王子と旅にでる
「俺がラトゥールに連れて行く」
アルテシアとハルクは背後からの声に振り向くとクラウドが目覚め立っていた。
「それだけで命を助けて貰った恩返しになるとは思っていない。しかし今はそれぐらいしか出来ない。その役目、俺にやらせて欲しい」
「貴方はアルテシア様を追っていた側、貴方にとって雇い主に裏切る行為ではないですか?」
クラウドはアッシュレの命で来ている。アルテシアの逃亡には手が貸せない筈である。
「問題ない。アルテシア嬢を探せと命じた者が俺を殺そうとした。恐らく俺は用済みという意味だ」
「しかし、それをそのまま信じる訳には……」
ハルクは言いかけるが、クラウドはアルテシアに言った。
「ラトゥールに連れて行くまではアルテシアを護る。この命にかけて約束する。アルテシア嬢に決めて欲しい。俺と一緒にラトゥールに行くかこのまま追手が来るのを待つか」
クラウドは改めてアルテシアの顔を見た。
(母上……)
アルテシアとクラウドの母エレンの顔が重なった。クラウドは慌てて目を逸らすそんな筈は無い。美しい事に共通しているが二人の外見は髪の色から目の色何一つ共通点はない。アルターナを出るときに神父の言っていた似ているとはこの事だったのかとも思った。我に返る為クラウドは大きく首を振り改めて、アルテシアに問う為、顔を向ける。
「私に決めろと?」
「そうだ、無理強いは出来ない。貴方が決めてくれ」
一方、アルテシアも選択を迫られたのは初めてだ。クラウドは自分が決めて欲しいと言う。クラウドを信じていいのだろうか?しかしこのままアッシュレの元に行くぐらいならクラウドに騙された方がマシかもしれない。クラウドの真剣な眼差しを見ていたら信じてみたくなった。アルテシアは決断した。
「クラウドさん、宜しくお願いします。私とラトゥールに行ってください」
ハルクが不服そうに抗議する。
「アルテシア様、クラウドさんと二人では余りにも軽率過ぎます!それなら、私が……」
「ハルク先生はこの町の医者ではありませんか、急に居なくなったらこの町の人が困ります。他に宛てはありません。どちらにしても追手に捕まってしまいます。無謀かも知れませんが私は彼を信じたいと思います」
アルテシアの強い意志にハルクはため息を付き観念した。
「クラウドさん、アルテシア様は神に選ばれし尊い方。もしもラトゥールまで無事に着かなかったら神を敵に回す事になります。くれぐれも妙な気は起こさないように!アルテシア様、そのお姿では道中危険ですので、ルーク様のお姿で行動された方が安全だと思います」
クラウドは怪訝な顔した。
「ルークの格好?」
「先程の話の途中から聞いてなかったと言ってましたね。アルテシア様はルーク様と同一人物なんですよ。私もさっき知ったばかりですが……」
ハルクは乾いた笑み浮かべからクラウドに伝えた。
「えっ!?」
「すみません。魔法で男性の姿で過ごしていました」
クラウドは、酷く落ち込んでる。アルテシアをルークとして接してきた時の事を思い出したのであろう。
「では、俺は貴方にあんな酷い事をして更に酷い事言ってしまった……それなのに命を救ってもらった」
さらにクラウドは頭を抱え込んでしまった。アルテシアはその姿をみてクスクス笑いながら言う。
「気にしてないとは嘘になりますが、私もあの時は貴方を責めてしまいました。お互い様です」
「すまない。あの時は知らなかったんだ…こっちにも事情があって…その上……この命、救ってくれてありがとう」
クラウドはまだ耳が赤いし、まだぶつぶつ言っているが、アルテシアはコクリと頷く。そして、話を戻すようにアルテシアは重い眼差しになる。
「先程も言いましたが、恐らく数刻もすれば追手が来ます。もう、ここから出なければなりません」
「そんなに直ぐにですか?」
ハルクが、まさかそんな訳あるわけないと信じられない顔する。
「アッシュレがバガラルに来ているのか?」
クラウドが厳しい顔で言う。
「はい」
「不味いな、アッシュレなら直ぐに追ってくる」
ハルクは話の内容が見えないみたいでアルテシアに尋ねる。
「アッシュレとは如何なる人物何ですか?」
「アルターナの王太子殿下です」
「王太子?アルテシア様はアルターナの王太子殿下に追われているんですか!では、クラウドさんの雇い主も殿下なんですか?」
「そうだ」
「一国の王太子に追われているなんて……」
クラウドは厳しい表情で言う。
「昔からアッシュレは欲しいものは必ず手に入れようとする。それに勘のいいやつだ。急いだ方がいい。馬は宿屋に一頭、置いてある」
アルテシアはクラウドのアッシュレに対しての言葉に違和感があったが、今は聞かない事にした。別の願いがあったからだ。
「あの……出発前にジャンさんのところに行ってはいけませんか?」
しかし、ハルクが宥めるようにアルテシアに言う。
「ジャン爺には、私から説明しておきます。隣国の王太子もバガラルの外遊もそんなに長くの滞在は出来ない筈です。また直ぐにここに戻ってくる事になりますから、永遠の別れではありませんよ。無事に戻って来てください。みんな待っていますよ」
ハルクは旅支度に保存食やら野宿用の毛布など持たせてくれた。アルテシアもルークの格好に戻る為、魔法をかけた。そして、直ぐに診療所を出てクラウドの宿屋の馬小屋まで行った。
クラウドは、泊まっていた部屋から必要最低限の物だけ持ち出し、なるべく他の物はそのまま置いておく事にした。クラウドは出来れば自分が死んだように思わせたかった。
「アルテシア嬢……暫くは貴方をルーク殿と呼んだ方が安全だな」
「呼び捨てで構いません。ここ最近は、男性として生きていました。ですのでクラウドさんも私を男性と扱って下さい」
追われる緊張をほぐす為、アルテシアは微笑んで言う。
「……そうだな。その方が俺も助かる。ではルーク、馬に乗った事は?」
「……ありません」
「そうか……嫌かもしれないが俺の前に乗ってくれ」
クラウドは先に馬に乗ると、手を差し出してアルテシアを前に乗せた。
「よし、初めて馬に乗ったにしては上出来だ。行くぞ。落ちないように鞍をしっかり掴んでくれ」
暫く進んで後もう少しで町の出入り口の門を出るところで、クラウドの動きが止まった、馬はそのまま歩いている。アルテシアが見上げるとクラウドは険しい顔をしている。そして、背後から聞き覚えのある声がした。
「そこの男、またれよ!」
アッシュレはバガラルの謁見を終えて、気に入らない国王との晩餐を終えて客室にいた。
(まさか国王が第一王女を望むとは……)
アッシュレは面白くはなかった。アルターナ国としては願ったり叶ったりな話だが、アッシュレは密かにラーダスとバガラルを攻めようと考えていた。出鼻を挫かれた思いだった、
しかもバガラルの国王は、第一王女を娶る事で次期王が第二王子になっても友好関係が保てる事を考えているのであろう。子供のくせに知恵が回る。
(あの国王にとって残念であろうが、クラウドが国王になる事はないがな。無駄な策だ)
他にも妙な事がある。アルテシアを探している事まで知っているなら恐らく聖女の話も知っている筈だ。何故、バガラルに聖女がいる可能性があるのに探す気配がないのかも気になる。既に居場所を掴んでいるのか?
あの国王が掴めない。アッシュレは大概の人物の腹内は探れると自負しているが、何も読み取れない事に苛立ちを隠せない。
バガラルの国王が聖女より王女が欲しいと言う事はアッシュレにとって都合がいい。バガラルに来てアルテシアを確実に追い詰めている実感があった。
魔力は感じられないが確実にアルテシアの存在が感じられる。
(アルテシア、君が近くにいるのが分かるよ)
アッシュレは部屋の窓からバガラルの景色を見ながら思った。
その時、魔力でもない、別の強い力を感じた。
(なんだ?神力にも似ているがこんな強い力は初めて感じる。聖属性の魔力ではない!アルテシアではない別の者なのか?)
直ぐに側近を呼んだ。
アルテシアの魔力とは違うが、確かめなければならないとアッシュレの直感が働いた。アルテシア以外にもこの国には大きな力を持つものがいるのか?
「直ぐに馬の用意を!バガラルの地理に詳しいものも一緒に同行させろ!」
「殿下!もうこんな夜更けです。明朝にされた方が…」
「駄目だ!今すぐだ、2度も言わすな!」
「しかし…」
アッシュレが側近を睨み付けると慌てて部屋を出て行った。
側近の用意した騎士達と一緒に力を感じた方角へ走らせた。方角の先は王都とは少し離れた港に近い町だという。
力を感じた町に着き、この町は診療所が一件と病院が一件あると聞く。病院は主に貴族など身分の高い者が利用していると言う。アッシュレは庶民がよく通う診療所に行く事にした。診療所から若い医者が出てきた。遅くまで仕事していたらしく寝ていた様子はなかった。
医者と言う身分のせいか庶民にしては落ち着きがある。アッシュレは自分の身分を明かし医者に聞いた。
「若い娘を探している。この診療所にいないか?」
「お力になれなくて申し訳ないですが、ここは私一人しかおりません」
「この辺りから大きな力を感じた。何か変わった事は無かったか?」
「力……ですか?暫くは一人で仕事をしていたので私は何も気がつきませんでしたが」
アッシュレはこの医者から魔力は感じられないので、この医者が魔道士でない事は分かった。もし、神力を持っているのなら分からないが……。
「ここら辺で、ここ1、2ヶ月の間に少年が外国から来たということはなかったか?」
「少年でしょうか……。つい昨日まで私の助手だった者でしたらいましたが……」
アッシュレは喜びを隠さなかった。
「その者は今どこにいる?」
「さぁ、昨夜、酷く叱ったので何も言わずに出て行きました。他国から来たようでしたが、まだ此の国にいるのか、母国へ戻ったのか別の国に行ったのか分かりません」
「一応、中を確認したいのだが……」
「殿下の命とあれば喜んで……」
奥の部屋からも人の気配も感じられない。医者の言っている事は事実であろう。他国なのであまり騒ぎを起こしたくないので引き下がる事にした。
「遅くにすまなかった」
「お役に立てず、残念です」
診療所を後にして、港の近くにある教会に行こうか諦めて王都に戻ろうかと考えていたが、アッシュレは大事なことを思い出した。
クラウドの存在だった。あの呪毒薬を飲んでいたら必ず死んでいるだろう。確かに報告は受けているが……。
クラウドの滞在もこの町、魔力を感じたと言っていたのもこの町。
「クラウドの監視の男を呼べ。直ぐにだ」




