絵姿
アルテシアがバガラル国に着いて、一週間が経とうとしている。聖属性魔法が使えると言っても医学の知識に関しては皆無に近い。毎日、下宿先のジャンの家に戻って部屋で薬の名前を覚えたりと忙しい。今は医者の助手どころか雑用も出来ているか分からない。
医者のハルクも心配そうにアルテシアに言う。
「ルーク君、ちゃんと寝ているのか?覚える事はあるかもしれないが慌てる必要はない。少しずつ覚えればいいですよ」
「そうですよ。無理はダメですよ」
会話に入って来たのは街の食堂の娘のケイトである。母親の腰痛の湿布を取りに来たらしい。
アルテシアが窓の方にふっと目を向けると若い娘が三人で部屋の中を覗いている。
それをケイトが見つけて腰に手を当てて怒っている。
「もう、あの子達、また、ルーク様を見に来て!」
「僕をですか?また、なんで?」
「あーもう、気が付かなかったですか?この辺の女の子達が暇を見つけてはルーク様を見に来ているんですよ!ルーク様、鈍感な男は幾ら顔が綺麗でももてませんよ」
アルテシアは顔が真っ赤になりケイトを睨んだ。
「僕にはまだまだ‥‥ほらまだ、助手の見習いですよ」
「なる程、ここ2、3日で若いお嬢さんが来るのが増えたのはルーク君が目当てだったんだね」
「ハルク先生も揶揄わないでください!」
と、その時に小さな女の子を背負った父親と母親らしき人が慌てて診療所に入ってきた。
「先生!アンが、熱が出て大変なんだ!助けてくれ!」
ハルクは背負われた女の子を診察台に乗せ、首元に手を当て熱と喉の腫れを診て、呼吸の確認をする。
ハルクは女の子の症状を両親から丁寧に聞く。
アルテシアは渡されたメモに書いてある薬をハルクに持っていくが、どうも納得がいかなかった。この程度の病気だったら聖属性魔法で簡単に治せる。ハルクもルークが聖属性魔法を使えるのは知っていた。
「あのハルク先生、僕が魔法で女の子を治しても宜しいですか?」
「ダメだ」
ハルクは厳しい顔で言う。
アルテシアとハルクの話の途中で、女の子の両親が不安そうな顔で診察室に入ってくる。
「先生、アンは?」
「ああ、大丈夫だよ。家に帰って薬を飲んでゆっくり休ませてあげなさい…」
ハルクはアンの方を見て少し厳しい顔をした。
「アン、昨日はお母さんの言うことを聞かずに薄着のままで過ごしたそうだね。これからはお父さん、お母さんの言うことを聞くんだよ。帰ったら薬を飲んで大人しく寝なさい」
女の子はこくこくと頷いた。
それから同じ様な出来事が2、3回、続いた。
ハルクはアルテシアが聖属性魔法を使おうとするたびに止められた。
「ハルク先生、何故、聖属性魔法を使わせてくれないんですか?」
ハルクはカルテを整理してた手を休め溜息をつくと、
「君はいままで、孤児院で聖属性魔法を使ってたと言ったね。ここは孤児院ではない、病院なんだ。君の魔法の使い方だと人を駄目にする」
「私の魔法の使い方が悪いって、何がいけないんですか?病気で困っている人や怪我で苦しんでいる人を助けたいだけなんです」
「だったら尚更だ。無闇に魔法を使おうとする。人は痛みや苦しみを知らないとその痛みや苦しみに遭わないよう自己防衛する事をしなくなる。貴族の人間がよく聖属性の魔道士を抱え込むが、何でも魔法で治ると思って好き勝手に生活している。それがいつまでも続かない事を魔道士が治せなくなるまで気が付かない。君は町の人まで貴族達と同じ末路にさせる気かい?」
「それでは聖属性魔法は要らないって事ですか?」
「そうではない。君は何度もその魔法で人の命を救ってきたのだろう、私も聖属性魔法はとても素晴らしい魔法だとは思うが、使い方によっては人を駄目にする難しい魔法だと私は考えている」
「軽々しく魔法を使おうとした事が良くなかったとは思います。しかし今までに魔法を使って病気を治した事に後悔はしてません」
ハルクは笑顔になり
「ルーク君、分かればいいんだ。これからも後悔をしないように魔法を使う様にしなさい」
クラウドはバガラル国に着いて、一週間以上経つ。今は町の宿を転々としていた。今日も何の収穫もなかった。とは言っても宛てもなくひたすら町をさ迷うだけだった。何処にも強い魔力を感じない。食堂へ行く。少しのつまみと酒を飲む。食欲はなかった。この人探しがいつまで続くか憂鬱だった。指先から肘ぐらいの大きさの絵姿を改めて見た。歳は18.19に見える、実際の歳も18だと言っていた事を思い出す。背も高いのか低いのか座った絵姿では見当も付かない。
(確かに絵姿では美人だが、所詮絵だ、当てにならんな。あのアッシュレが執拗に追ってる娘だから恐らく美人なんだろうけど…)
クラウドは店の中で働いている店員の、絵姿と同じぐらいの歳の娘に目を留める。
(適当に似た娘を見つけて報告しようと思ったが似た娘を探すのも一苦労だな)
考える事を諦めたクラウドは無造作に絵姿を机に置く。クラウドはやけになりコップの中の酒を飲み干す。そしてもう一杯、頼もうと娘を呼ぶ。娘は新しい酒を持って来ると絵姿に目を留めた。
「わぁ、お兄さん、この絵姿、綺麗な人だね」
何度か通っているせいか、ここの娘も気軽に話しかけてくる。
「勝手に見るな!」
クラウドが絵姿を隠そうとすると娘が取り上げる。
「へぇ、この人、お兄さんの恋人?美人だね。あれ?なんだかルーク様に似てるって言えば似てるね?」
「知っているのか?この絵姿の娘を?」
「あはは、さてはお兄さんこの人に逃げられたの?見た目と違って情けないな。似ているけど別人だよ。ルーク様は男の子だし歳も14歳だって言ってたからね」
クラウドはルークの歳を聞いて落胆した。しかし今は手掛かりが何もない。流石に歳までは誤魔化せないか……。クラウドは何も情報がない事にやけになっていた。
「その、ルークと言う者の事を教えてくれないか。何でもいい。」
「最近、町の診療所で助手をしている子なんだけど綺麗な子でね、ここら辺の女の子はみんな夢中さぁ。『天使様、天使様』って騒いでいるよ。あたしも良く目の保養に診療所を覗きに行くんだよ。癒されるからね」
「こら!マーサ!忙しいんだ!サボるんじゃないよ!」
奥で女将が怒って怒鳴る。娘が絵姿をクラウドに返す。
「はーい、今、行くって。ごめんね、いかなくちゃ」
「悪かったな、引き留めて」
クラウドは明日にでもルークという者に会ってみようか考えていた。絵姿をもう一度見るが絵から見る体付きを見ても、とても14歳ではないなと思うが…。
(女は化粧で変わるとも言うし他に宛てがあるわけでもないしな。行くだけ行くか‥‥)
アルテシアは診療所で一人で留守番をしていた。ハルクは往診でいない。昨日、ハルクに指摘された事を考えていた。アーテシアでも聖属性の魔道士を見つけると、貴族は抱え込もうと必死になる。聖女だと分かったアルテシアを、国王が王宮に閉じ込めようとしたのは貴族社会なら当たり前の行動だった。
ハルクの言っている事はもっともな話だ。安易に傷が治れば、転ばない方法を考えなくなってしまう。
アルテシアは憂鬱な気分になり溜息を吐いた。瞬間、強い魔力を感じた。アッシュレと同じ、それ以上の魔力の持ち主だ。
(こっちに来るわ!王太子殿下?まさか……)
感じる魔力が強くなる、近づいて来るのを感じるとアルテシアは物陰に隠れた。魔力の持ち主は診療所の部屋に入ってきた。
「誰かいないのか?」
どうやら若い男らしい。アルテシアは息を潜め様子を伺う。
「誰もいないようだな」
と、男は待合室に腰をかける。暫くするとハルクの声が聞こえた。往診から戻って来たようだ。
「君は……」
「ルークと言うものはいないか?ここで働いていると聞いて来たのだが‥‥」
「うちの助手だが……留守番を頼んでたはずなんだが?出かけたかも知れないな。で、きみは助手に何のようだ?」
「いや、いないならいいんだ」
男はアルテシアの絵姿をハルクに見せた。
「なんです?人でも探しているのですか?」
ハルクは差し出した絵に目を落とした。
「ああ、その娘を探している。見覚えはないか?」
ハルクは絵姿を受け取り顎に手をあて考える。
「こんな美人見たら忘れないし、まず私が口説いていますね。にしても深い青‥‥この目の色」
「し、知っているのか?」
「絵姿の青い目が深い色合いで素晴らしいと思っただけですが……。この瞳の色が助手と同じだと思ったんですけど、青い目の人はそこら中にいるから‥‥」
男は同じと言う言葉に反応した。隠れていたアルテシアも驚いた。あの男が持っている絵姿は私のもの?だとしたらあの男はアッシュレの追手ではないか。アルテシアは息を飲んだ。
「この娘が助手に変装しているって事はないか?」
あまりの驚きでアルテシアは声が出そうになる。
(あの時に男装している事がアッシュレに見抜かれたの?)
ハルクはもう一度、絵姿を見る。そして、首を振る。
「いや、無理でしょう。助手は確かに綺麗な顔した男の子ですよ。この絵姿はどう見ても成人の娘ですよ。」
どうやら、男は諦めたようだ。
「そうか‥‥。悪かったな」
「いずれ助手も帰ってくると思いますが待ちますか?」
「いや、いい。どうやら無駄足だったみたいだ。失礼する」
そして男は出ていった。