聖女の決意
レナルドの執務室にレナルド、ハルク、クラウドそしてアルテシアが座っている。アルテシアは第二王子の存在に驚きを隠さずただクラウドを見つめることしかなかった。クラウドも何から説明すればいいのか分からない様子だった。
その雰囲気の元凶のハルクは悪びれる事もなく出されたお茶を飲む。ハルクはその様子を楽しんでいるようにも思える。
アルテシアはクラウドに山のように聞きたい事があったがクラウドの様子を伺っている。
「クラウド殿下、我が国王陛下からのお言付けを受けたまっております」
クラウドは頷く。
「早急に殿下とアルテシア様にお会いしたいとの事です。事を急がねばアルターナの王女殿下の身も危ないと…」
クラウドが身を乗り出し声を荒上げる。
「な、何かあったのか?!」
ハルクはクラウドの慌てる事も予想をしていた。クラウドの感情を無視して話を続ける。
「殿下、お気持ちを察しますが先ずは状況を把握して下さい。まだ、王女の身には何も起きてはございません。これからの事を言っております。殿下は血の繋がった王女殿下の事ですが、アルテシア様は聖女とはいえ王族とは無関係なお立場、アルテシア様は無理に陛下の謁見に応じる必要はないと陛下から承っております」
アルテシアは答えに詰まった。国王が謁見を断っても良いと言う事は謁見に望むなら覚悟して望まなければならないと言う事だ。ことの成り行き理解できてないアルテシア嬢は直ぐに答える事が出来なかった。
クラウドがアルテシアの戸惑いを察してなのかハルクに問う。
「アルターナの王女の身の危険が危ないと言うが何故、バガラルの国王がアルターナの内情を知っている?それにアルテシア様は聖女の神託を受けている。教皇猊下の許可無くして他国との国王陛下との謁見は認められないのではないか?」
ハルクは溜息を吐きながら言う。
「我が国の力ならばそれぐらいの事は容易いのですよ。アルターナ国の内情など知るのは容易な事です。アルテシア様は聖女であり貴族とは言え教会側の人です。確かに教会は常に道徳的に政務を間違った方向へ行かない為に常に中立な立場でいなければならない。誰に対してもでしたね。しかし、それは建前だと言う事は殿下は良くご存知だと認識していましたが?」
クラウドは王宮で虐げられた分、神殿からの助けは必要不可欠だった。王政の改革の計画も神殿の協力は絶対だった。
「しかし、聖女となるべき方を巻き込むのは…」
クラウドは声を押し殺す。
「そうですね。確かに…アルテシア様は貴族の方。もしかしたらアルテシア様の行動一つでご家族にも何らかの影響があるかも知れません。ロレーヌ侯爵殿は宰相補佐でしたね。政権交代となると侯爵家も没落の末路を辿るでしょう」
アルテシアは膝のドレスの裾を強く握りしめる。俯きながら言う。
「ハルク先生の仰る事は分かります。しかしながら私もそれなりにアルターナの現実を見て来たと思っています。アルターナの平民の生活は、このバガラル国の平民の生活よりも遥かに苦しいです。平民で生まれた瞬間に学ぶ事は出来ません。それに加えて税収の取り立ては厳しいと聞いています。それに比べてわたくしも含めて貴族階級での贅沢は当たり前です。そして孤児院の子達は効かない薬を飲んで粗末な食事で飢えを耐え死んでいくのを待つ暮らしをしているのです。もしも国政が変わる事でこの不公平さが少しでも良くなるなら…あの子達に少しでも笑顔にさせられる事が出来るなら私も家族と一緒に罰せられる覚悟は出来ております」
アルテシアは孤児院の子供達の事を思い出していた。一時的には病気が治ってもまた、新たに行き場のない子供達が増えているかと思うと胸が痛くなった。ハルクはアルテシアを見て少し微笑んで言った。
「やはり貴方は聖女様ですね。私が要らぬ気を回し過ぎました」
しかし、クラウドはアルテシアが関わらせたくなかった。もしも反乱が失敗したらクラウドは自分は死ぬだけだがアルテシアもクラウドに肩を入れた事になれば反逆罪となりかねない。
ロレーヌ侯爵一家、全員に処刑になるかもしれない。このまま、知らずに過ごせばアルテシアはアッシュレに捕まったとしても庇護は受けられるだろう。どんな状態でもアルテシアには生きていて貰いたい。
「アルテシア嬢、貴方は、全く理解していない。貴方は聖女として生きていくならば国政など関わっていけない!このまま、知らない振りを貫くべきなんだ」
ハルクが厳しい顔付きになる。
「クラウド殿、貴方はアルテシア様のお力を見縊っています。アルテシア様の聖女としてのお立場なら必ず勝利に導いて頂けます。確かに貴方の思いは分かりますが、アルテシア様のお力なくては反乱の成功はありません」
今まで黙っていたレナルドがハルクの代わりにクラウドに言う。
「しかし、それではアルテシア嬢を利用する事になる」
クラウドは下唇を噛んだ。アルテシアはクラウドの膝の上で強く握り締められた拳に手を乗せる。
「私はクラウド殿下を信じております。私欲のためでなく国民を思い動いてくださる事を。だからいいのです。わたくしを利用して頂ければ、いえ利用ではないですね。協力させて下さい」
クラウドがアルテシアを見ると既に決意は固いようだ。クラウドはアルテシアには危ない事はさせたくなかった。それは何故だか分からないが…。
クラウドはやはり首を縦に振れなかった。クラウドはアルテシアの前で片膝を床に付けてアルテシアの手を額に付けた。
「アルテシア嬢、いいえ聖女様。私の願いはただ一つ。貴方が穏やかに日々を過ごしていただく事です。聖女様が怯えて過ごす事は耐えられません。どうぞ、私の事など忘れてこのままバガラルの地へ留まって下さい。いつか聖女様が再びアルターナの地に戻れるよう私は戦いに行きます。それまではここで穏やかな日々過ごして頂きたい」
クラウドは例え不利になったとしてもやはりアルテシアを巻き込む事は避けたかった。
アルテシアはクラウドの気持ちは痛い程分かる。もし、クラウドの立場でクラウドを犠牲にする事はアルテシアもしなかったであろう。
「クラウド殿下、貴方のお気持ちは痛い程、分かりました。私くしもこの数日間、貴方との別れは覚悟しておりました。短い時間でしたが貴方と共に過ごした時は今までには無いぐらい穏やかな時間でした。だから…離れる事を考えるととても心が苦しくなります。それでも貴方は別々の道を歩む事を望まれるのですか?」
「時が経てば直ぐにお気持ちも落ち着くでしょう」
アルテシアは涙を溜めながらクラウドを見つめ言った。
(そう…貴方は直ぐに私を忘れるでしょう。そして、いずれ争い事も終われば私ではなく別の美しい方と過ごされるのでしょうね…)
アルテシアは思わず涙が溢れた。
「それに俺は…この先、生き延びれるか分からない」
ハルクは怒りを露わにしながら言った。
「殿下は殿下を信じ戦ったものを見捨てて死んでいくつもりなんですか?死を覚悟しなければいけない事も分かりますが…。共に戦う者には見せないで頂きたい。既にバガラルの国王陛下も殿下の為に動こうとしています。アルターナ国にいる殿下に賛同しようとしている者も…。その様な弱気な考えでは困ります。私を含め我が父も殿下と共に戦う覚悟は出来ています。貴方にはかつて一夜で政権を覆したティソット伯爵家が味方となろうとしているのです」
ハルクに続き、穏やかにレナルドが更に言う。
「クラウド殿下は独占欲が強いのかアルテシア様をご自分、お一人で護られるつもりですがアルテシア様を護りたいのは殿下だけではありません」
クラウドは観念したように言う。
「すまない。私が傲慢すぎたのかもしれない。しかし、アルテシア嬢には…」
アルテシアはクラウドの手を握り膝まずき視線の高さ合わせる。
「殿下!わたくしは殿下の足手まといになりません。邪魔になれば切り捨てて頂いて構いません。わたくしもアルターナが良い方向に変わるところをこの目で見届けたいのです。殿下と同じ目線でどうぞ、ご同行させていただく事を許してください」
アルテシアの揺るぎない目を見てクラウドはもうアルテシアには勝てない気がした。
「分かった。俺の負けだ。もう、泣かないでくれるか?」
クラウドはアルテシアの涙を手で拭う。そして、落ち着いたところで席に座り直す。ハルクはクラウドを一瞥して話し出す。
「殿下の事は陛下から聞きました。父上もクラウド殿下がバガラルへ滞在していた事は随分前からご存知だったようですね。クラウド殿下も会った時に話して頂ければ良かったものを…」
「隠していた訳ではない。ただ、要らぬ気を使って欲しくなかっただけだ」
クラウドは苦しいそうに言い訳をする。
「殿下、失礼を承知で言わせて頂きますが、もっと早い時点でお話して頂ければ殿下も命の危険に晒すこともありませんでした。そして、アルターナ国王太子殿下からも追われる事なく事が済んでいました」
さらりと正論を言うハルクにクラウドも黙ってしまう。レナルドが少しクラウドの事が気の毒に思い助け舟を出す。
「まぁ、過ぎた事を言っても仕方ない。アッシュレ王太子殿下はアルターナに戻ったのか?」
「ええ、クラウド殿下が殺害された事になっているので、アルターナに直ぐに戻られると言って2.3日後にはバガラルを出られました」
「ならば聖女様がクラウド殿下と接触した事に気付いたのだな。恐らくクラウド殿下の生存も知っているであろう。闇雲にアルテシア様を探すよりも殿下を誘き寄せた方が早いと考えているとしたら第一王女の身が危ないな」
「わたくしがアルターナ国に戻れば第一王女殿下をお助け出来るのではないでしょうか?」
アルテシアは言った瞬間、クラウドとハルクの言葉が重なった。
「「それはダメだ」」
クラウドとハルクは初めて意見が合った。あまりにも即答だった事に驚くアルテシアにレナルドは少し微笑んで言った。
「アルテシア様、お気持ちは分かりますがそれはあまりにも軽率な考えです。アルテシア様がアッシュレ王太子殿下元に行ったところで果たして第一王女を無事に引き渡していただけるでしょうか?私が知るところ王太子殿下はエレン様の子である第二王子、第一王女を酷く嫌悪していると聞いております。アルテシア様を引き渡したところで第一王女を無事にこちらに戻して頂けるでしょか?アルテシア様が手に入らないうちは第一王女も無事でしょう。大事な人質ですから…」
アルテシアはクラウドの方を見るクラウドはレナルドと同意見だと頷く。
「私が思う以上にアルターナ国の王太子殿下は難しい方なのですね…」
「ええ、今までアルテシア様がアッシュレ王太子殿下に捕まらなかったことが不思議なぐらいですよ」
レナルドは感心した口ぶりで言う。
アルテシアは自分を追って来た男の恐ろしさを改めて脅威に思った。




