魔力を持った男
アルテシアは暫く動けなかった。追手が来るとは思っていたがまさかこんなに早く、しかも近くにいるとは予想外だった。しかもあんな魔力の使い手が追って来た事にも動揺した。
同時に疑問も沸く。そもそもあの男は、アッシュレの追手なのだろうか。あれ程の魔力使いが王宮で囲われない訳がない、しかし王宮で見かけた事がない。
あの男は私の絵姿を持っていたから、アルターナからの使いの者には間違いないのだろうが……。
アルテシアは頭上からの声にビクッとした。
「ルーク君、さっきから何を隠れんぼしているんですか?お客様を放ったらかしにして」
「すいません。ハルク先生、いつから気付いてたんですか?」
「帰って来た時からですよ。さっきの男はルーク君の知り合いですか?」
「いえ、一度も会った事はありません。」
「あの男は君を探してたようだけど?」
「そのようですが……あの男の人と本当に会ったことないんです……」
「何か心当たりでも?」
「ないとは言えませんが……今は話せません。」
「私も医者の端くれです。訳ありの患者もそれなりに診てきました。多少の事では驚かないつもりです。今はこれ以上聞きませんが、いずれ話してくれるのを待ってますよ。」
「あの、先生。匿ってくれてありがとうございます」
「ああ、そうでしたね。礼なら今度、あの絵姿の銀髪の女性を紹介して下さいね。」
「僕、絵姿なんか見えなかったし、知りません!」
ハルクは意地悪な顔で笑った。
男が尋ねて来てから更に二週間がたったが、その後男が訪ねてくる事はなかった。諦めたのだろうか?とアルテシアが考え始めた頃にはバガラルの生活に慣れてきて、診療所の仕事も少しづつ雑用を任されるようになってきた。
そんなある日、町のパン屋を営んでいるセスが真っ青な顔で慌てて入ってくる。
「ハルク先生!大変だ。ジュリアンが大変なんだ。子供が産まれそうだ!」
「予定より少し早いですね。産婆さんのカリーナ婆さんが行く事になっている筈ですが?」
「あーもう!その、カリーナ婆さんがハルク先生を呼んで来いって!早くしないと手遅れになるって言ってんだ!急いでくれ!」
ハルクはカリーナ婆さんが呼んでいると言う事で事態を把握した。直ぐメモを書きアルテシアに渡す。
「ルーク君はメモにある器具を鞄に詰めて下さい。私は薬を用意するので急いで下さい!」
準備が整い、アルテシアはハルクを見送ろうとすると、
「ルーク君、君も来てください。もしかしたら君の力が必要になるかも知れません」
ジュリアンとセスは7年前に結婚した。やっとの思いで妊娠し来月が出産予定だった。
ルークとハルクがパン屋に着き2階の寝室へ行った。
カリーナ婆さんがジュリアンを診ている。
「ハルクか?遅いじゃないか!出血と破水している。子供は大分下がってきておる。」
「すいません、カリーナ婆さん。これでも急いで来たんですよ。診せて下さい」
ハルクはジュリアンの首から脈拍、汗量を測り、出血も確認する。聴診器を腹の辺りに当てると、
「ダメだ。子供の心音が弱すぎる。母親もこのままだと危険だ」
セスは青くなりハルクに問い詰める。
「お腹の子は?どうなるんだ!」
「すまない、セス、諦めてくれ。ジュリアンさんも危ないんだ」
陣痛で苦しんでいるジュリアンが叫んだ。
「ダメよ!絶対に子供を助けて!お願い!お願いだよ。あたしの命はいいから!やっと出来た子なんだから。お願いだよ……」
セスがジュリアンの手を握りしめた。
「ジュリアン、俺はお前がいないとダメなんだよ。今回は諦めよう。俺はお前が死ぬのだけは嫌だ」
「嫌だよ!セス、諦めるなんて言わないで!まだ、この子は生きているんだよ、嫌だよ……」
カリーナ婆さんはジュリアンに言った。
「ジュリアン、子供は手遅れだ。産まれても長くはもたない。おまけにあんたが死んだらほれ、残された亭主が可哀想だ」
泣きながらジュリアンは無言で返事をした。
「ハルク、後は頼むよ。ヘマするんじゃないよ。ジュリアンを死なせたらただじゃおかないからね」
「任せて下さい」
カリーナ婆さんはセスを連れて部屋から出ていった。
「ルーク君、すまないが、彼女に回復魔法をお願いします。出来ればでいいんですが、お腹を切るので麻痺の魔法をお願いできますか?無理なら薬を使います」
「はい、大丈夫です。出来ます」
アルテシアはジュリアンのお腹に手を当て回復魔法をかける。魔力を注ぐと同時にジュリアンと別の小さな命の生命を感じた。とても弱く今にも消えそうだ。
まるで、助けてと叫んでいるようにも聞こえる。
「ハルク先生、僕、やっぱりお腹の子も助けたいです」
「しかし、もう、助けられる段階ではない。破水も出血もしている。これ以上お腹にいたらジュリアンさんが危ない」
「お腹の子にも回復魔法をかけます。先生、お腹の子を取り出して下さい」
「無理です。直接触れる事が出来ない胎児に聖属性魔法をかけられる魔道士なんて聞いた事がありません」
「出来るかは分かりませんが、僕の魔力だったら可能性はあります。先生、この魔法の使い方は間違っていませんよね。ジュリアンさんが魔法で回復したらなるべく早く赤ちゃんをお腹から取り出して下さい。また直ぐに回復魔法をかけます」
「ああ、間違っていない。ルーク君、貴方を信じよう。始めてくれ」
(あの魔力使いがまだバガラルにいたら、私の魔力に気付くわね。しかも王太子殿下より強い魔力の持ち主だとしたら今度は私の場所まで正確にわかるかもしれない。でも、もう、迷わない)
アルテシアは部屋いっぱいに魔法陣を展開する。ハルクは直ぐに胎児を取り出せるように準備をするが、アルテシアの魔法陣を見て愕然とした。
(何なんだ、この魔法陣の大きさは。こんな事が出来る魔道士なんて知らないぞ)
アルテシアはジュリアンのお腹に手を当て祝福の祈りを捧げる。
『絶望には希望を、悲しみには喜びをもたらす者となしたまえ』
アルテシアとジュリアンは光に包まれる。ハルクも立ち尽くしていた。
「なんですか、これは……こんな強力な聖属性魔法が……これなら胎児まで回復魔法が届くかもしれない)
光が次第に金の粒になってアルテシアとジュリアンの姿が見えてくる。魔法陣はまだ消えていない。
「ハルク先生、早く!」
ハルクは落ち着きを取り戻し、慎重に腹にメスを入れ子供を取り出す。
「心音はあるが泣かない。呼吸が出来てない!」
「ハルク先生、子供を、私に早く!」
再びアルテシアは赤ん坊を受け取ると再び祈りを捧げる。
『神があなたを祝福しあなたを守られるように』
再び、アルテシアと赤ん坊は光に包まれる。光の中で力強い産声が聞こえた。アルテシアは赤ん坊を抱きながら見つめ、心から美しいと思った。
ジュリアンは目の前の奇跡にただただ泣くことしかできなかった。赤ん坊の泣き声を聞いたセスとカリーナ婆さんが部屋に飛び込んでくる。
「ジュリアンは?赤ん坊は?ハルク先生!」
「セス、どうやら君たちの赤ん坊は幸運の持ち主だったよ。ジュリアンも赤ん坊も無事だ。ここにいるルーク君が奇跡を起こしてくれた。カリーナ婆さん、後はお願いしますね。セス、ジュリアンはしばらく動けない。しっかり世話をしてあげなさい。」
「もちろんだよ。私の専門だからね」
カリーナ婆さんは赤ん坊をアルテシアから受け取った。
ジュリアンは痛み止めの薬が効いて眠りについた。セスは泣きながら礼を何度も何度も言う。ハルクはジュリアンをもう少し診るのでアルテシアは先に帰るように言われた。
店を出て少し行った所で強く魔力を感じた。
アルテシアは近くの家の物陰に隠れて、魔力を感じる方を見るとあの時の男がいる。
アルテシアには気付いてないようだ。
あの男はまだ、この国に、この町にいたのだ。
近くの家の物陰からもう一度、男を確認する。
もう、その男はいなかった。と、その瞬間。
「誰だ、お前は。」
アルテシアは息が止まった。声がした方を向くと、目の前に男が剣を突きつけ立っていた。




