聖女の疑問
騎士の案内でアルテシアとクラウドは伯爵家の屋敷の中に入る。中のエントランスは外から見るよりも広かった。入ってすぐに目に留まったのは美しい女性の肖像画であった。入口から入って真正面に飾られている。まるで出迎えているように微笑んでいた。
肖像画の女性は先程、会ったソフィアによく似ていた。グレーの髪にチョコレート色の目、髪の色を除けば瓜二だ。恐らく、伯爵家の亡き夫人であろう。エントランスを見渡すと座っている同じ女性だろうと思われる肖像画や等身大の彫刻と飾られている。まるで屋敷を見守っているかのように余程、伯爵は夫人の事を今も忘れず大事に思っているのであろう。
騎士に促されて屋敷の奥へ案内されてる。騎士が部屋の前でノックをすると男の声で「入れ」と、返事があった。
騎士に続いて部屋に入った。どうやら案内された部屋は執務室であるようだ。テーブルとソファーがあると言うことは応接も兼ねているのであろか?
書類の山が乗っている執務机には男がいた。男性は騎士を一瞥すると騎士は何かの合図を察知したのか部屋から出て行った。
男を一目見てハルクの父親だとすぐに分かった。五十を超えていると思われるが背も高く、ハルクと同じヘーゼル色の鋭い目をしている。栗色の髪もハルクと同じだった。
男は机の上の類から離れアルテシア達のところへ近寄って行った。
「初めまして、ティソット伯爵家レナルド・ティソットと申し申します。あなたさまはルーク殿とお呼びした方がよいでしょうか?それとも……聖女アルテシア様の方がよいですか?」
アルテシアもクラウドもレナルドが言った言葉に戸惑った。ハルクでさえアルテシアの事を知ったのは診療所を出るときである。
レナルドは少し微笑みアルテシアに言う。
「なぜ知っているのかと言う顔をしていますね。その様子だと、私の推測は当たっていたみたいですね」
クラウドが剣呑な目で見る。アルテシアはクラウドの表情を読み取り、クラウドの代わりに問う。
「レナルド伯爵様は初めて会う私達の事をまるですべてを察している口ぶりですね」
「神ではないので全てはわかりませんよ。息子のハルクはあなたの事をアルテシア様だとは気付いてなかったようですが、ルーク殿の話をハルクからの手紙で知った頃に、丁度、アルターナで大掛かりに娘が捜索されていると聞いたものでもしやと思いまして」
「バガラルにまでそんな話が伝わっていたのですね…。伯爵様、わたくしはアルターナ国のロレーヌ侯爵家令嬢のアルテシア・ロレーヌと申します。アルテシアとお呼びください。この度はハルク様のご厚意もあってレナルド伯爵様に甘えさせていただく事をお許し戴きたいのですが・・」
アルテシアが床に片膝を付き胸の前で手を交差させ挨拶をする。クラウドも後ろで従者のように膝を付く。
「堅苦しい挨拶はいりません。どうぞ、ご自分の屋敷と思ってお過しください」
レナルドはクラウドの方を見る。アルテシアは慌ててクラウドを紹介する。レナルドはクラウドに興味を持った目で見る。しかし、クラウドはレナルドの全てを見透かしているような態度に警戒をしていた。
アルテシアはソファーに座り、クラウドは従者のようにアルテシアの後ろに立った。
警戒するクラウドを見てレナルドはクツクツと笑った。
「参りましたね。クラウド殿にすっかりと嫌われたようだ。そうですね…。こちらを頼られたということはご事情がおありでしょう。詳しいお話を聞きたい所ですが、アルテシア様もクラウド殿も長旅の疲れもあるでしょう。今日はゆっくりとお休みください。夕食は本日はお疲れだと思うのでお二人で気楽に召し上がってください。明日、ゆっくりとお話ししましょう。では、お部屋のご案内を…」
クラウドがレナルドの申し出に反論しないところを見ると伯爵邸に一緒に滞在してくれるのかと思うと嬉しくなった。。
それと同時にアルテシアはどうしても今、解決しておきたい事がいくつかあった。
「お心使いありがとうございます。あの…その前に、二、三質問してよろしでしょうか?」
レナルドはにこやかに笑った。
「何故、ティソット伯爵様は男性の姿の私から女性だと思ったのでしょうか?」
レナルドは一瞬、驚いた顔したが直ぐに笑顔に戻った。
「すみません。あまりにも可愛らしい質問だったので、私もハルクも医者の端くれです。ハルクもあなたとお会いした時に気付いていたようですが…。あなたは幻覚魔法で誤魔化せているとお思いでしょうが、いくら少年とは言え子供でも医者から言わせれば男女の体の作りは全く違います。アルテシア様はただ胸と喉仏がなく、ウエストのくびれが無ければ男性だとお思いなのでは?」
「そうではないのですか?」
「はっはっは…全く可愛いらしい。痩せた男性や少年でも筋肉の付き方も違いますよ。他にも違いが色々ありますが、人間の構造は細かく繊細なんですよ」
アルテシアはため息をつき、一言。
「不覚でしたわ」
レナルドはまた笑いながらいう。
「アルテシア様が知らなくて当然です。あなたは医学を学んでおらず、女性で淑女でありそんなに男性を観察することはないですからね」
アルテシアは自分が恥ずかしくなり話題を変える為に他の質問をする。
「エントランスに飾られていた女性は伯爵夫人でいらっしゃいますか」
「いかにも我妻、セリーヌです」
レナルドから自信のある表情が消え、寂しそうな表情になる。
「美しい方ですね」
「ええ、亡くなって何年たってもわたしの記憶から薄れることがないほど美しい妻でした」
「私は、セリーヌ様によく似た美しい女性、ソフィア様に先程お会いしました」
「なんと、もう既にお会しているのですか?」
「ええ偶然ですが・・」
レナルドから一瞬だが厳しい表情を見た気がした。クラウドも見逃さなかったらしい。
「アルテシア様、お願いがあります。あの子・・ソフィアはご承知のように心が壊れてます。もしかしたらアルテシア様があの子の心に触れたら正気に戻るかも知れません、いえ、恐らく聖女であるあなたと接すれば間違いなく戻ってしまう。しかしながらあの子はあのままでいる事で生きていられるのです。何も聞かずにそっとして頂きたい」
アルテシアは戸惑った。今までは病は治る事を望むのが当然だと言うのに…。ハルクがそんな事に同意したとはアルテシア到底思えなかった。
「それは、ハルク先生も望んでいる事なのですか?」
レナルドは斜め下の床に視線を落とす。
「息子…ハルクは…。私を責めている…。だから貴族の生活とはかけ離れた所へ行ったのでしょう」
レナルドの表情は僅かに笑っているがそれは自嘲した笑いであった。心に病を患って生きながらえれると矛盾した事情に、レナルドも苦しんでいるとアルテシアは感じた。だから、今は、レナルドが事情を話すまでそっとしておこうと思った。
「どんな事情があるかは私は分かりませんが、伯爵様の仰る通りソフィア様には触れないようにいたします」
「ご理解して頂いてありがとう。アルテシア様、この敷地では男装や聖属性魔法は不要です。お着替えも女性ものを用意させますのでいつものお姿でゆっくりして下さい」
「何から何までお心使い、感謝いたします」
アルテシアの元に初老の執事が案内の為、近くに来た。
「さぁ、アルテシア様、お部屋にご案内いたします」
アルテシアが扉へ進み、その後をクラウドがついて行こうとすると伯爵がクラウドを呼び止める。
「クラウド殿、女性の支度は時間がかかります。夕食時まで、もう少し私とお話しませんか?」
アルテシアは心配そうな顔してクラウドを見る。クラウドはアルテシアに心配ないと答える代わりに少し微笑んだ。
「そうですね。私もあなたと少し話したいと思っていた所だ」
クラウドは無表情でレナルドに返事をした。アルテシアは後ろ髪を惹かれながらも、老執事に促され部屋を出て行った。
レナルドはアルテシアが部屋から完全に立ち去ったことを確認すると、立ち上がりクラウドの前に立つと片膝を床に付けて頭を下げる。
「先程から失礼しました。アルテシア様にご身分を隠している様に見受けられたのでその様に振る舞いました。どうか、お許し下さい。アルターナ国第二王子クラウド・ルービンスタイン殿下」
(何故、俺の事を知っているんだ)




