救われる者、救う者
男は、目の前で倒れているクラウドを見下ろした。
まだ死んではいないがこのまま見捨てれば恐らく息果てるであろう。既に唇からは血の気が失せている。
気を失っても息をするのがやっとらしい。
男はクラウドから離れる事ができなかった。今すぐ恐らく医者に見せた所で助からないと分かるほどクラウドは死人に近かった。
男は、国王に忠誠を誓った身だがクラウドの人柄に惹かれていたのも事実だった。クラウドは母親に似て慈悲深いところもある。
優秀だが人として偏りのあるアッシュレよりももしかしたらクラウドは上に立つべきなのかもしれないと思う事もあった。男は国王や王太子を裏切る程、度胸はなかった。だから躊躇なくクラウドと庶民の密会の不利な報告もした。
(だから今回も裏切ってはならない)
男は自分に言い聞かせ、クラウドから立ち去り一歩二歩離れた。このまま振り返ってはならないと……。
しかし男は、振り返った。そして、倒れているクラウドの元に戻り彼を担いでいった。
(助けるのではない。どうせもう手遅れだ。どうせ死ぬなら別の場所に……)
男はここから一番近い、診療所に足を向けた。
町から一番近い診療所の扉の前に着いた。中に人がいるようだ。そしてクラウドをわざと乱暴に落とし中の人が気付くように下ろした。
直ぐ様、その場を立ち去り宿屋に戻った。
(神に選ばれた者ならば助かるだろう。しかし、あれだけの瀕死の状態ではそれも叶わないであろうせめてもの償いだと思って下さい殿下)
男はクラウドに少しでも生きる可能性を与える事で罪悪感を消そうとしていた。消える事がないと分かっていてもそうするしかなかった。
扉の向こうから何か大きな物が落ちる音がした。
アルテシアは身構えた。
「ルーク君、大丈夫ですか!」
ハルクが慌てて駆けつけてきた。
「先生、ドアの向こうから大きな音が……」
ハルクは躊躇なく進む。アルテシアは心配気にハルクを呼び止めた。
「先生……」
「大丈夫ですよ。私は見た目より強いんですよ」
ハルクはアルテシアの方を見て一度、微笑み厳しい視線を扉に戻し一気に扉を開けた。
そこには倒れた男が一人いただけだった。
顔を覗き込むとアルテシアを探していたクラウドと言う男が今にも死にそうな顔で倒れていた。
ハルクはクラウド担ぎ込み治療室に連れて行きベットに寝かせた。瞳孔を見て、脈を取り聴診器で心拍をみた。
「既に瞳孔が開いている。発汗も脱水症状も無ければ痙攣もない。こんな症状が無いのに心拍数が低い。呼吸も止まりそうだ。彼の体の中に何が起こっているんた?原因が分からない」
ハルクが珍しく焦っている。アルテシアも回復魔法を腕から送ってみるが跳ね返ってきた、跳ね返った魔法と一緒に邪気みたいなものを感じた。アルテシアは思わず後ろに跳ね返った。
「ハルク先生!彼から邪気が感じられます」
「邪気……黒魔術ですか?黒魔術は禁じ手です。それに本当に存在するか分からないものです。しかしもし、黒魔術だとしたら症状が出ないのも納得できる。黒魔術……呪毒薬でも飲まされのか?まさか、そんなものが作れるものが存在するのか?」
「黒魔術なら医学では彼を助ける事は出来ません」
「そうだが、黒魔術が原因ならルーク君の聖属性魔法でも無理です」
「でも、神力なら……」
「神官なんて呼べないです、会うだけでも無理です」
アルテシアは聖女に選ばれた自分なら神力が使えるかもしれないと考えていた。先程の邪気に触れた時に浄化出来る確信があった。無理でもやってみる価値はある。何もしないで放って置かなかった。
「ハルク先生、クラウドさんはこれ以上、放置出来ません。息もするのがやっとの状態。顔色も浅黒くなっています。可能性は低いですが恐らく僕は神力が使えるかもしれません、いいえ、使える筈です。神力を使うには聖属性魔法を一度封印しますので自分にかけてある聖属性魔法を全て解きます。本来の姿に戻ります」
「本来の姿?」
「先生、隠していましたが私は本当は女性です。だから本来の姿を見ても驚かないでください」
アルテシアの中で神力を使う為に全ての聖属性魔法を封印した。
髪の色は銀髪に戻った。身体も男装していた当初は布で締め付け誤魔化していたが身体を幼く魔法で幻覚を見せる事が出来るようになっていた。
背丈は小柄だったので変わらないが美しい年頃の女性の姿に戻った。
ハルクは女性だと薄々気付いていたがアルテシアの本来の姿を見て驚きを隠せなかった。
あの、絵姿を描いた絵師は下手なのであろう。彼女の美しさを再現出来ていないと思った。
「貴方が、アルテシアさん……」
アルテシアの姿を見て追われるのは仕方ないとハルクは思った。大輪の薔薇のような美しさとは対象的な奥ゆかしく神秘的に美しい彼女を権力がある者なら支配したがるだろう。
元の姿に戻ったアルテシアは迷う事なく神に祈りを捧げる。
祈りを捧げる彼女の体から光がいく筋も溢れて出てくる。
「天におられる神よ。我が身が聖とされますように。ここにいる者が誘惑におちいらせず、悪からお救いください」
アルテシアがクラウドの体の上から手をかざすとクラウドの身体が光に包まれた。暫くすると光は治まった。
「これが神力の力なのか?彼女は一体、何者なんだ?」
ハルクは見たことのない力の前でただ見ているしかなかった。
アルテシアは今度はアルテシアはクラウドに回復魔法をかける。クラウドの顔色が良くなっていく。
「多分、これで目を覚ます筈です」
「君は、一体……」
「この神力も魔力も神に与えられたものです。人々から苦しみ救う事は神から与えられた命だと思っています」
「神から与えられたと言う事は、聖女様…」
ハルクは慌てて片膝を床に付き胸に手をあて頭を下げる。
「聖女様とは知らず数々のご無礼、お許しください」
「ハルク先生、やめて下さい!私は先生の助手である事は変わりありません。どうぞ今まで通りに、お顔を上げたください」
「しかし、せいじょさ……」
アルテシアは被せるように言った。
「アルテシア、そう呼んで下さい。ハルク先生、もう、数刻もすれば私のアルターナからの追手が来るでしょう。ここにいては先生やジャンさんにご迷惑をかけてしまいます」
「追手とはここにいるクラウドさん以外にも追われているのですか?しかも数刻でですか?」
「ええ、恐らく。バガラルの宮殿からここまでは早馬で数刻程、必ず追手からでしょう。私の魔力を執拗に求めていますからアルターナの王族は…」
「貴方は、救われない命を救いたい方でしたね。国に囲われたら貴方の力は権力の元でしか使われないとお考えなのでしょう。しかし、このまま逃げていても危険です。このまま永久に逃げるつもりですか?」
「ええ、この身が滅びるまで神の与えられた命を全うしようと思います」
「では、我父、レナルド ・ティソット伯爵に頼って下さい。前々からルーク君、アルテシア様の事は手紙で父に伝えてありますから……」
アルテシアはハルクが伯爵家の公子と言う事に驚いた。
「ハルク先生は伯爵家の公子様だったんですね」
「不思議に思いますよね。訳ありまして身分を偽っています。父ならきっとアルテシア様の力となるでしょう。ただ、父のいるラトゥールという町はここから馬を走らせても3日はかかります。治安が良いとは言え、女性の貴方を一人で行かせるのはあまりにも危険です。私は医者なので今、直ぐにここを離れる事は出来ない」
「ルークの格好で行けば大丈夫だと思いますが……」
「いえ、無理です。やはり誰か…」
「俺が、ラトゥールまで連れて行く」
アルテシアとハルクの後ろに目覚めたクラウドが立っていた。




