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王子の隠し事

クラウドとアルテシアは村を出てラトゥールに向かった。クラウドは診療所を出発する前にハルクからラトゥールまでの道のりをくどい程、聞かされていた。

クラウドもここ1ヶ月以上の間、バガラルで彼方此方、アルテシアを探す旅をしていたので地理には自信があったが、途中泊まれる村や町まで事細かく教えてくれた。

アッシュレに追われた時に使った道もハルクから教えてもらった道だった。


そのおかげで予定通り、ラトゥールの手前の町の宿で一泊し、明日には目的地に着く。宿泊の食堂でアルテシアと食事をしながらクラウドは考えていた。

明日、ラトゥールにアルテシアを送り届け、クラウドはバガラルの王都へ行くつもりだった。アルターナの現状を知りたかったからだ。王都に近い方が情報は多い。

クラウドは内心は直ぐにでもアルターナに戻りたかった。妹の事が心配であった。クラウドは命を狙われている身だが、クラウドと違って妹は王女の身分であり公式の場にも出ている。王宮にいる以上、アッシュレも早々には手を出せないだろう。だからといってもいつまでも安全でもない。

クラウドはそう思っていたが、何故か目の前のアルテシアの事も気がかりだった。


クラウドはアルテシアの方に目を向けた。貴族令嬢とは思えないぐらい、旅では一言も文句を言わなかった。野宿も覚悟していたようだし、貴族令嬢なら口にもしないであろう質素な食事でも美味しそうに食べていた事を思い出していた。

クラウドは妹の為とは言えアッシュレにアルテシア差し出そうとしていた自分を今になって後悔すらしている。


あのアッシュレをあれだけ翻弄させるなら思うままにアルテシアには贅を尽くすであろう。それでも何が気に入らないのか姿を消し、クラウドも始めはそれをただの我儘な令嬢の戯れだと思っていたが、アルテシアに会ってアッシュレから逃げたのも納得した。アルテシアは贅で縛られたくなかったのだと思う。

ただ、慈しみ愛し、苦しむ人に手を差し伸べたいだけなのだと現にクラウドも命を助けられた。見過ごしていればアッシュレに勘付かれる事も無かった。アッシュレに囚われたらアルテシアにとっては地獄の日々であろう。アルテシアにとっては美しいドレスや宝石は枷であり、贅沢な食事や豪華な部屋は監獄である。


クラウドの目の前にいるアルテシアは男性の格好をして庶民の食べる質の悪い肉を頬張っている。

クラウドの目からは追われる身であってもそれは不幸せに見えなかった。


「クラウドさん、手が止まっています。食欲がないんでしょうか? どこか、体調が悪いようなら診ましょうか?」


アルテシアはクラウドの手を握ろうと手を伸ばす。クラウドは慌てて手を引っ込めて言い訳をする。


「いや、少し考え事をしていただけだ」


「考え事……」


クラウドはアルテシアの反応をみて自分の失態に気が付いた。クラウドが話したくない事を聞いてくるのを悟った。


「いや、考え事といっても…、大したことではないから気にするな。足りなけば追加で注文するが…」


クラウドは誤魔化そうと慌てて言った。しかし、アルテシアはクラウドを話から逃す気はなかった。


「もう、充分に頂きました。実は、ずっと気になっていたんです。クラウドさんはあの時のことを聞かれたくないみたいだから、聞きませんでしたが。あなたが命を狙われている理由、やはり話してはくれませんよね」


クラウドは行き場のない手を眉間に当てた。自分が何者かも話していない。瀕死の状態から助けてもらったにもかかわらず自分の事は何一つ明かしていない。

アルテシアに恩義を感じているクラウドは偽りたくもない。

しかしきっと身分やささいな事を少しでも話せばアルテシアは勘付いてきっと直ぐに全ての事情を悟ってしまう気がした。妹を救うために自分を犠牲にするに決まっている。クラウドは苦し紛れに言い訳を言う。


「話さないのではなくて今は話せないだけだ。時期が来れば話すから…」


それを聞いたアルテシアはクラウドの言葉に少し腹を立てた。恐らくクラウドはアルテシアをラトゥールに送り届ければどこかに旅立つつもりであろう。もしかして、アッシュレに挑むつもりかもしれない。

それはクラウドが言わなくても分かっていた。

それに対してもアルテシアは少し寂しく思っていたのに時期が来れば話すなんて子供に言い聞かせているつもりなんだろうか?

子供に期待させて約束を守らない大人ぶったやり方にアルテシアは不機嫌になる。

心にも思っていない事を言われてアルテシアも少しムキになってしまった。


「では、いつが時期なのでしょうか? ラトゥールに着くまでに話して頂けるのでしょうか? それともまた診療所に戻るまで一緒にいていただけると思ってよいのでしょうか?」


クラウドは少し答えに困ってしまった。姿は少年だが、目の前にいるのは成人した女性である事を思い知らされた。子供騙しな言葉は通用しない。勘のいい方だと思い知らされる。


「それは……」


クラウドは言葉に詰まった。アルテシアの真っすぐな視線に耐え切れずクラウドは目を逸らす。アルテシアは男装生活からなのか自分は保護される女性だという事を忘れてしまっているようだ。もともとの気質からかもしれないが…。

馬に初めて乗せた時も振り落とされる事を想定して聖属性魔法で身を護ろうしたり、疲れたら休めばいいものを回復魔法で自分でなんとかしようとする。一国の王子であり命を狙われている自分と行動すると危険だと事情を話したところでアルテシアは大人しく安全なラトゥールにいてくれるだろうか?


(無理だな、とても言う事を素直に聞いてくれるとは思えない)


クラウドが目線をまたアルテシアに戻すとアルテシアはクスクスと笑っている。


「ごめんなさい、クラウドさん。あなたがあまりにも子供扱いするので意地悪な質問をしてしまいました。予想以上に困ったクラウドさんの顔が見れて気がまぎれました」


クラウドは冗談であったことにホッとしながらも、一緒にいたい様な事を言った事まで取り消されたようで少しだけアルテシアに対して腹が立った。クラウド自身もその感情が何なのかわからなかった。


「一人で知らない土地で過ごすのは不安だろうと思っただけだ。困ったわけではない。どうやら杞憂だったみただがな」


クラウドは少し拗ねた言葉で返した。大人気ないがそれぐらいは返したかった。


「一人でいつも不安に決まってるじゃないですか…」


アルテシアは聞こえるか聞こえないか小さな声で呟いた。

クラウドはアルテシアの予想外の言葉を耳に疑った。

アルテシアも思わず溢した弱音に驚き、誤魔化すようにクラウドに言う。


「今回の旅はクラウドさんが付いていてくれたので、楽しいですが…」


「そうか……そうだよな。伯爵殿と会って事の成り行き見届けるまでは付いていてやるから心配するな」


「ありがとうございます」


翌朝、ラトゥールの街に入り二人は伯爵の屋敷に向かう。



ラトゥールの街は王都と思わせる程、活気があった。出店も並び、人通りも多い。店や家が並んでいる。

村の主人が言った通り素晴らしい街だ。

ティソット伯爵家の屋敷はラトゥールの街から少し外れた丘の上にあった。

屋敷の門や外壁は高く外からは屋敷が全く見えない要塞の様だった。二人の門番が立っていた。門番にハルクの事と自分が弟子である事を伝えると、門番は屋敷の中に入って行った。暫く待つと、門番は戻って来て中に入る様、門の横にある扉を案内した。馬は預かってくれると言う。


中に入ると壮大な庭とその奥にある屋敷の大きさに驚いた。伯爵の領地は余程潤っている事を思わされる。


目の前に一人の騎士が立っていた。伯爵の所まで案内をしてくれると言う。アルテシアとクラウドは騎士に案内されるがままついて行く。


門から屋敷に行くまでバラの庭園や数々花壇や木々や置物など通り過ぎてやっと屋敷が見えた所で、アルテシアは人の視線を感じた。クラウドも気づいたようだった。同じ方向を見て立ち止まる。目線の先にはクラウドと同じ年ぐらいの成人の女性の姿が目に入った。

純白のレースがいっぱいのワンピースに栗色の髪をハーフアップにしてチョコレート色の大きな目が愛らしい女性だ。どことなくハルクに似ている。


「ご機嫌よう、ソフィア・ティソットよ。あなた達はパパのお客様?」


と、可愛いらしい声で屈託のない笑顔で挨拶をする。見た目の年の似合わない幼い話し方だった。アルテシアがソフィアに話そうと近づこうとするとそれを遮るように騎士が前に出る。

そして、騎士が慌ててソフィアに言う。


「ソフィア様、またお一人でお部屋を抜け出したのですか? あー、侍女達は一体何をしてるんだ! ソフィア様、一緒にお屋敷に戻りますよ」


騎士はソフィアの手を引く。


「蝶々を追いかけていたらここまで来てしまったの。そんなに怒らないで…」


あどけない子供の様にソフィアは言う。屋敷の方から使用人の数名が走ってソフィアの元に訪れる。


「ソフィア様、何処へ行っていたのですか! ご主人様がご心配なされます。早く屋敷に戻りますよ」


使用人達はソフィアを連れて行こうと歩き出すとソフィアがクラウド達に言う。


「パパとの話が終わったら一緒に遊んでね。お兄さん達、約束よ」


ソフィアは屋敷の中に連れて行かれた。

何事もなかった様に騎士は、アルテシアとクラウドの方に視線を戻し案内を続ける。


「申し訳ございません。では、こちらへ」


騎士に続きアルテシアとクラウドは屋敷の中へ入って行った。





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