追手の事情
アルテシアは震えた。剣を突きつけられたのは生まれて初めての事だった。恐怖で体が震え声が出ない。
そしてさらに男が問い詰める。
「何故、私を見ていた!誰かに雇われたのか?もしそうであれば雇い主を言え、言えば命は助けてやる」
男の後ろからハルクの声がした。
「ルーク君ではないですか!君はそこで何をしているんですか!」
「ハルク先生!」
男がハルクの声に気をとられその隙にアルテシアは走ってハルクの背後に隠れた。
ハルクは何が起きたか分からないが剣呑な目で男に問いかけた。
「あなたは先日、診療所に訪れた方ではないですか?彼に何をするんですか!」
「怖がらせてすまない。良からぬ使いの者と勘違いをした」
アルテシアはこの男はルークがアルテシアだと気付いてない事に気付いた。それなら、この場は上手く切り抜けられるかもしれないと思った。相手がアルテシアの男装を見抜いていないと分かったら強気に出られた。
「あなたがルークか?」
「はい、騎士様。」
「すまない、私の名前を名乗ってなかった。私はクラウドと言う」
この男が家名を名乗らなかった事は庶民として見下しているか、家名を言いたくなかったかどちらかだ。アルテシアの絵姿を持っていたと言うことはアルターナから来たものだろう。と、アルテシアは予想した。
ハルクが怪訝な顔で言う。
「襲う気がないのならこっちは善良な市民だ。その物騒なものをしまってくれないか」
クラウドは慌てて剣を鞘に納める。
「その、言い訳がましいが、本気で殺す気ではなかった……自分の命を狙っているものと勘違いした。すまなかった」
「本当に言い訳にしか聞こえないですね。人を探していると言ったが今度は命を狙われていると言うんですか?それを信じろと?」
ハルクはアルテシアを護るように前に出る。アルテシアは後ろからクラウドを見た。金色の眼は確かに鋭い眼をしていたが先程の殺気は消えていた。人を殺す気は無さそうである。それにクラウドからは今までに自分を追ってきた者にしては強欲さが感じられなかった。
「しかし……そこの少年、ルークと言ったな。何故、私を見ていた」
「答える必要はないですよ!ルーク君、行きましょう」
ハルクは更にアルテシアを後ろに隠そうとしそのまま立ち去ろうとした。アルテシアはクラウドからの殺気が消えたのと自分の事がアルテシアだと気付いていない事からクラウドの目的が気になった。アルテシアは思い切って前にでた。
「僕が貴方を見ていたのは貴方が診療所で尋ねてきた事を僕は知っていたからです!でも、僕は貴方、クラウドさんに会った事がない!貴方こそ何故、僕の名前を知っているんだ。そして何故、僕を訪ねてきた」
「それは……不確かな者を探してたので気の焦りから配慮が足りなかった。済まないが君の問いに答える事はできない。すまなかった。忘れてくれ。もう、会う事はないだろう」
クラウドはその場から立ち去ろうとしたが、ハルクはクラウドを引き止めた。
「クラウドさん、ちょっと待って下さい。ルーク君は貴方の問いに答えた。今度は貴方がルーク君に答えても
いいのでは?それに私もルーク君の疑問の答えを聞きたい。まさか貴方は善良な市民に刃を向けて間違えましたですまさないですよね」
クラウドは半ば諦めた表情で頷いた。人に聞かれたくない理由から診療所に戻り話を聞く事にした。
クラウドは絵姿を頼りにアルテシアと言う娘を探している事を語った。それ以外は貴族の出身という事と聖属性魔法が使える事以外は知らないようだ。
アルテシアは絵姿を見た。確かに自分が描かれているのだが所詮は絵だ。同じ女性か判別など出来ない。化粧もせず着飾っていなければ髪の色でしか判断できないであろう。
ハルクもアルテシアと同じ疑問を感じたのかクラウド聞く。
「クラウドさんは何故、アルテシアさんを探しているのです。貴方のお知り合いなのでしょうか?見る所バガラルの方でもないように見えますが‥‥これだけで見知らぬ土地で人探しとは無謀な事だと思います」
「そうだ。俺はアルターナから来た。この絵姿の女性アルテシアとは会ったこともない。誰とは言えないが頼まれて探している」
ハルクは、クラウドの回答に納得しなかった。更に疑問を投げかける。
「では、そのアルテシアさんのご両親からの依頼ですか?でしたら私達も協力は惜しみませんが……」
アルテシアはそれはないと咄嗟に思った。自分の家族が貴族であり父親が貴族でも高位の地位にいるからである。彼らは貴族である国の令嬢ならば誰もが望む王太子妃になる事を逃亡と言う形で意思表示した娘を追いかける事はしないだろう。婚約破棄になったときも修道院に行くことで安堵していた。
きっと、匿っている疑いをかけられないように必死であるのは目に見えている。
「違う、彼女の血縁関係者ではない」
「では何故、この絵姿のアルテシアさんからルーク君を訪ねる事になったんですか?」
「食堂の娘にそこにいる少年ルークが、この絵の娘に似ていると……」
「なるほど……それで、あの時に変装と……」
「まぁ、実際にルークに会って分かったが別人だ。うん、なんだ?」
ハルクはクラウドの顔を嘘だろうという目で見た。ハルクから見ればルークが髪の色を変えて女装すれば恐らくかなりの美少女であろう。そう、ハルクは絵姿を初めて見た時からその可能性もあると思っていた。男から見る年齢とは差があるとは言え。絵姿の女性の可能性もある。この男は節穴か?そこまで考えて何故?とハルクは半端呆れていった。
「なんと言うか……似ている者を執拗に追って来たわりには意外とすんなり違うと認めるんですね。」
クラウドはルークの顔を改めて見る。
「詳しい事情は言えないが確かに食堂の娘から聞いた通りルークは少年にしては綺麗な顔立ちだが俺が探しているのは貴族の娘だ。しかもかなり高位の娘。この国の貴族は知らないがアルターナの貴族はもっと気位が高い。アルテシアも同様、恐らく傲慢な娘だ。男装をしてたとしても気質までは隠せないであろう」
アルテシアは少しムッとした。会って話もした事がない男にアルテシアという人物を決め付けられたからだ。しかし、アルテシアはハルクの顔を見て慌てて取り繕った。ハルクがアルテシアの方を見て悪戯な顔で笑ったからだ。
一方のハルクは、クラウドは絵姿の娘像の思い込みでルークのような雰囲気の者は除外されているようだと思った。ハルクはもしやクラウドと言う者はアルテシアが見るからに傲慢な女性でなければいけないと無意識で思っているのか?とも考えていた。
「ルーク君、彼はこう言っていますが納得できましたか?」
「理由は分かりました。クラウドさん、もしアルテシアさんを見つけたら戻るのを嫌がっていても探している人に引き渡すんですよね」
「そのつもりだ。その為に探している」
「では引き渡した後、アルテシアさんはどうなるのでしょう?」
「何不自由なく暮らせるだろう。贅の尽くす限り。貴族の女性はその為により権力の強いものと婚姻を結びたがるのではないか?アルテシアはそれが約束されている娘だ。俺には何故、娘が逃げたか理解出来ない」
アルテシアは、クラウドの依頼主はアッシュレだと確信した。それと同時にクラウドにも腹を立てた。この男、クラウドはあの男の寵愛を受ける事が幸せだと言うのだ。アルテシアはどんなに贅沢が出来てもあの身勝手なアッシュレの元に戻る気は無かった。
それでも一度は父親の決めた縁談だとアルテシアも自分の運命として受け入れるつもりだった。自分の意ではなかった縁談にも関わらず勝手に捨てられて尚も捨てた事さえ無かった事にし聖女という神から与えられた力を手に入れようとしていた。
アルテシアはあの傲慢な人達の為だけにこの神から授かった力を使う事が許せなかった。このクラウドと言う男も贅の代わりに神から与えられた尊い力を身勝手な人達に与えろと言っているように聞こえた。
「ええそうでしょう。貴方はきっとアルテシアさんの事を理解出来ないでしょうね。貴方は贅の尽くす限り、権力も好きなだけ振るえれば幸せなのでしょうか?僕にはあなたが傲慢な生活がもっとも幸せだと言っていると聞こえる。もし僕がアルテシアさんの事を知ってても貴方なんかには話さない!贅がなんだって言うんですか!」
「おい、お前、アルテシアの事、何か知っているのか!」
クラウドはアルテシアの肩を揺さぶる。
「もしもの話です。離してください!」
ハルクが慌てて中に入り遮る。
「まぁまぁ、ルーク君が言った通りもしもの話です。クラウド君も冷静になって下さい」
「別に俺も贅沢が幸せだとは思わない。ただ、明日死ぬか生きるか分からない生活よりはマシだと言っているだけだ。それにアルテシアは貴族の娘だ。ある程度の事は我慢する事ぐらい分かっているだろう」
アルテシアはクラウドを睨んだ。アッシュレという男を知ってて言っているのかと思うと更に腹が立った。このクラウドという男も報酬を貰って探しているだけではないか。
「クラウドさん、貴方は今、死ぬか生きるかの状態だと言うんですか?そうではないですよね!貴方も所詮はお金を貰ってアルテシアさんを引き渡すだけではないですか!貴方の報酬の為にアルテシアさんに我慢しろって酷過ぎませんか!」
アルテシアの言葉にクラウドも流石に腹が立った。
「何も知らないのに勝手な事を言うな!俺だって……。
クッソ!」
クラウドはそれ以上話せない事に苛立ち、話をやめた。
「まぁ、まぁ、熱くなり過ぎです。事情は人にはそれぞれありますよ、ルーク君、少し言い過ぎですよ。クラウドさんもルーク君がアルテシアさんと別人ならもう、これ以上ここにいても意味が無いのですよね?今日のところはお帰り下さい」
「そうだな。失礼する」
アルテシアはクラウドの背中を睨んだ。