王子、悩む
アッシュレはバガラルの城に戻っても機嫌が悪かった。側近ですら声をかける事が出来ない状態である。
アッシュレは確証がない可能性に対して腹が立っていた。微かな可能性の中にクラウドとアルテシアが共存しているだけでも許せなかった。
(クラウドとアルテシアが?そんな事、絶対に許さない)
アッシュレはあの崖壁の土石の前に自分がなす術がなかった。それがもしあの男がクラウドだったら自分は完成に敗北した事になる。魔法は恐らくあの男の全ての力でないのも目の前にして分かった。互角に戦って勝てる気はしなかった。もし、クラウドならば土属性と火属性の魔力だ。クラウドは火属性魔法が得意だとも聞いている。
(何故だ?何故、クラウドは全てを手に入れようとする?魔力も…そして、私が一番欲しているものも…)
アッシュレは幼き時にクラウドがクラウドの母に抱きしめられていた光景を思い出す。自分の方が立場が上なのに悔しかった頃を思い出す。
しかし、敗北感と嫉妬だと認めたくないアッシュレは別の角度から考え直す。
(いや、冷静にならなくては、神は私の味方。私がクラウドに負ける事はない)
アッシュレは自分が、クラウドの弱みを握っている事を思い出す。そして、一つの策を思いついた。アッシュレは思わず笑いが溢れる。クラウドが幼い時から守ろうとしている者がいるではないかと…。
アッシュレは考えると楽しくて仕方なくなる。また、あの下唇を噛み締めるクラウドの顔が見れると思うと。そしてそれがクラウドの最後の表情になるかと思うと…。
そして、アルテシアの永遠の愛を自分が手に出来る。
共にいるならば、両方とも自分の欲望を一度に手にする事が出来る。
アッシュレは、もう、バガラルにいる必要がなかった。そう、今度はクラウドが自らアルターナに来る事になるだろう。
アルテシアの居場所はクラウドからじっくりと聞けばいい。クラウドの弱みはアッシュレの手の内にある。
アッシュレは笑いが止まらなかった。
クラウドとアルテシアはラトゥールを目指して山道を進んでいた。
「すまない、アッシュレが追って来た為、険しい道を選んでしまった。辛かったら言ってくれ」
クラウドは申し訳なさそうに言う。アルテシアはクラウドに気を使わせないよう笑顔で答える。
「クラウドさん、大丈夫ですよ。私は回復魔法もあるので、クラウドさんも辛くなったら言ってくださいね。私に気にせずクラウドさんの休みたい時に休んで下さい」
と、アルテシアはクラウドの方を見上げて微笑むがクラウドは眉間にシワを寄せてムッとする。
「因みに回復魔法を使ったのか?」
クラウドが不機嫌そうにアルテシアに聞く。
「いえ、まだ…」
アルテシアは何か怒らせたのかと思い不安げに答えるとクラウドは僅かに微笑んで言った。
「よし、回復魔法、使う前に休憩しよう」
「えっ?回復魔法、使う前って…」
「ダメか?」
「別にいいですけど…」
クラウドは馬を止めて先に降りる。アルテシアも馬から降りようと横乗るとクラウドが馬の横で両手を伸ばしてアルテシアを馬から下ろそうとする。
慌ててアルテシアがクラウドに言う。
「あの…クラウドさん、大丈夫ですよ。クラウドさんのお手を煩わせなくても私には強化の魔法かけましたから、ここから飛び降りても平気です。例え上手く着地しなくても怪我をしませんから心配しないで下さい」
アルテシアは笑って言うと、クラウドはまた、ムッとした表情になりアルテシアに聞こえないぐらいの声でボソっと言う。
『それでは魔法があるから、俺が用無しみたいではないか…』
「クラウドさん、何か言いましたか?おりますのでそこを退いてくだ…きゃあ!」
クラウドは少々強引にアルテシアを抱き上げる。アルテシアも宙に一瞬、浮いた自分にビックリした。ふぁっとクラウドによって着地する。
クラウドは何故か勝ち誇った顔でアルテシア見下す。しかし、クラウドはアルテシアの様子が変なのに気づき自己嫌悪に陥る。
(しまった、少年の姿でも彼女は高位の令嬢だった)
アルテシアは物心付いた時から両親にも抱き抱えられる事がなかったので自分でも恥ずかしいのか嬉しいのか顔が火照るのが分かった。
「あ、ありがとうございます…」
クラウドはアルテシアがこれ程、照れるとは思わなかったので慌てて手を離した。
「いや…その…礼はいい。俺も突然抱き上げたから無礼を許して欲しい。だが、次からもこれくらいは頼って欲しい。妹にもこれくらいの事はしているし……」
アルテシアは次からも抱き上げられるのかと思うとさらに耳まで赤くなる。何とか話を逸らそうとアルテシアはクラウドに話かける。
「妹さん…私にもおります。クラウドさん妹さんを大事にしているんですね」
「ああ、何よりも大事に思っている。貴方にもいるのだね」
クラウドはアルテシアがここまで恥ずかしがるとは思っていなかったらしく、視線を逸らすため休憩する準備を始めてこの場を誤魔化そうとする。
座れそうな岩陰に腰をかける。
クラウドが申し訳なさそうにパンと水、干し肉を差し出す。
「口に合わないかもしれないが、朝から何も食べてないだろう。少しは腹の足しになると思う。ラトゥールの町の間に村がいくつかあるからすまないがそれまで我慢してくれ」
「我慢だなんて、十分なご馳走ですよ。ありがとうございます」
パンを受け取るとアルテシアは美味しそうにパンを頬張る。クラウドもそれを見て自分もパンを頬張る。
「貴方は、侯爵令嬢なのに変わってる」
「私も、侯爵家のお屋敷の中にいたら不満を漏らしたかもしれません。お屋敷の中にいた時は豪華なお食事を好きなものを好きなだけ食べる事が当たり前でした。孤児院の子供達と過ごして与えられる食事を感謝してそして、今、クラウドさんと食べてるように皆で分けて食事をする事が何よりもご馳走だという事を学びました。今のこのパンと水、干し肉は私にとってのご馳走なんです」
アルテシアはその事に嘘はなかった。家族との食事はいつも妹を中心にして父と母が話す。自分はいつも会話の邪魔にならないように食卓に座っている。
それが当たり前だったので食事と言うものはそう言うものだと思っていた。
屋敷から出た後は、例え豪華な食事でなくても、令嬢として食事をしていたものより遥かにアルテシアはお腹を満たし幸せな時間だった思った。侯爵家から出た後の暖かい食事の時間を思い出す。思わず思い出して笑みが溢れる。
クラウドは思わずアルテシアの幸せそうな顔に見惚れてしまう。
「あの…私の顔に何かついてますか?」
「いや、随分と楽しそうに笑ってたから……」
「そうですか?」
アルテシアはクラウドに笑顔で返した。そしてアルテシアは真剣な眼差しでクラウドに聞く。
「クラウドさん、貴方は私を追ってきて何故、命を狙われなければいけないんですか?何故、貴方は、アッシュレ王太子殿下から逃げないと行けないのでしょうか?」
クラウドは、不意に聞かれたので直ぐに返せなかった。もしここで自分の身分も全て話したら…。アルテシアは自らアッシュレのところに戻る事を迷わずに選択すると思った。クラウドは、アルテシアと妹を天秤にかけられたようで苦しかった。
黙るクラウドにアルテシアは不安そうに問いかける。
「もし、私のせいで命を狙われなければいけなく
なったのなら……」
(選べる訳ない。どちらも選べない…)
と、アルテシアが言いかけるとクラウドが言葉を被せる。
「違う、貴方とは全く関係ない!食べたら、そろそろ出発しよう」
クラウドは背を向けて黙ってしまった。アルテシアはそれ以上聞けなかった。
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何度も挫けそうな時に元気を貰っています。
体調は復活しつつも、私生活が‥‥。
友達が恋しい。
これからも、宜しくお願いします。本当に本当に宜しくお願いします!!あー、もう一回ぐらい言っておきたい‥‥。
本当は一件一件、感想も返したいのですが‥‥。この場借りてお詫び申し上げます。感想、有り難く読ませて頂いてます。
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