王子と聖女の思い
クラウドは驚きを隠せない表情でレナルドの方を見る。何故、自分の身分を知っているのか?そして、クラウドはレナルドに一度もあったことがない。それどころか自分は王宮では軟禁状態だった為、一部の人間にしか顔を知られていないはずだ。王宮から抜け出した時も身分は隠していた。
「人違いなのではないですか?」
レナルドは、そのまま頭を下げたまま話す。
「いえ、アルターナ国の第二王子はアルテシア様の捜索の為、非公式でバガラル国に来ていると密偵から聞いております。第二王子殿下のお姿の特徴はアルターナ国では幼少時代から病弱で色も白く細身で小柄だと言われていますが実際は背も高く、身体も騎士と変わらない程鍛えており髪の色は漆黒、目の色は金色で鋭い目が特徴となみならぬ魔力の持ち主だと私の情報ではここまでですが…どう見ても貴方にしか当てはまりません」
クラウドは少し考えて諦めた様にため息を吐き話す。そこまで情報が瞬時に集まれる者はクラウドの知っている人物では一人しかいない。バガラル国のダニエル国王がまだ王子だった頃、情報と策略で前王を玉座から引きずり下ろしたと言われている側近がいたと聞いている。
「そこまで調べているのなら観念するしかない。もしや貴方がバガラル国王を玉座にのし上げた影のダニエル国王の右腕と呼ばれている側近とは伯爵殿の事なのか?」
「いかにも、私がバガラル国のダニエル国王誕生の筋書きを書かせていただきました」
クラウドは進められた席に座り、レナルドにも座る様に勧める。
「クラウド殿下は、今後はどうするおつもりでしょうか?」
「出来るだけ早くアルターナに戻るつもりだが…」
レナルドは眉間に皺を寄せ聞く。
「殿下、今、アルターナに戻れば命を狙われます。現に貴方様は既にアルターナの刺客に殺されかけている」
クラウドはレナルドから目線を外し俯き加減で言う。
「それでもアルターナには残してきた者がいる。放って置くわけには行かない。例え、死が待っていたとしても…」
「しかしながら…。殿下が今、命を落とせばアルターナ国を変える者は居なくなります。それでも良いと?今まで殿下は庶民を集め協会も味方に付けて革命の準備を無駄にするのですか?皆の期待をどうするおつもりなんですか!」
「だからといってここで隠れていても仕方ないではないか」
レナルドは深く息を吐く。
「隠れていろとは言っていません。もう少し慎重になって頂きたい。たしかに殿下の魔力の右に出る者を私は知りません。
だからバガラル国に護衛も付けずお一人で来られたのでしょう?しかしながら、それは軽率な考えだと思われます。残された者の事を考えてもう少しご自分の身を大切にして下さい」
クラウドはここへ来る前の神父に同じ言葉を言われた事を思い出した。
『殿下が護衛のお一人も付けずにいらっしゃるとは思いませんでしたが』
神父の言葉が記憶から蘇る。あの時は卑屈に捉えていたが神父の言った意味をクラウドは理解していなかったと気付いた。確かにアッシュレは護衛をわざわざ付ける事はなかったが、連れて行くなとは言っていなかった。
耳の痛い話だ。とクラウドは思った。伯爵殿と同じ事をここに来る前に言われたことがある。そして自分の力を過信すると痛い目に遭うと忠告された。現に死の狭間にいた。
「今は闇雲に動かない方が得策だと思われます。明日、明後日には殿下にアルターナの状況をお知らせ出来ましょう」
「明日、明後日とは…また、早いな」
「元々、バガラル国は殿下と接触したかったんです。しかし、殿下はほぼ軟禁状態、それに公の場には出られない。脱走して町へ出られる時があっても中々、足取りがつかまらない…。それがわざわざ殿下から来て頂けるとは…」
「バガラル国のご好意、感謝する」
「いえ、こちらも打算あっての事なのでお気にしないでください。それよりも聖女アルテシア様の事ですが…。このまま、我が王国にご滞在いただけるのでしょうか?」
レナルドは目を細めてクラウドを見る。クラウドは剣呑の目でレナルドをみる。始めに恩を売って、こちらが本題なのか?と、クラウドは警戒した。
「それはどう言う事なのだろう。伯爵殿」
「聖女様がこのまま、バガラル国に永住されるのならこちらも色々準備があります。あの巨大な力はやはり放っておけば聖女様はいつまでも狙われる立場になってしまいます。バガラル国はアルターナとは違いそこまで魔力には固執していません。それにそう、いつまでも逃げられる訳ではありません」
クラウドはアルテシアがバガラルにいた方がいいとは思うが、クラウドは自分がアルテシアの居場所を作りたかった。しかし、今は何も見通しの立たない事で彼女を引き止めていいのかも迷うクラウドである。
「アルテシア令嬢の能力はアルターナでも重宝だ…。国王、アッシュレでなくても彼女の能力は魅力的だと思う。しかしだからと言って自由を束縛したくない。バガラル国だけに限定するのではなく彼女の意思は限りなく尊重をするべきだと思う」
クラウドはそれぐらいしか反論できなかった。今の自分ではアルテシアに何もする事が出来ない。無力だとつくづく思う。
レナルドは意外な顔をしていた。
「アルテシアの意思を尊重とは意外でした。私はてっきり殿下からきっぱり断られるのかと思いました」
クラウドは思わず眉を挟める。
「何故だ?」
「私はてっきり殿下とアルテシア様は思い人同士だと…」
クラウドは突然、言われた事に動揺を隠せず慌てて言う。
「な、何を言う、どうしたらそんな話になるんだ?」
「先程、様子だとお二人はお互い信頼されてるご様子だったので…そうですか…では、うちの息子にも望みがあると言うことですね」
クラウドは眉寄せてレナルドを聞く。
「今度は何故、ハルクの話になる?」
クラウドの怪訝な顔など気にせず、レナルドは涼しい顔で答える。
「今までに音信不通のハルクが女性に興味を持つ事がなかったのに、珍しくアルテシア様の事を事細かく手紙で知らせて来きて、しかも身分を明かして私に助けを求めて来るなんて…。今まで人に任せなかった診療所も代理の医師を見つけて2、3日中にラトゥールに戻るなんて知らせが来ましたね。私も驚いているんです。もしや息子は聖女様を思っての行動なのかと」
クラウドはなんの感情か分からないが心臓が締め付けられる感じがした。ハルクならばアルテシアを理解し必ず彼女を幸せにする事は容易に理解できる。アッシュレとは違う、クラウドはあの二人の間には入れない領域があるような気がする。だからと言ってクラウドは素直に祝福出来なかった。
クラウドは今、自分が険しい顔をしていた事も気付かなかった。それを見てレナルドがニヤついていた事にも…。
レナルドは密かに思った。
(アルターナ国から忘れられた王子と逃げた聖女との恋とは皮肉な組み合わせ、これも神のお導きなのか…)
夕食の為、クラウドは先にダイニングに案内をされた。アルテシアは来ていないが、どうやらレナルド言っていた通り二人で食事をするらしい。
暫くすると老執事と共にアルテシアは目の色と同じコバルトブルーのドレスを身に包み、美しい銀色の髪はハーフアップに纏められドレス と同じ色の髪飾りで纏められた格好でダイニング入ってきた。
クラウドはアルテシアを見て息を吸う事を忘れるぐらい見惚れてしまった。前にもアルテシアの真の姿を見た時も息が止まりそうなぐらい見惚れたが、あの時はアッシュレに追われていた切迫感と死の狭間から抜け出した直後だったのでこれ程、面前で見る事がなかった。
旅の間も確かに美しい少年であったし女性だと認識はあったが、改めて彼女の儚い美しさ思い知らされた気分だった。
「クラウドさん、お待たせしました」
クラウドはアルテシアを直視できない。無表情に頷くだけだった。食事が一皿一皿、運ばれて来る。クラウドは食べる事に集中した。クラウドは社交に出ていないので、令嬢と接する事は妹である王女や侍女やメイドぐらいであった。
密かに町に出ていた時も町の気さくな女性達と時々話すがそれも庶民として身分を偽っている。その為、町ですれ違う貴族や令嬢達はゴミを見る目で見て来る。
酷い令嬢だと庶民の歩いた道を歩きたくないと御者や護衛の上着やマントを道の上に履かせていた令嬢も見た事があった。
しかし、クラウドの目の前にいる女性は誰にも当てはまらない。
一方、アルテシアはクラウドにいつもの様に気さくに話しかけていた。どうも、クラウドは自分の話を上の空で聞いている様だった。アルテシアはクラウドに初めて会った時、貴族令嬢の事をよく思ってない事を言っていた事を思い出していた。
ルークの姿でいた方が良かったのかもしれないとアルテシアは落ち込んでしまっていた。
「あの…クラウドさん、私のこの姿はお気に召さないでしょうか?もしそうならルークである少年の姿でいますが?」
クラウドはアルテシアの声で我に返った。
「気に入らないわけではなく…寧ろ…いやそのままでいい。慣れないだけで慣れれば大丈夫だ」
「それならば宜しいのですが…」
アルテシアは慣れる頃には彼は自分のもとから去ってしまうではないかと旅の間は気さくに話していたり、寧ろクラウドの方が抱き上げたりして接して来たのに勝手なものだと思った。
クラウドは納得していないアルテシアの話を逸らす為に別の話題を振った。
「明日か、明後日にはハルク殿がラトゥールに到着すると聞いた。これで、アルテシア令嬢も安心だろう。ハルク殿と交代で俺もラトゥールを発とうと思う」
クラウドはハルクの話をすればアルテシアが喜ぶと思ったが更にアルテシアの顔が曇った。
「ハルク殿が来るのに嬉しくないのか?」
アルテシアは、クラウドを睨んだ。アルテシアもクラウドに何でこんなに腹が立つか分からない。
「ハルク先生が来てくれる事は嬉しいです…。でも…」
「でも?」
行かないで欲しいと言いそうになった。何でそうして欲しいのかアルテシアも分からない。
アルテシアはこれ以上、言ってしまったらきっとクラウドを困らせるだろうと唇を噛んで我慢した。
「何でもありません…」
そのまま、二人は会話もなく食事が終わりダイニングを出ようと老執事が扉を開けたところに、一人の少女か立っていた。
「ずっと、待ってたの私と遊んで」
美しい女性は見た目とは不釣り合いの幼い子供の笑顔で笑いかけながら言った。女性は伯爵の娘、ソフィアであった。




