食べよう。こちらにいらっしゃい。」
アルテシアは追われている身でも歓喜と安心に満ちていた。何もない自分に温かい手を差し伸べて貰える事に喜びも感じていた。ちぎったサラダと少しの野菜のスープとパンだったが神父と食べた食事は今まで食べたどんな高価な食事よりも美味しく感じた。
その頃、アッシュレは騎士を三人連れて馬で孤児院に向かっていた。大勢で押しかけてアルテシアに勘づかせない為である。
中に入りシスターが対応する。
「私はアッシュレ・ルービンスタイン、この国の王太子だ。シスター夜分遅くすまないが急いでいる。ここに若い年頃の娘が最近、良く見かけると聞いたが。」
「王太子殿下だとは露知らず、ご無礼をお許し下さい。今朝程も騎士様にお伝えしましたがその若い娘は町に買い出しに出ており明日にならないと戻りません。また明日、お越し下さい。」
騎士が苛立ちシスターに怒鳴った。
「シスター、娘がここにいる事は分かっている!もし、殿下の前で嘘を付くような事をするならばこの場で命を奪う事になるぞ!」
殿下は剣呑な眼差しで騎士を睨んで静止させる。
「待て!シスターは神の従事者であるぞ。そのシスターに無礼が有れば私がお前を罰する!下がれ!」
「殿下、失礼しました。」
「シスター、申し訳ない。家臣の無礼お詫びする。少し中を確認させてほしい。」
「殿下、勿体ないお言葉です。中でしたらどうぞご確認下さい。」
建物の中に騎士達が調べに行った。
「殿下、何処にもアルテシア様らしき者は居ません。やはり町の方にいるのでは‥‥。」
何処にもアルテシアの姿の娘は居なかったが、アッシュレはここで簡単に引き下がれなかった。
アッシュレは床に膝を付きシスターの手を両手で握り顳顬に当てて言った。
「お願いです。シスター、娘の事を何でもいいから教えて頂きたい。私は彼女を心の底から愛しています。それに彼女はこの国にとって重要な人です。一刻も早く彼女を保護するには今は貴方しか頼る事が出来ないのです。教えて頂ければこの孤児院の助成金を今までの倍、いや3倍でもいい金額を上げる事を約束しましょう。」
ここで逃してはいけないとアッシュレは本能的に悟った。
喜んで答えて貰えると思ったらシスターは眉間にシワを寄せ呆れたようにため息を吐くと諭すように言った。
「殿下‥‥。もしも、殿下の探している娘の事を知っていても助成金の為に話す事はしないでしょう。ここの子供達も一緒です。話せる事は何もありません。お帰り下さい。」
「何故です。金額にご不満ですか?」
「いいえ、神から見返りなど求めてはいけないと教えに従っているだけです。」
「シスター、あなたは娘の居場所を知っていると私は確信しています。そしてつい先程までここに居ましたね。彼女が王宮へ来る事は貴方も含め国民にとっても幸福を招く事になるのです。さぁ、知っている事を話して下さい。」
シスターはシンシアことアルテシアが逃げた理由を痛い程、理解した。この方はきっと今までも全ての人が従う事が当たり前だと思って生きてきたのであろう。
「娘が殿下のもとへ戻る事が人々の幸福をもたらすならばきっと、神も殿下の味方になるでしょう。いつか殿下のお心が神の教えに近づくようお祈りします。殿下に神の御加護がありますように、では、お祈りの時間となりましたので失礼します。」
(私の何がいけないのだ?将来の王太子妃だぞ。しかもアルテシアは聖女だ。私達の事は神も望んでいる筈だ。)