報告
アルテシアは貴族としての自分の事を勝手な憶測で決めつけられた事に腹を立てていた。おそらくアッシュレに多額の報酬で雇われたのであろう。そんな男に傲慢だと言われた事に腹立ちが収まらなかった。
「ルーク君が、そこまで感情を剥き出しにするところ初めて見ましたよ」
クスクスとハルクは笑っていた。
「剥き出しって、アルテシアさんに対しての彼の心ない言葉に少し腹を立てただけです」
「まぁ、気持ちは分からないでもないが、彼にも事情がありそうですよ」
「そうですね。僕も言い過ぎました」
「それはさて置き、君の魔力は尋常ではありません。しかもこの世界では珍しい聖属性魔法です。ルーク君、君はこの国に1人で来たのはその魔力が理由ですか?」
「……そうです」
「困りましたね。ただでさえ聖属性の魔道士は貴族同士で取り合いになる程の貴重な存在です。君の魔力はその範囲さえ超えています。このまま、隠れていても限度がありますよ。今日みたいに消えてしまいそうな命を見たらルーク君、君は迷わず助けざるを得ないでしょう。君の存在が知れ渡るのは時間の問題です」
「僕は目の前で助けられる命は放っては置けないです」
「貴方の志は素晴らしいと思いますが……。このまま魔力を使うのは危険過ぎます。君の魔力は人、いや、国レベルで囲いたがるでしょう」
「このまま、ここには居ることは出来ませんか?」
「貴方が絶対に魔力を使わないのなら可能だと思いますが、それでは先程言っていた志とは反しますが出来ますか?」
「……それは」
「すみません。少しルーク君を追い詰める質問でしたね。つまり私の言いたい事はルーク君の偉大過ぎる力は人の野心を刺激すると言う事です。しかし貴方の力は確かに素晴らしい。今日、救った命も美しく輝いていた。その命は苦しみの中で救った命です。人は苦しみを避け美しく輝いている所だけを求めます。それが野心となる事も知らずに」
「本当に必要とする人に聖属性魔法を使いたいだけなんです。どうすればいいのでしょうか?」
「私も、ただの町医者でしかないので正しい答えかは分かりませんが、これからの事は一緒に考えていきましょう」
アルテシアはジャン爺さんの家に戻り、いつも通りの慎ましい夕食を二人で取りいつも通りに床に就いた。心の底から心地よいと思うが、ハルクはここは自分の場所でないと言う。この神から授かった力を人々の為にと思う事が今は自分の足を引っ張っている。
何故、神は私に力を授けたのだろう……。なんて自分は無力なのだろう……。
アルテシアは何も答えが出ないまま朝を迎えいつも通り診療所の仕事をこなしていく。ハルクも何事もなく接してくれている。その日の診療所は忙しかった。ハルクの診療所の経営はどんなに忙しくても儲かる事は無かった。薬はよく効き、診察も的確だ。診察料も薬代もその人が払える金額しか貰おうとしない。先日のジュリアンの手術でも他の医師なら給料数ヶ月分の金額を請求していただろう。それをハルクはまた、適当な金額で済まそうとしているのだろう。
「ルーク君、ジュリアンさんのところに薬を届けてくれませんか?次いでに食堂のケイトさんのお父さんに湿布も届けて下さい。今日はちょっと手が離せそうもないので、お昼もケイトさんの所で済ませて貰って結構ですよ」
アルテシアは薬を受け取る。診察が忙しいと必ずこうやってお使いを頼んでは休憩をさせてくれる。ハルクは恐らくそのまま診察に追われて昼食も取れないのであろう。
アルテシアは言われた通りジュリアンに薬を届けに行く。昨日の赤ん坊を見る事が出来るのは嬉しかった。沈んだ気持ちも晴れてくる。ハルクの優しい気遣いに感謝した。
「そうだな。失礼する」
ハルクとアルテシアと話をした後、クラウドは診療所を出た。
クラウドが宿に着いた頃は既に夜になっていた。宿泊している部屋に戻り、一旦そのまま横になった。
ルークと言う少年に言われた事を思い出した。
今まで、妹の為にと追っていた女性は傲慢で気位が高いと決め付けていた。そうであって欲しいと思っていた。
クラウドは今まで目を背けていたアルテシアの事を初めて考えた。アッシュレの王太子妃と言う権力に惹かれず、アッシュレの本質を見抜いたのかは分からないが、逃げだした理由はただの我儘からではないだろう。アッシュレがあんなに執拗に追っている。
もし、アルテシアが聖女のような慈愛に溢れている女性だったらアッシュレの元に連れて行けるのであろうか?母の様に閉じ込められ受け入れたくない愛情を受け入れるためだけに生きていくのだろうか……。
クラウドはこれ以上は考えてはいけないと、起き上がりそして部屋を出た。
クラウドが宿の部屋から出たぐらいと同じ頃。クラウドの泊まっている宿の薄暗い裏道で一人の男がクラウドを待っていた。
その男はクラウドからアルテシアの情報を聞く為に定期的にクラウドと会っていた。実際は、クラウドの見張り役でもある。常にはりつける事はしていないが、クラウドのおおよその場所は把握している。王命でクラウドがバガラルに来る前からもクラウドを見張っていた。クラウドと庶民の密会を国王陛下が知れたのは男の監視があったからだ。
クラウドは魔力があるせいか監視が難しかった。
直ぐに感づかれ、気付かないふりをされては上手く撒かれてしまう。
しかしこの男は気配を消す事には優れていたが、それでもクラウドと庶民の密会まで尾行は一度しか成功していない。
今まではクラウドをただ監視するだけでよかった。しかし今回は、クラウドがおかしな真似をすれば暗殺をしろと言うのだ。男は小瓶を眺めながらアルターナでアッシュレに呼び出されて言われた事を思い出していた。
バガラルで報告を聴き監視をしろと命令があった時の事だ。
『クラウド王子がバガラルで真面目にアルテシアを探さずに、もしもまた良からぬ事を考えたらと私はとても心配しているんだよ』
『良からぬ、事ですか?』
『例えばバガラルの元王の影響を受けてしまうとか?君は心配ではないか?庶民の血が混ざったクラウド王子が反逆を企てたら真っ先に貴族社会を潰そうとすると思わないのか?』
『しかし、国王陛下と王太子殿下に楯突いて成功なんてする筈はないかと……』
『確かにそうだが。楯突く前になんとか片付かないかと思ってね』
アッシュレは小瓶を目の前にだした。穏やかに笑っているがそれが恐ろしく感じた。
『これは‥‥』
『いろいろ考えたんだが……本来なら他国での不慮の事故が一番よかったんだが、クラウド王子は無駄に魔力も強いしどこで身につけたのか剣術の腕もある。君では勝てるかどうかわからないだろう?これが確実かと思ってね』
アッシュレは小瓶を机の上で弄ぶ。男は次にアッシュレが言う言葉が恐ろしかった。王族を殺せと言うのか?
『もしや、私にクラウド王子を殺せと?』
『まさか?冗談はよしてくれ。もしもクラウド王子が変な気を起こしているようならこの瓶の液体を彼が飲む様にして欲しいだけだ。気付かれない様にね』
『もし、液体を飲んだらどうなるのでしょう?』
『それは、君が知らなくてもいい。飲み物でも食べ物でもいい、数滴でも効果はあるそうだ。匂いも味もしない。簡単な話だ。君はこの液体の効力は知らない。君はそのままアルターナに戻ってくるだけでいい。そうだな、液体を垂らした飲み物や食べ物は子供か女性に運ばせればいいだろう。その方が警戒されなくていい』
男は断る事が出来なかった。小瓶の中身は恐らく毒であろう。
しかしクラウドは虐げられた王子とは言え王族である。もしも暗殺する事になれば多少は抵抗がある。男は小瓶を懐にしまった。
クラウドが暗闇からやって来た。
「お待ち致しておりました。何か変化はございましたか?」
「本日だがこの町で強い魔力を感じた、だが持ち主は分からなかった」
「この町のどの辺りでしょうか?」
クラウドはそこまで詳しく教える気は無かった。アッシュレの事は信用していなかったのである程度の情報は何かの切り札で使えるかもしれないと考えてた。
「残念ながらその頃は町の外れにいて、駆けつけた頃には魔力が感じられなかった」
「ではその付近に少年はいませんでしたか?」
平然を装っていたが内心、クラウドは驚いた。若い女性ではなく少年?
男はアッシュレにクラウドが魔力を察知したら必ず聞く様に言われていた。
「アルテシアらしき若い女性も少年らしき者も見かけなかった」
「そうですか?他に何か変わった事は?」
「特にない」
「それは残念です。殿下もお辛いでしょう」
クラウドは何を勝手な事を言っていると思いながら男を睨み、そのままその場を去った。
男は今回もクラウドに小瓶の液体を飲ませる事がなかった事に安堵し、アルターナの使者の所へ向かった。




